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いつ襲われても対応できるように、常に鞄の中の相棒を意識していた。彼女の声に軽く相槌を打っていたけれど、内心はビクビクと怯えていた。
警戒する私をよそに、彼女が案内してくれたのは可愛い雑貨屋だったり、女子高生にも手が出しやすい値段のメイクだったり、彼女たち行きつけのファーストフード店だった。
こうやって放課後に同級生と、お店を巡るのなんて初めてかもしれない。
「今日はどうしたの?」
帰り道で私は尋ねた。
「どうって、あなたと遊びたかっただけ、それじゃあダメ?」
明るく言う彼女に、私は寒気すら覚えた。
彼女は私にしてきた仕打ちを、公開処刑を覚えていないのだろうか? 私との関係は白紙に戻ったとでも言うのか。
「ダメじゃないけどさ、急に声をかけられたから驚いたの」
「急にじゃないわよ。私はずっと大場さんを見てたの。少しずつ細くなって、キレイになってくあなたを。きっと隠れて努力してたんでしょ」
たとえ敵からだったとしても、褒められるのは悪い気がしない。クラスメイトは何も言ってくれなかったのに、彼女は私の努力を見てくれていたんだ。
「私、なにかに頑張ってる人って好き。だって、頑張るのって辛いんだから報われるべきなのよ」
その言葉は私に向けられておらず、坂音羽自身に向けられているように思えた。私の尾行によると、彼女はいくつも習い事を掛け持ちしており、空いているのは今日くらいだ。習い事は親に押し付けられたのかもしれない。でも、他人に押し付けられたものだって努力には違いない。
それなら、坂音羽は人一倍努力家なのだろう。
「だからね、頑張っていない人を見ると、なんで頑張らないのかってイライラしちゃうの」
歪に口角を上げ笑う彼女は、悪魔にも見えた。
以前の私は、確かに努力なんて呼べるものはしておらず、平々凡々とした女子高生だったかもしれない。だからって、それは他人を公開処刑にしていい免罪符にはならないだろう。そもそも、見えないところで努力しているかもしれないのに、全く努力していないかどうかなんて、どうして彼女に分かるんだ。
頭の中で、何かが弾けそうだった。
「ご、ごめんね。私の家こっちだから」
言い終わるのが早いか、私は離れて駆け出していた。
「そっか、またね。大場さん」
優しく告げる彼女に、私は再び寒気がした。
言葉の通り、彼女は次の日からも親しげに私に声をかけてきた。
私は警戒されてはいけないと、おかしく思われない程度の付き合いをしていた。
彼女の親しげな態度に、もしかしたら、いじめの標的にさえならなかったら彼女と友達になれていたのだろうか。なんて考えてしまう自分が嫌だった。そんな日は、相棒の刃をそっと自分の皮膚に滑らせた。傷の痛みで、彼女にされてきた苦痛を身体に思い出させた。
私と親しくしているからといって、彼女の公開処刑は止まらなかった。別のクラスメイトが虐められているのを「もう少しで、私が終わらせるから」と唇を噛んで目を瞑った。見て見ぬ振りをした。
公開処刑されるクラスメイト達を見て、急がなければと自分を奮い立たせた。
♯♯♯
目を開いた私は相棒を抱いた腕を緩め、もう一度腕時計で時間を確認した。
「あと、五分くらい、かな」
思い返せば、短かった気もするし、長かった気もする。
彼女に走り寄って、相棒を突き刺して、彼女が抵抗するかもしれないから、そうなったら押さえつけて、馬乗りになってでも何度も刺す。きっと彼女の友達は立ちすくんで動けないから……うん。大丈夫。
何度も呪文みたいに繰り返してきた作戦。体に染み込んでいる。
準備は万端だ。そう自分に言い聞かせるけど、不安から身体の震えは止まってくれない。私は相棒の刃を自分の手の甲に滑らせた。相棒が『勇気を出して。もう少しよ』そう励ましてくれている。
「うん。ありがとう」
手の甲が赤く、暴力の色に染まってゆくのを見ながら、私は微笑んだ。
きっと、相棒に出会わなかったら、作戦を決行する気なんてなかっただろう。もしかしたら、自ら命を絶っていたかもしれない。私は自分のことで手一杯。いや、自分ことすらままならないから、何度も相棒に助けられてきた。
今だってそう。私は自分事で手一杯だった。
だから、気がつけなかった。
私に走り寄る人影に。
――ドスン。
――え?
気がついたときには、私の懐に誰かが居た。
「大場さんが悪いんだよ。大場さんが裏切るから」
聞き覚えのある女子の声。顔を上げた彼女は怒っているような、悲しんでいるような、複雑でクシャクシャな顔をしていた。
クラスメイトだ。私の次に公開処刑の標的になっていた女の子。
彼女が身体を離す。同時に自分の体から何かが引き抜かれた感触があった。
「何を……」
その先は驚きで言葉が出なかった。
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