にのじゅうろく 慈恩、ガッコをフケル

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にのじゅうろく 慈恩、ガッコをフケル

〆子に慈恩の様子伺っとけって言われたから、ずっと聞き耳立ててるけど、 慈恩の様子は隣のFクラスなんで、ベランダから聞こえて来る音に耳を向けるだけで簡単に見えて来る。 でも、さっきから気になってしようがないのは、教室の前の方でひときわ目立つパステルカラーの大きな耳。 中根さんがすごい圧を掛けてくるのだ。 なんだろう、あの律儀な対抗心は。 真面目か!と突っ込みたくなる。 で、慈恩と言えば、F組の一番後ろに3段机を積み上げてその上に椅子載せて腰かけていた。 頭が天井に付いて首曲がってるけど。 「アルファベット戦でよ。特進αの平田さんとかがやるじゃん。あれ、かっこいいよな」 「「「そうすね」」」 取り巻き連中が、頷きまくっている。 その中には佐々木か海斗もいて、あいつ2年の時はあんなじゃなかったけど、やっぱバックの力のせいなのか。 でも、海斗はGなんて知らないよな。 それで、 「組関係だよ。場合によっちゃ、くるみも慈恩に落ちる」 なんて言ってたのかも。 「あ、慈恩さん。どこへ」 「ちょっくら、コロがしてくる」 一応授業中だけど、慈恩にはそんなの関係ないらしい。 G組からこっちは空きの教室が2つあってすぐ非常階段(こっちは螺旋でないコンクリのしっかりしたやつ)。 下に降りるとすぐに校門だから中抜けにみんなが使っている。 で、今、慈恩がG組の前の廊下をコロコロと転がって行った。 「行くぞ、二等兵殿」 と〆子の心の声がする。 え? 授業中ですけど。 〆子といい慈恩といい、自由すぎるよ。 くるみのところでも行くのかと思っていたら、案の定、商店街へ。 アーチをくぐるとそこだけ夜中になって、真夏の森のカブトムシのごとくにヤンキーがうじゃうじゃいる世界に。 慈恩はくるみのように道の真ん中は歩かない。 なるべく目立たないように、端っこの方を遠慮がちに歩く。 くるみに会うなら、純喫茶、本屋、ゲーセンだが、どこもよらず裏路地へ入って行く。 そこに見えて来たのはごっつい感じの5階建てのビル。 正面に「事務所」とだけある。 「ちょっと事務所まで顔かせや」 とか、 「事務所総出」 って言うときのあれだ。 反社の匂いプンプンしてて、はっきり言って畏怖(こわ)い。 「違う」 〆子の心の声。 よく見ろということらしい。 よく見ると、「G務所」とあった。 Gの事務所ってこと? 慈恩は自動ドアの横のインターフォンに手を伸ばした。 「あ?」 インターフォンからくぐもった声が返って来る。 「北沢慈恩です。会長にご挨拶に伺いました」 「誰?」 「北沢慈恩。・・・」 「北沢会長? えーーーーーー!!! すいやせんでした。北総武連合会会長がいらっしゃるなんて、存じませんで。すぐにお出迎えに行きますんで」 インターフォンから、大声で叫ぶ声が漏れ出て来ている。 慈恩ってすごい人だったの? ワラワラと駆け下りて来たのは、黒い上下おそろいのジャージを来た丸坊主の人たちだった。 自動ドアを開け放しにすると、両脇に列を作って並び、90度に腰を曲げて静止した。 その後、高級そうなラメ混じりの背広を来た胡麻塩頭の大人が、肩を揺らし辺りを睥睨しながら進み出た。 ヘビー級は天与の才というが、まさにそれで、他を圧してやけにでかいし恰幅がすごい。 「北沢会長が来られたってか?どこにいる」(重低音、以下略) すぐ横のかしこまっている黒ジャージを質す。 「兄貴がインターフォンを取ったら北沢会長だったそうで」 「あー?会長はアポなしでうちに来るわけないがな」 当の慈恩はと言えば、黒ジャージの後ろで一緒に頭下げてる。 黒ジャージの一人が進み出て、胡麻塩頭に向かって言った。 「ガキのイタズラとかかもしれやせん」 「イタズラ?」 「ピンポンダッシュってイタズラがガキの間で流行ってるとかで」 「・・・・」 胡麻塩頭は何か考えているようでいて、 「わざわざ北沢会長名乗ったんなら何かある。やったやつ見つけて上に連れてこい」 と言うなりビルの中に入って行った。 黒ジャージ連のうち何名かはイタズラ小僧を探しに辺りに散り、他は再びG務所に戻ってゆく。 それにのこのこついて行く慈恩。 黒ジャージの一人が、 「何だテメー。誰だ?」 と、肩を掴む。 「北沢慈恩です。会長にご挨拶にうか・・・・」 黒ジャージは近くにいた仲間と顔を見合わせ。 「あーにきー!いたずら小僧見つけやしたー」 と言うなり、慈恩の首根っこを掴んでビルに入って行った。 まさか俺たちも追いかけて中に入るわけにはいかないから、外から聞き耳を立てることにする。 「あそこ入ろう」 〆子の心の声が言った。 そちらを見るとサンテオレがあった。 メロンシェークがおいしいバーガーショップだ。そう、メロンシェークがおいしいんだ。 中に入って注文をする。 「メロンシェークだけ2つ」 G務所が見える窓辺のカウンターに2人で並んで座る。 ズ、ズース。 そろってメロンシェークをすすりながら外を眺める。 なんか、渋谷に遊びに出て来たチバラギダサイタマのカップルみたい。 「う」 〆子の催促が入り、俺はさっそく聞き耳を立てる。 慈恩はG務所の巨大なテーブルの前の絨毯に跪かされている。 「何でお前、うちの組が北総武連合会とつながってるの知ってる?」 と言っているのは胡麻塩頭で、机に腰かけてエナメル靴の足を慈恩の肩にのせいる。 「いえ、知るわけないです。僕は北沢で、会長に・・・」 慈恩の横に立った黒ジャージでない大人が髪の毛を掴んで顔を向かせ、 「テメーのどこが北沢会長だ?あ?」 なんか、慈恩ピンチっぽい。 「行くか」 〆子が立ち上がる。 メロンシェークは持って行くつもりらしい。 でも、2人だけで行くのは危険すぎないだろうか。 きらら呼ぶ?くるみ近くにいたりして。 そんな俺の心配をよそに〆子は店を出てずんずんG務所へ向かってゆく。 玄関の自動ドアは閉め忘れたのか、セキュリティーはかかってなくて普通に開いた。 そのままエレベーターを使って最上階へ。 エレベーターのドアが開くと正面に観音開きの巨大な真っ黒いドアがあった。 ドアの前には黒ジャージの方々が数人屯っていて、〆子と俺に気付いてこちらに向かって、 「テメーらどっから入ってきやがった」 雑魚な人はいつでもそうだが、わかり切った無駄な質問で時間を浪費する。 それって、やっぱり主役に身構える時間を与えるためなんだよね。 うううーーーーーーーーーん! 俺は、めっちゃ耳を傾けて黒ジャージを全員、外に飛ばしてやった。 わぼ! わぼ! わぼ! わぼ! わぼ! わぼ! わぼ! 結構人数いて飛ばすの大変。 戻ってくるかもだから、すかさず観音開きのドアを開けると、黒ジャージでない男がこちらを見て、 「誰だ!テメーは?」 とまたもや無駄口を聞くから、雑魚決定。お外に行ってもらう。 わぼ! わぼ! わぼ! 中にいた黒ジャージはすでに戦意喪失みたいだから、じっとりとした目で〆子だけを見ている胡麻塩頭に集中する。 「なんで慈恩を飛ばさない?」 〆子の心の声が言った。 そうだった。慈恩一人外に飛ばせば済む話だった。 ドアの外から黒ジャージの人たちが、多分兄貴に先導されて戻ってきた音がしていた。 めっちゃ怒ってそう。 「まあ、座れや」 と胡麻塩頭が掌でソファーを示す。 〆子と俺は言われた通り、でっかいソファーに腰かけた。 「で、用件は?」 「その学生、友達なんです。失礼の段はどうか許してやって、逃がしてください」 と俺が頭を下げると、 「それはいいが、舎弟ども飛ばした落とし前はつけてもらおうか」 と指を一本立てて見せた。 千円のわけないか。1万円?10万円?高校生のおこづかいじゃ無理なんですけど。 まさか100万円とかないよね。ガクブル。 「メロンシェーク1つ買ってこい」 良いおじさんみたいだった。 すぐ後、ドアからなだれ込んできた黒ジャージを片手をあげて制すると、 「もういい。持ち場に戻れ」 といって返した。 一人兄貴な人が不満そうな顔をしているが、胡麻塩頭に逆らえる立場ではなさそうだった。 ズ、ズズース。 黒革張りのソファーにどっかと腰かけてメロンシェークを飲む胡麻塩頭の前に、〆子と俺と慈恩が並んで座っている。 後ろの壁には「人間愛」とでっかく書かれた額縁。代紋の透かし入りだ。 「これ、うまいよな。三村」 三村と呼ばれたのが兄貴っぽい人。最初にインターフォン取って早とちりした人だ。 「へい」 だいたいの話は理解してもらって、慈恩が用件を伝える番になった。 「妹のこと、ありがとうございました」 「お前さんの妹ごが誰かは知らんが、ウチの舎弟が失礼をしたのだからあたりまえのことだ」 つまりこういうことだ。 町でふらふらしている女子にお小遣いをやるとだまして中毒性の薬を与え、いかがわしい店で働かせようとしたのを知った胡麻塩頭が 首謀者の舎弟をぼこぼこにした上で破門にして、店に出る準備をさせられてた女子を解放した。 その中に慈恩の妹もいた。 「前から、あいつはマズイって思っててな」 もっとアコギなこともしていたらしい。 今回の件は、胡麻塩頭がその舎弟に見切りをつけるためもあったという。 帰る時にもう一度慈恩が礼を言うと。 「いいって、ヒューモアのためだ」 と胡麻塩頭が言った。 どこかで聞いたことがある気がした。 「三村、あの額縁なんて書いてあったけか」 「へい、にんげんあいです」 「ばかやろう!何度言ったら分かる。だろが」 「そうでした。すいやせん」 「昭和の大評論家、カラヤコージン先生に書いていただいた有難いもんだ」 と胡麻塩頭は言うと、慈恩の顔を見て、 「つまり、そういうことだ」 と言った。 慈恩がサンテオレでメロンシェークを飲むと言ってきかなかったので、 3人で寄ることにした。 慈恩は少し感傷的になっているようだった。 「おふくろが男を家に連れ込むようになってから家に寄りつかなくなった」 妹のことだ。 それで夜の街をうろついているところを例の舎弟の目に留まった。 全て父親が過労死して母親がおかしくなったせいだから、 自分はボーダーになって父親が死ぬ前の幸せな家庭に戻したかったと言った。 「そしたらオヤジに働きすぎるなと言って休ませてやりたい」 そのためには妹を人質としてGに差し出さなければならないから、今のままで他の連中に期待するしかなかったとも。 「しかし、今日あの人に出合って、心が決まった」 慈恩は手にしたメロンシェークを握りしめると、 「あの人のためなら命を張れる。舎弟にして貰いたい」 勢いよく立ち上がった。 あふれたメロンシェークで右手をどろどろにしながら、 「ボーダーになるのは諦める」 そう言って夜の商店街に消えた慈恩の背中は前よりも少し大きく見えた。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 7月の慈恩の最後の言葉はダジャレでなかった。 誰かの言葉だとは思っていましたが、 まさかあのカラヤコージン先生だったとは。 ん?カラヤ? 誰それ。 次回の更新は 11月17日(火)20時 になります。 ご期待ください。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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