にのにじゅうご くるみ、きららにパクられる

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にのにじゅうご くるみ、きららにパクられる

学園最寄りの地下鉄駅で、くるみと〆子、きららと俺の4人は電車が来るのを待っている。 後から猫田3姉妹が、慈恩たちの一団も遠巻きではあるがついて来ていた。 アルファベット戦を目撃した他の生徒らは、遠慮してかホームに降りて来ていず、 そこにいるのは、そのメンバーだけのようだった。 ただ、反対側のフォームに一人だけ学園の生徒が立っていた。 アルファベット戦ではまったく出番のなかった熱盛だった。 熱盛は電車が来る方を見ながら前髪をいじって立っていたのだったが、 俺たちに今気が付いたという様子でこちらを見ると、 「ゆい。布石は順調のようだな」 と言葉をかけて来た。 「う」 「なんて?」 「相手にしないで。だそうです」 「そうか。なら相手にしない」 くるみは捌けていた。 そこに電車が入って来て、熱盛との会話はそれきりになったけど、 俺は今の〆子の受け答えが気になった。 話の内容ではない。 一瞬だったが〆子の心に俺を拒絶する意思を感じたからだ。 シャットアウトされた。 そんな風に感じたことはこれまで一度もなかった。 もちろん俺が〆子の心の声ばかりでなく、心内語まで聞こえているということは、 〆子自身とうに感づいていて、それを利用して俺に伝える情報を操作していることは分かっていた。 でも、それはあくまで分かりの悪い俺に状況をかみ砕いて渡すための方便で、例えれば親鳥がヒナに一旦消化したものを与えるようなものだと思っていた。 しかし、今のはまるで、知られてはならないものを必死に見せまいとするような心の動きだった。 〆子が隠そうとしたものは何なのか。熱盛とは何者か?そんなことが心にひっかってしまった。 商店街に付くと、いつもと様子が違った。 通りにたむろするヤンキーたちは、全てGに成り代わっていた。 どの路地にもGが溢れかえっていて、くるみのことを注視しているのが分かった。 メインの通りを渡り、例の裏路地へ行く。 裏路地だけはいつも通りで、寂し気な空気でくるみを迎えたのだった。 くるみと〆子、きららと俺が廃ビルのある一番奥へと進む。 猫田3姉妹と慈恩と青葉るるの一団は裏路地の入口までしかついてこなかった。 一番奥の広場のところまでくると、その変わりように驚いた。 廃ビルは地面にめり込んでまるで氷山の様に一角だけが地表に顔をだしていた。 既に廃ビル自体がその存在を消し去ろうとしているかのようだった。 それは不吉にも星形みいの死を物語っているようにも見えた。 中の黒汁が染み出したのか廃ビルの周囲の地面は黒く液状化し、その水面を黒レディースの皆さんが浮いては沈みしている。 僅かに地上に出ている廃ビルの上はGのてんこ盛りだ。 最初に、くるみが黒汁の中に足を入れて、廃ビルの前に進み出る。 次いで〆子が、そしてきららが後に続き、最後に俺が黒汁に足を付ける。 冷たかった。 その黒汁は、氷水の様に冷たい。 「う」 「なんて?」 「くるみさん手を繋いで。だそうです」 「わかった」 そういうとくるみが〆子の左手を右手で握った。 「う」 「なんて?」 俺が答える前に、今度はきららが〆子の右手を左手で握る。 そうやって左から、くるみ、〆子、きららの3人が横一列に沈みかけた廃ビルの前に並び立ったのだった。 俺は、すぐ後ろで控えて待つ。 「う」 「なんて?」 「いつものようにして、だそうです」 「いつものようにって、こうか?」 くるみはその場に胡坐をかいて座ると目を閉じた。 腰が半分まで黒汁に漬かっている。 「う」 「なんて?」 「みいちゃんのことを思って、だそうです」 くるみは頷いた。 しばらくそのままの状態が続いた。 〆子は何かを待っているかのように、何も指示をださなくなった。 対して、くるみもきららも黙して待つ。 俺も特にやることもないから、〆子の次の言葉にくるみが反応するのを待つ以外になかった。 「さっきのこと」 〆子の心の声が聞えた。 どうやら、それはきららには聞こえてないようだった。 俺は返事をするべきか迷ったが、その前に〆子の心の声が聞えてきた。 「平田航のことはいずれ話すから。今はゆいを信じて」 その言葉は〆子の心が全開のまま響いて来た。 俺は頷いた。 〆子はそれを後ろを向いて確認して、 「ありがとう」 と心の声でいった。 人を信じること。それは飛び越えることだ。その人との間にある言い知れない不安や疑念を全てなしにして、相手の懐に飛び込む。いわば命のダイブをすること。 それが人を信じることだと俺は思っている。 俺は〆子を信じた。俺は〆子に命を預けたのだ。 たとえ今後、どこにぶっ飛ばされようと、俺はそれを本望と思うことにした。 ずいぶん時間が経った気がした。 時折、黒レディースの方々が黒汁の中から様子を伺うようににゅうっと胴体を出しては消えた。 そういえば、くるみは星形みいにこの人たちを「夜露死苦」されたのだった。 もし、星形みいに生きて会えたらなら、この人たちをガッコに帰えすことができるのだろうか。 それともそれはまた別次元のはなしなのか。 そんなことを考えていた。  異変を最初に察知したのはGだった。 廃ビルの上に(わだかま)ったGのひと固まりが、ざわざわと声なき声で騒ぎ出した。 どのGも上空に何かがあるかのように上を仰ぎ見て騒いでいる。 俺も上を見てみると、G空間の黒天井が渦状に歪み、その遥か上空に光の粒が瞬いたように見えた。 そしてその光の粒が、ゴウと言う音とともに段々と近づいて来たかと思うと、 シュボ。 廃ビルの中に吸い込まれた。 「きらら取ってきて」 と〆子の心の声がした。 きららが〆子と手を繋いだまま廃ビルに近づいてゆく。 廃ビルに届かない。 くるみが胡坐をかいたまま微動だにしなかったからだ。 「う」 「なんて?」 「ちょっと動いてください、だそうです」 「わかった」 くるみは腰を上げ、きららにつられて〆子が動くのに合わせて廃ビルにむかって移動した。 そしてきららが廃ビルに近づいたのを見届けると、再びその場に胡坐をかいて座った。 それは〆子の両腕がのびきってしまう距離だったが、〆子はそれで構わないようだった。 俺もそれについて廃ビルに近づく。 痛てて。 Gに接近しすぎたせいか頭痛がした。忘れていたがしかし前ほどではない。 廃ビルに手を伸ばしたきららの腕は、黒汁したたる例の形に変わっていた。 そして廃ビルの壁面にその尖った先を差し込んだ。 ずぶずぶと音を立てながらきららの腕が沈み込み、肩のあたりまで中に消えた。 きららはしばらくの間中をまさぐっていたが、 「何もつかめない」 と手を引き戻した。 それを耳にしたくるみの肩がビクリと動く。 「もっと奥かも」 と〆子の心の声。 きららは、今度は廃ビルの中に頭を突っ込むと、そのまま腰まで入り込んでしまった。 「がは!」 しばらくしてきららが息継ぎのように顔を上げる。 「やっぱつかめない。なにもとっかかりがない」 「う」 「なんて?」 「みいちゃんはいつもどのあたりにいるの?だそうです」 「みいはいつも端の端の隅っこにいる」 と答えると、きららが 「ゆいちゃん。手を離してくれる?」 と言った。ダイブするつもりなのだ。 「それはダメだ」 そう言ったのはくるみだった。 「姐さんが黒汁になる」 どんなものも黒汁にする。それが廃ビルの中に充満するGの毒なのだそうだ。 つまり、毒が致死を超えれば星形みいも黒汁になってしまう。 今の状況は、それを想起させるに十分だった。 「やはり」 そう俺がが口にしかけたとき、 「決めるのは自分」 と言ってくるみは立ち上がると、〆子の手をはらい廃ビルの壁に向かって飛び込んだ。 辺りに黒汁が飛び散った。 Gが声なき声で騒めきだしたのが聞える。 きららがそれを追いかようとしたが、〆子がそれを制して待とうと言った。 俺は廃ビルの中に聞き耳を立てる。 実はさっきから聞き耳を立てていたけれど、星形みいはどこにも見つけられなかったのだった。 今は、星形みいを探してくるみが廃ビルの中をさ迷い歩いてるのを見ている。 全ての扉を開けて星形みいを探すくるみ。 至る所にGがいて、邪魔しようと行く手を阻むけれど、くるみはデコ木刀でそれらを薙いでは蹴散らして進む。 くるみが全フロアの扉を開けつくしてしばらくの間、くるみのことを見失った。 それでも一心に聞き耳を立てていると、螺旋階段で地階へ下りてゆくくるみの姿が見えた。 底が見えない円筒の空間の中心に螺旋階段だけがあって、ひたすら下へと伸びている。 そこをくるみが一人降りて行く。 どこまでも続く螺旋階段の周りに充満するのはやはりGの毒なのだろう。 くるみの体がどんどん黒く変色してゆくのが分かる。 純白の学園のセーラー服もルーズソックスもみな黒装束となり、ピンクの髪も黒染めに戻って来ていた。 「シャバ僧かよ。ダセー」 くるみが自分の髪の毛を手でつかんで言う。 その手さえ黒く変色しつつあった。 「う」 〆子の声が螺旋の階段を伝ってくるみのもとに届く。 「なんて?」 「信じて、そして祈って、だそうです」 くるみが頷く。 すぐさま、くるみはその場で胡坐をかき(こうべ)をたれた。 すると、それまで永遠に地下に降りて行くように見えた螺旋階段がくるみの足元から消えはじた。 螺旋階段が完全に消えて空洞の中にくるみ一人が浮いていた。 次いで筒のような空間だった地下構造も消え、平坦なフロアがそこに広がった。 静寂が支配する真っ白い空間が現れたのだった。 どこまで続くかしれない広大な空間だ。 その中空に6枚の羽根を広げた少女が浮いている。 星形みい。 いや大天使ガブリエルだった。あの絵と同じ姿をしていた。 その大天使ガブリエルは星形みいの顔をしていたが、あのミカエルのようではなく満ちたりた表情をしていた。 大天使ガブリエルが6つの羽根をはためかせて、祈るくるみのもとに舞い降りる。 そして手を差し伸べてくるみのあごを支えあげると、くるみの唇に人差し指をあてて言った。 「みいはあなたとともにいる」 大天使ガブリエルの体が光輝きだし、くるみの全身をその光が覆いつくした。 まばゆい光に俺の耳もくらんでしまい、何も見えなくなった。 やがて、その光がうすらいで見えて来たのは、 大天使ガブリエルは消え、もとのまま胡坐をかいて祈るくるみ一人の姿だった。 その時だ。 白い部屋の天井を割って、黒い手が伸びて来たのは。 そして、その手はくるみの腕をつかむとものすごい勢いで、引っ張り上げ連れ去った。 黒汁の中を上昇してゆくくるみ。はるか上に光が見える。 その光が段々近づいて、そして一面が明るくなった。 くるみは廃ビルの外に飛び出していた。 きららが廃ビルにギリギリまで入って、くるみを掴み引き上げたのだった。 廃ビルの前に黒汁まみれの体が2つ。 一つはくるみ。 もう一つは、きららだった。 星形みいはやはりみつからなかったのだ。 きららが立ちあがり、倒れたくるみに歩み寄る。 〆子が跪いてくるみを抱き起す。 くるみがすすり泣く声がする。 俺もくるみのもとに歩み寄ると、 くるみが黒汁まみれのもの抱えているのに気が付いた。 くるみがそれを手で撫でて黒汁をぬぐっている。 黒汁が取れてそこに現れたのは、小さな顔だった。 赤ん坊だ。 くるみは赤ん坊を抱いていたのだ。 微かな声で泣いている。聞こえたのはこの子の泣き声だった。 「みい、お帰り」 くるみが言った。 「みいちゃん、お帰り」 〆子の心の声が言った。 「お帰りなさい」 きららが言った、 「お帰り」 俺が言う。 嗚咽が聞えてきた。 今度こそくるみだった。 見るとG空間の天井から光が射しこみ、くるみと赤ん坊を明るく照らし出している。 聖母マリア? そうではなかった。 それは、生まれたばかりの命を前にした、 一人の「母」の姿だった。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 こんな形で星形みいが帰って来るなんて、ビックリです。 全ては強キャラ京藤くるみちゃんのおかげです。 何度くるみちゃんにこの物語自体助けられてきたか。 感謝しかありません。 次が2章の最終話です。 次回の更新は 12月03日(火)20時 になります。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
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