サバイブガール

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「もうそろそろかな……」  いつもどおりスマートフォンで時間を確認しようとしたが、そういえば電源を切ってポケットに仕舞ったんだと思い出して、慣れない腕時計で時間を確認した。  スマートフォンは着信すれば音が鳴ってしまう。マナーモードにしていたとしても、振動音は意外と大きい。そうなれば、彼女に私が隠れてるのがバレてしまうかもしれない。  もともと人通りの少ない住宅街。更に午後九時という時間で人通りは殆どない。それでも、たまに自転車で通りかかる人に話しかけられるのも面倒だ。私は顔を見られないように真っ黒のつば付きキャップを深く被り直した。  用心をして、私は電柱の陰に収まりきるよう身を縮こませて隠れた。暗闇に馴染むようにと真っ黒の服を着てきたんだけど、私は闇と一体化できているだろうか。  塀に背中を付けて、息を殺して気配を消す。ドクンドクンと高鳴った胸を落ち着け、落ち着け。私なら出来る。と、唱えて落ち着かせようとする。けれど、物陰に隠れてターゲットを待っている自分を想像すると、昔見たアクション映画のかっこいい女スパイを思い出して、違った意味でワクワクとしてしまう。  彼女は必ずここを通る。毎週木曜日は塾に通っており、帰りはクラスの友達数人とこの交差路で別れる。何ヶ月も自身で尾行をして得た、確かな情報だ。今日だって、塾に入って、出てくるまでこの目で確認した。  彼女が交差路に辿り着いてからの自分の行動を再度、何度目か分からないシミュレートをしてみる。  彼女に走り寄って、……して、彼女が……かもしれないから、そうなったら……して……す。きっと彼女の友達は……から……うん。大丈夫。  何度もシミュレートして、練習もしてきた。もう体に染み込んでしまっている。初めてだけど、きっと上手くいくはずだ。  落ち着かなくなった私は、忙しなくもう一度腕時計で時間を確認する。 「あと少しか……」  この日のためにずっと準備を重ねてきたのだから、必ず上手くいく。そう自分に言い聞かせるけれど、どうしても万が一という不安を拭いきれない。 「今日も、ううん。今日こそよろしくね。相棒」  私は相棒に語りかける。 『ええ。こちらこそ、ね』  相棒は答えた。  街灯の明かりに反射してキラリと妖艶に光ったその身体が、大丈夫、貴女なら出来るわ。と私に勇気をくれる。  お守り代わりにと、学校に行くにも鞄に忍ばせていた私の相棒。この作戦を決行するきっかけをくれた私の相棒。あの日、ゴミ捨て場で出会ったのは、きっと神様が巡り合わせてくれたんだ。  相棒と一緒に、ずっと努力をしてきた。お母さんや友達じゃない、相棒だけが私の努力を、決意を知っている。 「ありがとう」  私は相棒――黒光りする革製の鞘に収まったサバイバルナイフを強く抱きしめた。 ♯♯♯ 「大場(おおば)茉白(ましろ)さん」 「は、はい」  名前を呼ばれた私は教壇に立つ科学教師の元へと向かい、定期テストの答案を受け取る。  六十五点。平均点が五十二点だから、まあ良いだろう。安堵した私は自分の席へと戻り、答案用紙を机の上に置いた。  これが、いけなかった。 「あれ、大場さんは六十五点だったんだ」  私の席の近くを通った女子――(さか)音羽(おとは)さんは、教室中に響き渡るような大きな声で、私の点数を読み上げた。そこには既に若干の嘲笑が混ざっている。 「え、ええ、まあ」  顔を上げて彼女の顔を見る。細長い目がまっすぐと刺すようにこちらを見据えている。怖くなった私はすぐに目を逸した。 「大場さんはもっと点数高いと思ったんだけどなあ。だって、メガネを掛けてて、地味。優等生ですって見た目してるのに。運動も苦手なのに、勉強もできないんじゃあ取り柄がないじゃない?」  嘲り笑うように言う彼女に、私は言い返すこともせず、 「えっと、まあ、そうですね……」  恥ずかしさから顔を伏せ、机の木目を見つめながらボソリと呟いた。  クラスメイトのクスクスという嘲笑が聞こえる。平均点を上回っているんだから、半分は私より点数が低い奴らのくせに。  もう少し私がひょうきんでお調子者だったのなら、彼女の言葉も笑いに変えられたのだろう。でも、そんな便利なスキルは、不器用な私には備わっていない。彼女だってそれを分かっていて、私を標的に選んだに決まっている。  ここで私が暴れて彼女を押し倒すことで解決するのであれば、私はとっくにヤンキー映画の不良よろしく机を投げて暴れている。でも、現実はそう甘くはない。突然暴れれば、良くてクラスメイトから危ない奴とレッテルを貼られ、腫れ物みたいに扱われる。最悪は警察沙汰。  それ故に、私は顔を伏せてヘラヘラとにやけながら、彼女の興味が自分から離れてゆくのを待つしかないのだ。
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