にのじゅうさん くるみ、星形みいとサシで話し合う

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にのじゅうさん くるみ、星形みいとサシで話し合う

「う」 「なんて?」 「どうしてカー子とは縁を切ったの?だそうです」 「あー、あいつがアンパンに手を出したからだ」 「アンパンマン?」 「そう、僕の顔をお食べよって、違う」 「う」 「なんて?」 「ノリがいいねだそうです」 「ならつっこめ。一人で恥ずいだろ。つっこみは愛だゾ」 「だってアンパン知らないですもん。ヤンキー言葉でしょう?」 「ああ。シンナーのことだ。シンナーを吸引して気持ちよくなることをアンパンでラリるって言うんだ」 「う」 「なんて?」 「それはいけないことだけど、みいちゃんみたいに許してあげられなかったの?」 「それホントにゆいが言ってるのか?『う』だけですごい言葉量だな」 「う」 「そうだだそうです」 「オプションくん。おま策士だな結構」 「何のことでしょう?」 などとのんきに話しているのは、くるみと星形みいにずっと動きがないからだった。 ここはヤードの倉庫の中らしく、その真ん中にくるみと星形みいが寝かされていた。 周囲は赤茶けていて、鉄の匂いと頭が痛くなる化学臭が充満している。 「カー子の奴は、自分で吸うだけじゃなく友達や後輩に広めやがった。後輩の前歯がボロボロになってくのを笑いながら」 シンナーをやると前歯がボロボロになるっていうのは知っていた。 シンナーの成分が歯のエナメル質を溶かして歯がもろくなるかららしい。 高校になって小学校の時の友だちと偶然町で会ったら、そいつの前歯が全部なくなってて、 「どうした」 って聞いたら、そいつはニヤニヤしてシンナーだって言っていた。 歯だけでなく脳にも深刻なダメージが残る。そこが本当の怖さだという。 ゴゴーン。ピーピーピーピー。 倉庫の巨大な扉が開いた。 入ってきたのは、カー子とレディース暴走族グラビティーズの皆さん。 皆さん、なんかさっきの様子と違って足元があやしい。 目も虚ろで何かぶつくさと話しているけど誰一人呂律が回っていない。 「盧溝橋(ろこうきょう)旅行客(りょこうきゃく)路橋脚(ろきょうきゃく)各旅客(かくりょきゃく)・盧溝橋の旅行客、路橋脚各旅客・盧溝橋の旅行客、路橋脚各旅客」 言ってみ。ラ行苦手の俺が考えた早口言葉。 多分、皆さんカー子のアンパンでラリってるんだろう。 「くるみちゃん。元気ーーー?」 全然案じてない人の言い方。 カー子の両腕はねじけたままで黒色の液汁を滴らせてている。 横になっていた星形みいが上体を起こしてカー子を確認すると、横のくるみに何か言った。 するとくるみが微かに動いて星形みいに何か答えたようだった。 星形みいはくるみを抱き起こす。 「あ、起きなくていいよ。これから死んで生きてもいる世界に行ってもらうだけだ から」 カー子がそう言うと、レディースの皆さんがゆっくりとくるみたちの方に歩き出す。 俺は中の一人の様子がおかしいのに気づいた。 頭をしきりにゆすっている。 不快な何かが頭皮に張り付いていてそれを取り除こうとしているみたいだ。 見ているうちに他の皆さんも同じような仕草をしだした。 風が吹いてゆさゆさと揺れる植物のような動作だ。 それが少しづつ同期を取り始め、やがて全員が同じ動きになった。 すると、一人の頭が首からもげて地面にぼとっと音をたてて落ちた。 また一つ、ぼとり。また一つ、ぼとりと、次第にその数は増えて行く。 ぼとぼと、ぼとり、ぼとぼと、ぼとり。 落ちた頭はその場でみるみる黒く染められて行き、最後は真っ黒な玉となって地面に吸い込まれていく。 やがて全員が首なしの体になったが、そのまま緩慢な足取りは変わらずくるみたちに迫って行く。 星形みいが立ち上がろうとする。が、すぐにその場に尻もちをついてしまった。 おそらく、星形みいに抵抗する術などなかったのだ。頼みのくるみが瀕死の状態だからだ。 「う」 「なんて?」 「なんとかならない?だそうです」 「無理だな。あんときは必死で自分で生き延びる気でいたけど、今から思えば既にGの手のうちだったからな」 くるみは、自分の体を自分の腕でぎゅうと抱きしめると、 「今と同じにな」 と言ったのだった。 「でも、みいは違う」 くるみがそう言ったと同時にレディースの皆さんが一斉にくるみたちにとびかかった。 こんなに構成員多かったかってくらいの数の人たちが一斉に、くるみに飛び掛かり飛び重なりしてゆく。 重なった者はすぐに黒く染まり体から黒汁を染み出して、一人一人の区別がつかなくなってゆく。 それは段々と大きな塊に膨れ上がり、やがて真四角の建造物が出現したのだった。 「廃ビルだ」 〆子の心の声が言った。 「聞き耳を立てろ、二等兵殿」 俺は、完全に中の人となったくるみと星形みいの声を廃ビルの中に探ろうとした。 「見えない。ぼんやりとしか探れない」 すると〆子が自分のピアスを外し、俺の手に握らせた。 「つけろと?」 「酔うかもぞ」 俺は、〆子のピアスを右耳に付けた。 改めて聞き耳を立てる。 少しクラっと来た。度のあってない眼鏡を掛けた時みたいに。 が、見えた。はっきりとより鮮明に。 二人は黒い汁の真ん中にいた。 「お姉、ごめんね。あたしがばかだった」 泣きじゃくる星形みいがくるみを抱き起こしている。 「みいは悪くないよ。カー子もほんとはやさしい子なのは知ってる」 「じゃあ、何で?」 「許さなかったかってか?」 「うん」 「許してるよ、疾うに。許してないのはアンパンのこと。そして周りを取り囲んでいるこの真っ黒い液体だ」 「この黒い液体も、レディースの人たちなんだよ」 「そうだな。でもこれを許したら、アンパンの悲劇はなくならない」 「お姉、お願いがあるの」 「なんだ?」 「ウチの命をお姉にあげるから、この人たちを助けてあげて」 「バカ言うな。みいの命が一番尊い」 「でしょ。だったらその命を持ってここを生き延びて!」 星形みいは片手で手刀を作るとそれを自分の胸に突き刺した。 「みい何を!?」 「大丈夫、見てて」 と言うと、手刀を縦に下し、胸を真っ二つに開いて心臓を明らかにする。 星形みいの心臓がドックンドックンと拍動しているのが見える。 星形みいが心臓を掴んでレモンのように絞りだした。 すると心臓の表面から汗のように光輝く液体が滲み出て来た。 もう片方の手で透明な小瓶をポケットから取り出して蓋を開け その液体の一粒一粒を小瓶に受ける。 くるみはそれを震える手をかざしながら魅入る。 やがて光輝く液体で小瓶がいっぱいになると星形みいは胸を閉じ、 「お姉、これを飲んで」 と言って小瓶をくるみのほうに差し出した。 「それを飲めばここから出れるのか?」 「お姉はもしかしたら」 「みいは?みいも一緒に出るんだろう?」 「ウチはダメ。ウチはここに残らなきゃなんない」 「なんでだ? ここを生き延びるのなら、みいも一緒に」 「そういう約束なんだ」 「どういうことだ?」 二人はの間に沈黙の時が流れた。 そして星形みいは口を開くと、自分自身の来し方を絞り出すように語り出した。 「まあ、ゆっくり聞いてやってくれ」 背後で特攻服のくるみが言った。 振り向くと、よっこらしょと言って運動座りを始めた。 〆子も下がって横に並ぶ。 〆子が隣の空いてる地面をとんとんする。 幼少のみぎりの記憶が蘇る。 「お隣りへ、さあどうぞ」 俺も〆子の隣におっちゃんした。 「う」 「なんて?」 「あれがそうなのかって?」 「わかった、ジェムでしょ。小瓶に入ってるし」 「そうそう、君も魔法少女になってよ」 「う」 「なんて?」 「違うだろ!、だそうです」 「つっこみありがと。もとい、ゆいが思った通り、 あれが ボーダーの証にして力の源だ」 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 「つっこみは愛だ」 深いですね。 実はボーダーの精神は愛なのかもしれません。ホントか? 次回の更新は 11月12日(木)20時 になります。 ご期待ください。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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