にのにじゅういち アルファベット戦前哨

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にのにじゅういち アルファベット戦前哨

 今日の放課後はアルファベット戦のはずだけど、今朝の部室での打ち合わせできららは何にも言ってなかった。 熱盛はいつも通りのうざいオーラだしまくっていたし、神河勇気は朝からそこだけ雨の降る砂場で砂山づくりに夢中な感じだった。 くるみも学校に来てないみたいだし。 つまり、主役級の誰一人その日な感じでないのだった。 一番気になるのは青葉さんだけど、星形みいの生死が決まる外ウマは、神河勇気の因果捻じ曲げで絶対にタメになから今回は無視していいだろう。 それでも慈恩が変な動きをするかもしれないので、俺は鋭意慈恩観察中。 慈恩が早速動き出した。 授業中だけど教室を抜けだして階段を降りて行く。 最初に向かったのは教科棟のあいちゃんがいる情報室だった。 情報室の中はコンピューターのモニタがいっぱい並んでる。 電気はついてない。 あいちゃんは教卓のモニタに向かって作業中で、そこだけぼうっと明るくなっている。 慈恩が後方のドアを開けて声を掛ける。 「御室藍(おむろあい)先生。ご挨拶に伺いました」 無視。 「北沢慈恩です」 無視。 「この度、ボーダーの1軍に昇格する予定で行動しています。以後よろしくおねがいします」 無視。 「あの」 無視。 「私」 無視。 「失礼しました」 まあ、当然だろうが。 次に向かったのが、教員棟の国語科準備室。 ドアを開けて入って、ロッカーで迷路のようになった室内の一番奥の席に板書魔王の小野先生がいるはずだ。 さらに小野先生の机は文庫本がうず高く積まれ要塞の様になっていて、席にいても顔が見えないのは有名な話。 「小野先生?」 慈恩が要塞の(文庫本)を回り込んで中を覗くと、 授業中ですた。 すごすごと国語科準備室から出てくる慈恩。 まあ、ほぼそうなるわな。 次が岩丹羽先生のところ。 図書準備室にいるかもしれないけど、岩丹羽先生は校内で所在不明なことが普通だから。 ・・・・いませんでした。 何がしたい慈恩。 そのまま教室に戻るかと思ったら、生徒用玄関から外に出て行った。 校庭にころころ転がり出て、会いに行ったのは神河勇気。 それまで雲一つなかったのに、突然雨が降ってきた。 視界が無くなるほどの大降りに慈恩はずぶぬれになる。 校庭の端にある鉄棒の下の砂場に、赤い帽子に黄色い雨合羽の少年がしゃがんでいる。 慈恩が近づいて行って、 「神河さん」 と声を掛けた途端、生徒用玄関にノックバック。 もういちど、大雨の中を神河勇気に近づいた途端、ノックバック。生徒用玄関へ。 慈恩、神河勇気が大人の男が嫌いなの知らない模様。 3回目はさすがにあきらめて、すごすごと校舎に戻ってきた。 本当に何がしたかった慈恩。 お昼にきららがお弁当を持ってやって来た。 「一緒に食べていい?」 そういえばきららって特進αにお友達いるんだろうか。 陰キャの俺や〆子とずっとつるんでるし、巣窟みたいな鉱石研究部の部長なんてやってるし。 「いつもだれと食べてるの?」 聞いてみて後悔した。それは個人情報の・・・・。 「くるみちゃん」 まじ? いつもはくるみが特進αのきららの所に、 「姐さん、メシ」 と言ってくるという。 でも、くるみは弁当などもって来てないから、きららはいつももう一人分お弁当を用意しているらしかった。 「きょうはくるみちゃんが来てないから」 そういうことだったのね。 「星形みいのとこに行ってる」 〆子の声が言った。 くるみはアルファベット戦の前、長い時間廃ビルの前で過ごすのだと言う。 「まるでお祈りを捧げてるみたいなの」 きららが見た時の印象を語る。 「それで青葉さんの机の絵見た時はっとした」 受胎告知の絵のことだ。 「廃ビルの星形みいちゃんとくるみちゃんに見えたの」 大天使ガブリエルが星形みいに、聖母マリアがくるみに見えたらしい。 「それじゃあ、お兄が聖母マリア様になっちゃうの?」 いつの間にか青葉るるがG組に来ていた。 教卓の方を見ると、パステルカラーの大きな耳が立っている。中根さんの耳だ。 あいちゃん経由なのだろう。俺たちの話はボーダーに筒抜けのようだった。 「ありえないんだけど」 青葉るるがものすごく機嫌がわるそうだ。 「星形みいにはなれない」 同心円の公園で〆子が言っていた。 そういうことだったの? あくまで青葉るるはくるみの立ち位置なのかもしれない。 ならば、星形みいにとって代わるのは慈恩? それはありそうもないことだ。 言うて、あの顔で?ぐらいで根拠はないけど。 青山るるが身構える。 ここで、またきららとやり合う気か? と思ったら、すたすたと教室を出て行った。 出て行きしな、ドアの近くでお弁当を食べていた康太の肩に触れる。 すると、康太が椅子の上にお座りして、ハーハーと荒い息をしだした。 康太がイッヌにされてしまった。康太おまプライドはどこに行った。 聞き耳を立てるまでもなく、青葉るるが隣のF組に入って行ったのが分かった。 慈恩に会いに行ったのだ。 「お兄がぐずぐずしてるとあたしマリア様になれないんだからね」 と、机を3段重ねた上に椅子を置いて、首を苦しそうに曲げながら弁当を食べている慈恩を見上げて言った。 「心配すんな。きっとお前をマリア様にしてやるから。そのための根回しはちゃんとしてある」 と慈恩が威勢よく宣わった。 「頼んだことはやったな」 慈恩が青葉るるに言うと 「やったよ」 「なら、大丈夫だ」 この段になって慈恩に何ができるというんだろう。 お弁当を食べ終わって、お話をしていると、 「オプションくんよ」 くるみの声がした。声のしたほうに聞き耳を立てる。 廊下を出て、階段を降り、生徒用玄関にたどり着く。 そこにデコ木刀を肩に担いだ京藤くるみが立っていた。今日は染め直しでもしたのか鮮やかなピンクの髪色をしている。 俺の耳とくるみの目が合う。 「ゆいに話がある。連れて来てくれ」 〆子にそのことを伝えると、 「わかった」 と心の声で返事をした。 「ちょっと会って来るね」 ときららに言うと、きららは、 「放課後部室でね」 と答えた。 きららのいる教室を後にして〆子と俺は生徒用玄関に急ぐ。 「ゆい来たな」 くるみは、俺から〆子の手を取って、生徒用玄関を出ようとした。 「あの?」 と声を掛けると、 「オプションくんもおいで」 とにっこり笑って手招きした。 くるみと〆子、そして俺の3人で地下鉄に乗り、商店街へ。 そして、あの裏路地の廃ビルの前に来た。 廃ビルの前に佇む〆子とくるみを見て、 俺がピアスを外そうとすると、 「今日はそうじゃない」 と言って、それを制した。 くるみは、〆子の手を引いてゆっくりと廃ビルに近づくと、その左手を廃ビルに触れさせた。 廃ビルの屋上から沢山のGたちがこちらを見ている。 怪訝そうな声ならぬ声がザワザワと聞えてくる。 廃ビルの茶色のタイル壁に、〆子が触れた場所から水面のように波紋が広がる。 それが段々と振幅を大きくしながら廃ビル全体に広がり、再び小さくなって静かになった。 何かが中で動き出したのが聞える。 俺はそれに聞き耳を立てる。 白い学園のセーラー服を着た星形みいが、外壁に向かってゆっくりと歩み寄って来ていた。 外壁の〆子の掌が触れているところに星形みいが廃ビルの中から右手で触れる。 二人の掌が合わさった時、〆子の唇が動いた。 「信じて」 廃ビルの中の星形みいが、それに応えて 「うん」 と小さく頷いた。 二人の間に交わされたのは、それだけだった。 でも、俺にはそれが百万の言葉を尽くして語られるものよりも確実に何かを伝えたろうことが分かった。 〆子がゆっくりと廃ビルから手を離す。 廃ビルの中の星形みいがふたたびその奥へ退いて行く。 そして、また廃ビルは元のようにすべてを拒絶して屹立する無言の建物に戻ったのだった。 「ゆい。ありがとう。この礼は必ずする」 「う」 「あ、なんてー?」 くるみが少し離れたところにいる俺に聞いた。 「じゃあ、ゆいのお誕生日をイチゴショートでお祝いしてだそうです」 「ゆいの誕生日っていつだ?」 「8月8日です」 「ちょい先だな。それまで生きてればな」 と、くるみは廃ビルを仰ぎ見た。 放課後、部室でお茶をしているとドアをノックする音がした。 「どうぞ」 と言うが早いか入ってきたのは、ミケちゃん、クロちゃん、トラちゃんの猫田三姉妹だった。 俺がそれを見て、 「どうしたの?その恰好」 と聞くと、 「「「あ、今日のアルファベット戦、特進βの応援団長になりました」」」 と言ってくるっと一周回った。いや3人一緒だから、3回転 それは特攻服で、黒、紫、赤にそれぞれ背中に『夜露死苦』『愛羅武勇』『喧嘩上等』と刺繍が入っていた。 ちょっとサイズが大きいような。 「その特攻服、知ってる気が」 と言うと、 「「「あ、おな中の先輩からいただきました」」」 「それって」 「くるみちゃん」 とは〆子の心の声だった。どことなく悔しそうなのは気のせいじゃない。 あの時ものすごく欲しそうにしていたから。 アルファベット戦が始まるのが4時半。 あと、30分ほどで開始だ。 アルファベット戦は単なるαとβの上等決定戦だけど、 きららとくるみがぶつかるということは実質ストライパー対ボーダー戦であり、 結果敗れると過去にぶっ飛ばされることをきららは承知しているはず。 ぶっ飛ばされたのが1回きりの俺が言うのもなんだけど、あれははっきり言って気持ちのいい物じゃない。 なのにきららは、何十回も経験してもう慣れっこになっているからなのか、 緊張の色がまったく見えない。 「くるみが強すぎる」 った言ってたじゃない。 それどころかポテチ食べながら、敵側の応援団長の猫田3姉妹と楽しそうに会話をしている。 〆子もいつも以上に楽しそうだ。 ただし、時折見せる3姉妹の特攻服へのガン見で異常な執着を燃やしているのが分かったが、 本題はそっちじゃないだろ。 みんなーー!もっと集中して!! --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 今回はアルファベット戦の前哨のエアポケットのような時間を書いてみました。 次回から本当にアルファベット戦です。 いよいよ重力螺旋爆攻のきららと最強にして最恐の美少女番長くるみとが激突します。 次回の更新は 11月26日(木)20時 になります。 ご期待ください。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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