にのにじゅうろく 俺たち全員、ツッパリぶっ飛びロックンロール!

1/1
前へ
/63ページ
次へ

にのにじゅうろく 俺たち全員、ツッパリぶっ飛びロックンロール!

くるみは赤ん坊の星形みいを片腕で抱きながら、黒汁の中から一人ずつレディースの皆さんを助け上げていた。 くるみが黒汁に手をかざすと、中からぽこんと頭が浮かび上がる。 その頭をくるみが掴んで、黒汁の中をこねくり回して引き上げると、今度は首に胴体が付いた状態になって現れる。 そいつを立たせて、ぎゅうと抱きしめてやるとそのレディースさんは光輝いて消えて行った。 ガッコに帰ったのだろう。 そんなくるみと赤ん坊の星形みいを見ながら俺は、 「死んでいるか、生きているかしかないはずのあの廃ビルで、なんで第三の在り方が可能だったんだろう」 誰に言うともなく独り言ちた。 「ゆいちゃんのおかげかもね」 ときららが言った。 「〆子の?」 「そう。ゆいちゃんは相手が臨んだものを引き寄せることが出来るから」 「それって」 俺は、それが出来るのは神様くらいだといおうとして言葉を飲み込んだ。 それを言えば〆子がどこか遠くに行ってしまうような気がしたから。 「いっつもじゃないし必ずそうなるわけでもない」 もし〆子の企みでなければの話だが、 崇徳院に俺たちがぶっ飛ばされるのだって、神ならば回避できたはず。 でも、それはできなかった。 「生きるか死ぬかの2択でなかったのは」 ときららは言って、くるみの周りで赤ん坊をあやしている猫田3姉妹を指さした。 「ほら、うちには猫が3匹いるじゃない? 難しいことはわからないけど」 また、はぐらかされたようにも思ったが、〆子のことを信じたように、俺はきららのことも信じようと思った。 もう、どこへ飛ばされようと、2人と一緒ならばどこでもいいという覚悟がこの時でき上がったのかもしれない。 閏6月も終わり、7月になった。 そして今日、あの「しんどい一日」が始まった。 回転が解消されていたなら、きららは18歳のお誕生日を迎え、 俺から十字石の指輪をゲットすることが出来る。(俺が渡せればの話) 朝の部室で〆子ときららと俺で今日の打ち合わせを行う。 地下鉄で岸田森林に会ったけど、前回とまったく変わらず、 「私の言うことを聞かないからだ」 と俺を真顔で見て言った。 もう少しなんかあるだろうと思ったが、気付いた時にはもう帰ってしまっていた。 「問題は2限と6限だけど」 きららが不安を吐露する。 そういえば、2限の敵が強いと前回の7月に言っていた。 すると、〆子が、 「うん、大丈夫だよ」 とあっけらかんとして言った。 「そっか、ならこれ以上悩まないね」 と、いつものようにきららが〆子の言葉を丸呑みにする。 「俺は5限の慈恩が心配なんだよね」 退学になってないし、相変わらずF組で熱盛ごっこをしている。 青葉さんは特進入れ替え戦でβに転籍してくるみの空席を埋めることになってはいる。 星形みいを排除して青葉るるを据えるGの目論見の一環のような配置換えだ。 それでボーダー内の陣形がどうなったのか、特に慈恩が3軍から昇格したのかは未だはっきりとはしていない。 慈恩がもし昇格していたら、前回のように簡単にはいかないかもだ。 「それ、前みたく森林のおじちゃん呼んであるから」 そういうことだったんだ。 そっか、俺にとっては2度目でしかないけど、〆子ときららにとっては何回目かの今日なんだな。 予鈴のチャイムが鳴った。 きららと〆子と俺は、部室棟の廊下をならんで歩く。 前とは違う緊張と連帯が感じられた。 閏6月を一緒に過ごして、俺もすこしは2人の助けになれたのかもしれないと思った。 生徒用玄関のところで〆子が立ち止まる。 1か月前に京藤くるみがきららとメンチを切り合った場所だ。 今は一児の母として新たな人生を歩みだしたくるみたちのことを思う。 くるみはアルファベット戦後すぐ学園を去った。 デコ木刀をデコシャベルに持ち替えて、 「みいちゃんのためなら、エーンヤコーラ」 ってしている。 〆子ときららはたまに商店街に行って、星形みいのお世話を変わってあげたりしている。 それに俺もついて行くが、どうも懐かれなくて困る。 最初に抱っこしようとして大泣きされてから、なるべく遠くで見守ることにしている。 だけど、母子ともに健康なのはなによりで、無事に大きくなって欲しいと思う。 親戚のおっさんか! いや、実際そんな気持ちだ。2人のことはこれからもずっと見守ってゆきたい。 教室に入った途端、1か月前には気が付かなかった風景が広がっていた。 天井にGが1匹貼りついていた。 きっと3限に現れたやつに違いない。 それから安定の中根さんの巨大な耳。7月はシルバー。 席に付いたら、康太の頭の鉢の大きさに慄いた。 デカ! 康太の頭は朝からこんなにでかかったんだ。 そして一心不乱に武器のイラストを描いている。 特進からはきららの武器取得の音は聞こえてきていない。 こいつは本当に努力家なんだな。 と改めてリスぺを送っておく。 2限まで順調だった。 「勝てた!ありがとうゆいちゃん」 ときららがG組に飛び込んできたのも一緒だった。 業間休みにきららの腕をひしぎそうになるのは避けることができたが、 きららが部室で武器腕の性能を試した時は、部室の壁に巨大な穴が開いた。 熱放射銃が炸裂したからだ。 「もー、勝手に発射しないでくれる?」 とおどけて見せた。 3限の康太の頭にGが何かするやつは、何度見てもきもかった。 ただ、Gに接近したときの頭痛は1回目よりましになっていて、それは俺の成長の証カモだ。 4限、きららの重力螺旋爆攻が炸裂。 〆子は岩丹羽先生の出現場所を的確に指示していた。 お昼休み。あいちゃんときらら対峙。次いでザクロちゃん登場。 そしてタイムノックバック。 その後の更衣室は何とかセーフ。 かと思いきや、きららと〆子について更衣室に入りかけたところを、マッチョの女体育教官に後ろからスリーパーホールドで落とされて、暗黒世界へ。 そのまま5限の視聴覚室に。 で、慈恩の壁攻撃に遭って、岸田森林が現れる。 ここはまったく同じだった。 ただ、慈恩の退学の理由を佐々木海斗に聞いたとき、 「あ? 慈恩先月退学したろ。女孕ませたのバレて」 だったのが違った。 くるみのことと慈恩のこととがごちゃ混ぜになっていた。 噂なんて案外こんなものなのだ。 で、ついに6限がやって来た。 教材が1か月前と違っていた。 『雨月物語』「白峰」ではなかった。 これはいい兆候だ。 やっぱり回転は避けらたんだ。 「ねえ、きららこれなんて読むんだっけ」 G語だからではない。単にテキストの漢字が難しかったのだ。 「うとうやすかたちゅうぎでん。山東京伝だよ」 楽勝! と思ったが、〆子ときららの様子が1か月前のようだった。 まるで、何かにとりつかれたように上気して、荒い息をしている。 さすがに何かあると思って黒板を見たが、教室の前方に変わりはなかった。 そして板書は縦書きの日本語だった。 小野先生が板書の一行を差し棒でなぞると、 「井澤さん、ここの本文を読みなさい」 と突然きららを指名した。本文読みのところは一緒だった。 きららは、言われたまま板書の本文を読む。 「つひに数百の骸骨あらわれ、所せきまで集まりて、敵味方とわかれ、涅槃経無常の偈をかきたる、紙の幡をひらめかし、竜頭の紗灯をおしたて、双方大将と思しきが、全くつづきたる馬の骨に打ち乗りて下知すれば、法鼓、銅鑼、鐃、磬のごときなり物を打ちならし、おめきさけびて戦いけり」 「ありがとう。そこまででいいです」 と言うと、小野先生は珍しく教壇からおりてきて、 「原作ではこのように、沢山のドクロが戦をしているシーンが描かれていますが、 これが、ある浮世絵師の想像力にかかるとまったくイメージが変わってしまいます」 そこで再び、きららを見て、 「井澤さんはその浮世絵師のことを知っていますか?」 「はい、歌川芳国です」 「その浮世絵の題名は?」 「相馬の古内裏です」 「そうです。残念ながら私は絵が描けません。私に変わって相馬の古内裏を描いてくれる人は?」 と小野先生が教室を見回すと、一番に手を挙げたのは康太だった。 そして、康太はどこにそんなの隠し持ってたって言うほどの大きな模造紙を広げ 「今描きました」 と言ったのだった。 その絵は超有名な「がしゃどくろ」だった。 巨大な骸骨が画面上方に覆いかぶさって、二人の武士に襲い掛からんとしている。 その横にはこれまた有名な平将門の娘、滝夜叉姫だ。 今回は、そいつが俺たちの相手だった。 回転は起こらなかったのか? それとも、起こった結果がこうなのか? きららと、〆子と俺は、がしゃどくろがはなつ光に飲み込まれる。 光の中には見渡す限りのGがいて歓喜の、声にならぬ歓喜の声を挙げている。 またしてもきららに18歳の誕生日を迎えさせてあげられなかったふがいなさを悔いた。 そして思う。 そうか、康太は努力が実って1軍に上がったのか。 意識が薄れゆく中、俺はゆっくりと暗黒の底に落ちて行った。 ※『善知安方忠義伝』山東京伝作 佐藤深雪校訂 国書刊行会 叢書江戸文庫18より引用。 --------------------------------------------------------------------------- ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 9月10日にきららのライバルとして 京藤くるみちゃんに登場してもらいました。 その時は、2章全体どういう話になるかまったく頭にない状態で、 きららとくるみちゃんにヤンキーバトルしてもらおうくらいのつもりでした。 でも、京藤くるみちゃんに助けられ、何もない荒野を歩き続けるうち、 (くるみちゃんが物語を引っ張ってくれました) 星形みいが登場し、慈恩が肉付けされ、神河勇気が登場したり、青葉るるが加わり話は思わぬ方向へ。 最後は「死と再生」にたどり着きました。 物語が破綻していないか心配です。 回収していない伏線もまだいっぱいあると思います。 でも、作者の今の精一杯がこの作品に現れていると思いますので、 温かい目で見てくださるとありがたいです。 次回からは第3章です。 今度はいつに飛ばされどんな新しい学園が待っているのでしょうか? 御期待ください。 次回の更新は 12月05日(土)朝8時 になります。 スター、本棚登録、スタンプ、コメント等足跡を残していただきますと、日々の励みになります。 今後も『すたうろらいと・でぃすくーる』をどうかよろしくおねがいします。 takerunjp
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加