にのにじゅうよん アルファベット戦後半戦(下)

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にのにじゅうよん アルファベット戦後半戦(下)

「考えられない。こんなの取れるはずがない!」 きららが自分の腕の得物を驚きの目で見て言った。 その間に大天使ミカエルの剣が振り下ろされる。群がる反逆天使を一撃で倒した必勝剣だ。 俺は、咄嗟に耳を傾けきららと〆子を飛ばす。 俺の真横、きららがいた場所に周囲の空気を沸騰させながら長剣が撃ち込まれる。 その勢いに俺は数十メートルその場から弾き飛ばされた。 体育館裏の地面が真っ二つに割れ、きららと〆子たちと俺は完全に分断された。 再び、大天使ミカエルが長剣を振りかぶる。 大気の焼ける匂いが辺りを覆いつくす。 きららと〆子を飛ばした先に聞き耳を立てる。 きららが5次元から取ってきたもの。 それは金剛盾だった。ダイアモンドで出来た盾だ。 どうしてそれをきららが「取れるはずがない」と言ったか。 この閏6月をみんなと過ごして俺にも分かったことがある。 それは縦と横との関係だ。 ストライパーは縦が、ボーダーは横が得意という。 その意味が分かった。 ヒントはくるみだった。 なんでくるみはボーダー最強なんだろうと考えた。 たしかにもともと喧嘩は強かったようだが、それならばストライパーでもいいはずだ。 女番という枠を捨てて、くるみのことをもう一度見直してみた。 くるみを慕う人間は多い。 星形みい、カー子。本来敵のはずのきららや〆子、猫田3姉妹もくるみのことが大好きだ。 俺もまたくるみのことが好きな人間の一人だ。 それはくるみに人に対する思いやりや優しさがあるからだ。 「オプションくん」などと言いながら、俺と〆子との絆を認めてくれてもいた。 〆子の言葉を必ず俺に通訳させるのも、きっとくるみなりの配慮なのだ。 これは俺の持論だが、思いやりや優しさはその人が持つ想像力の量による。 想像力が沢山あれば相手の状況をちゃんと理解できるから、それだけ他人に優しくなれる。 人のつらい、痛い、さみしい、苦しいが心から分かる。 それがくるみの本質だと思った。 くるみのそういった資質はきっと少女のころに培われた。 くるみにはイマジナリーフレンドがいた。心の中のお友達だ。 それは不幸にも結果Gであったけれど、そのお友達との交流がもともとあったくるみの想像力をより高めたのだと思う。 それは同時に強い幻想力となり存在しえないものを空想する力となった。 その幻想力、空想力こそがボーダーの力。 くるみの幻想力、空想力がずば抜けているからボーダー最強になれたんじゃないか。 ボーダーは崇徳院の怨霊が出せたり、いままさに大天使ミカエルなんてのを呼び出している。 ボーダーが五次元から取り出すのは、この世には存在しないもの、架空の物体だ。 つまり横とは仮想の空間軸のことなのだ。 対して縦とは現実の時間軸を意味する。 きららが五次元から取って来るのはこれまでに存在したか未来に存在するであろう武器なのだ。 で、今きららが手にしているダイアモンドの盾。 「これって、ルシファーの盾でしょ。どうして?」 きららが言った。 ルシファーの盾。天界大戦争の時に、大天使ミカエルの一撃を大天使ルシファーが受け止めた盾だ。 そんなものはこの現実世界にかつてもこれからも存在しえない。 横の物質、ボーダーのものだからだ。 「みいちゃんに借りた」 こともなげに〆子が言ってのける。 「りょ」 きららもそれを丸呑みする。 「でも、これだと勝てない」 盾は受けることしかできないからだ。 きららはそれを右手に装備したまま、さらに他の攻撃系の武器は取りに行けない。 「勝たなくていい」 〆子が心の声で言う。 「止めるだけでいい。そうしたらくるみちゃんは治まる」 「わかった。やってみる」 きららは〆子の言葉をまんま飲み込むと、その場で両足を広げ腰を落として踏ん張り、ルシファーの盾を両手で構えた。 その頭上に打ち下ろされる大天使ミカエルの黒長剣。 かたや天界を睥睨する神に最も近い存在。かたや一人の女子高生。 この衝突、きららに分があるとは微塵も思えない。 その時、体育館の上から声がかかった。 「「「あ、くるみ先輩、大反則です」」」 猫田3姉妹が帆布を翻して、再びの 「「「メテオアタック!」」」 100kgを超える巨岩が雹のように天から降り注ぎ、大天使ミカエルに打ちかかる。 しかし他を圧して威厳を示す6枚の羽根はこともなげにそれらを打ち払って微動だにしなかった。 「「「あ、だめですか?」」」 消沈する猫田3姉妹。 ルシファーの盾を構えるきららに、もうもうと白煙を挙げつつル打ち下ろされる長剣。 それはゆっくりと、すごくゆっくりと時間が経過する中での動きだった。 きららの構えるルシファーの盾は一瞬の間、長剣の斬撃を押しとどめたが、それを受けるきららの体躯が耐えられなかった。 きららは盾を構えたまま地面にめり込んでゆく。 きららの全身骨格がめきめきと嫌な音を立てて打ちひしがれる。 ついには剣の勢いが地面を割いてきららを奈落へと突き落としたのだった。 断崖の最下部に落ちて行くきらら。 聞き耳を立てるまでもなく、その体はすでに再起不能状態だった。 万事休す。くるみに対抗する手段はもうない。 あとはGがエントロピーの種を喰らいに来るのを待つだけだ。 「飛ばして!」 〆子の心の声が言った。 「どこに」 「きららのところに」 「〆子をか?」 「るるちゃん」 わぼ! 俺は耳を傾けて青葉るるをきららのもとに飛ばした。 「なんで?」 「るるちゃんが直してくれる」 そうか、くるみが勝てば時間は戻されてしまう。青葉るるがマリア様になるには、俺たちが勝つ必要がある。 案の定だった。青葉るるはきららを抱き起すと掌を当てて治癒しだした。 青葉るるの掌から光の雫が滲みだし、きららの全身を直してゆく。 大天使ミカエルが再び剣を構えはじめる。 奈落の底からそれを見上げる青葉るるが、 「動けるでしょ。早くあいつやっつけて」 といった。 「あの足元に飛ばして」 きららが言った。 俺はきららを、わずかに残っている地面に飛ばした。 きららは再びルシファーの盾を構えると、今度はその場にとどまらず飛びあがった。 きららは、大天使ミカエルに向かって螺旋を描いて飛翔する。 重力螺旋爆攻。しかし武器はない。 きららはミカエルの手元まで飛ぶとルシファーの盾でその動きを封じにかかる。 初動の弱点を狙う作戦だった。 大天使ミカエルの手元できららが回転して盛大な火花を散らしている。 一瞬大天使ミカエルの動きが止まった。 くるみを見る。 しかし、くるみの表情に変化はなかった。というより、くるみに表情はなかった。死人の様だった。 おそらくボーダー技を発動している間、自失状態になっているのだ。 板書魔王の小野先生の時は、崇徳院にばかりに目が行ったが、あの時も小野先生は、気配が消えたようだった。 おそらく精神自失状態だったにちがいない。 俺は自分をくるみのもとに飛ばした。 わぼ! 無防備だった。デコ木刀も力なさげに切っ先が地に付いていた。 これならば俺にも何とかできそうだ。 手を伸ばしてくるみのデコ木刀を取ろうとしたその時、 何かが猛烈に吹き付けて数メートル後ろに飛ばされ俺は尻もちをついた。 見ると、くるみの周囲に先ほどよりも激しく陽炎が立ち上がっていた。 精神自失の時は陽炎が身を守っているらしい。 立ち上がって今度は突進を試みる。 しかし、やはりはじき返された。 簡単に陽炎の壁を克服できそうになかった。 そうするうちに、大天使ミカエルはきららのことを押し返し始める。 きららも回転を速くして抵抗するが、押し戻されるのは時間の問題のようだった。 「飛ばして」 〆子の声。 「誰を?」 「ゆいを」 「どこに?」 「陽炎の内側に」 よく見ると、くるみと陽炎との間に少しだけ隙間があった。 あそこに入りさえすれば、くるみ本体に攻撃を通せる。 わぼ! 〆子を陽炎の内側に飛ばす。 しかし、〆子は武器など持ってない。どうやって攻撃する? 陽炎の内側に立った〆子は、精神自失のくるみの体にその手を回す。 一呼吸置き、くるみの顔を見て 「信じてくれてありがとう」 と言った。 そして、くるみに体を寄せると、 ぎゅうと強く抱きしめた。 くるみの頬から涙が流れ落ちた。 陽炎の勢いが止まった。 静謐が体育館裏を支配している。 そこに〆子とくるみの抱きあう姿があった。 きららが足を引きずりながら歩み寄る。 「みいは死んでしまった」 くるみが言った。 「う」 「なんて?」 「そうかもしれないけど、行って見なきゃだそうです」 「最後まであきらめちゃだめだ。決めるのは自分だ、だったな」 「そうだよ。あれはお嬢のセリフなんだよ」 きららが言葉を掛ける。 「それが誰の言葉かずっとわからないでいて、みんなと過去をたどれてやっと思い出せた」 くるみがみんなのことを見まわして、 「ありがとう」 くるみを〆子が支え、きららを俺が支えてその場を後にする。 体育館裏は、大天使ミカエルの衝撃が現実に過干渉してしまったらしい。 いつものように何もない状態にはもどらず、大地の亀裂がそのままだった。 「忘れないでもらっていいですかー?」 地割れの底から青葉るるの声がした。 わぼ! 慈恩たちがたむろする体育館脇の水のみ場に飛ばす。 「お兄、これってどうなるの?」 「心配するな。星形みいは確実に死んでいる。お前はもうマリア様だ」 「ほんとう?でも、なんも変わってないんだけど」 「辞令がまだ下りてないからだろう」 「そういうものなの?」 「多分」 海斗たち取り巻き連中が歓声をあげる。 お前たち、喜んでる場合か? 青葉さんがマリア様になったら、お前ら全員フリ○ンだかんな。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 壮絶なアルファベット戦が終わり くるみ、〆子、きららの俺たち4人は約束通り、 星形みいのいる廃ビルへ向かいます。 その顛末は次回。 次回の更新は 12月01日(火)20時 になります。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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