3人が本棚に入れています
本棚に追加
勉強机に戻り、再びキレイになった刀身を眺める。真っ黒で吸い込まれそう。宝石なんかに興味はないけど、そういった綺麗な物を欲しがるお金持ちの気持ちが今なら理解できそうだ。
サバイバルナイフ――もしかしたら、これまで私を助けてくれなかった不公平な神様が、これで私に生き残れとプレゼントしてくれたのかもしれない。きっとそうだ。
その日から私は、教室で公開処刑をされる度に、どうやって彼女を刺してやろうかと物騒なことを考えていた。考えないように気をつけても、私には彼女を刺す力があるのだから、頭から離れてくれなかった。
家に帰ると部屋に籠もり、彼女に仕返しする方法を相棒に尋ねた。この頃から、私はサバイバルナイフを相棒と呼び始めていた。
「ね、相棒。どうやって彼女に貴女を突き刺せばいいと思う?」私は尋ねる。
『そうね、普通に突き刺すだけじゃあ、面白くないでしょ。いつもアナタがされているように、みんなが見ている前で無様に公開処刑。なんてどうかしら?』相棒はそう答えた。気がした。
相棒の提案に乗り、作戦を一緒に考えた。
私がされているのと同じように教室で一思いに突き刺す。公開処刑としては成功だが、それでは彼女と関わりの薄いクラスメイトに、教室内で殺傷事件が起こったとトラウマを与えてしまうかもしれない。そのため、観客を絞ることにした。
毎日のように彼女を尾行した。そうして、彼女がいくつも習い事を掛け持ちしていて、木曜日には友達数人と同じ塾に通っており、帰りも途中までは一緒なのだと突き止めた。
「ここを狙おう」私が提案すると、相棒は『ええ。それが良いと思うわ』と賛成してくれた。
それとともに、私は確実に彼女にトドメをさせるようにと準備も進めた。
まず、自身が他人より太り気味で、ノロマなのは自覚していたので、運動を始めることにした。ただ、生まれてこの方、自発的に運動をした覚えのない私には何から始めて良いのかすら分からないので、インストラクターとして流行りの運動ゲームを購入した。
ネット通販で注文したため、運動ゲームを購入したのがお母さんにバレてしまった。
「ついに茉白もダイエットに目覚めたの? もしかして恋かしら?」
冷やかし気味に尋ねるお母さんに「クラスメイトを殺すためだよ」なんて言えるはずもなく「まあ、そんなところ。恋ではないけど」と言葉を濁した。
初めての継続的な運動に、何度も挫折しそうになった。その度に、自分が彼女にされてきた仕打ちをノートに書き起こし、反芻して憎しみでやる気を再加熱させた。
人体の急所。どの部分を刺せば確実にトドメをさせるのかもインターネットで調べた。心臓を刺せば確実なのだろうが、それ以外でも内蔵に何度もナイフを突き立てれば失血死するだろうと結論に至る。
肋骨にナイフが引っかからないために、ナイフを横に寝かせて握るという知識も得た。体育の授業前、更衣室で坂音羽の骨の位置も確認した。その日から、ナイフの素振りも私の日課に加えられた。家族に見つかってはいけないと、寝静まった深夜に真っ暗な自室で行った。
いざ、ナイフを突き刺して怯んではどうしようもない。肉の感触に慣れるため、料理にもチャレンジした。お母さんは「やっぱり、恋なんでしょ。誰かに手料理を振る舞うんだ」とはしゃいでいた。
季節が変わり、運動の効果か鏡に映る私の体型が目に見えて細くなってきた頃、私はいつしか公開処刑の被害者ではなくなっていた。私をいじめるのに飽きたのかもしれない。
ある日の放課後、坂音羽がいつもと違う様子で声をかけてきた。
「ねえ、大場さん。ちょっと付き合ってくれない?」
公開処刑をする時の棘のある言い方ではない、優しい物腰。一瞬、態度が軟化しそうになったけど、すぐに『コイツは敵。ターゲット。忘れないで』と相棒の声が聞こえて思い直した。
「何の用?」
敵意を剥き出しに言ってやろうかとも思ったけれど、彼女に怪しまれては作戦を決行するのに支障が出るかもしれない。憎しみを内側に押し込めて、私は柔らかく答えた。
「最近、大場さん変わったよね。だから、話がしたくてね」
校舎裏なんかに呼び出されて私刑にされる。そう頭によぎった。しかし、彼女は人前で公開処刑はすれど、そういった隠れて陰湿な行為をしたという話は聞いた覚えがない。私だってされていない。
「まあ、少しなら」
私が無愛想に了承すると、
「ありがとう。さ、行こっか」
彼女は嬉しそうに言って、私の手を引いた。
私刑が行われないという確証はない。でも、私には相棒がついている。いざとなれば振り切って逃げられるだろう。それに、スパイ映画の敵情視察みたいで楽しそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!