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彼女の手には、真っ赤な暴力の色に染まったナイフが握られていた。
それが自分の血液で、彼女に刺されたのだと気がつくと、急に体中に痛みと熱が広がってゆく。
混乱した私は抵抗もできずに、相棒すら落として逃げ出した。けれど、すぐに追いついた彼女は馬乗りになって私の腹部にナイフを何度も突き立てた。
――嫌だ、イヤだ。イヤだ。どうして私が。なんで彼女が。
混乱した頭の中で、疑問が浮かんではあぶくのように消えてゆく。私の口からは小動物が潰されたような音だけが出ていた。
「あんたが坂音羽なんかにすり寄るから私がっ。媚びへつらうなんて気持ち悪いっ。裏切り者っ。裏切り者っっ」
その先は言葉になっていなかった。彼女は暴力の色に染まった顔で、獣の咆哮のように呻きながら何度もナイフを振った。
霞掛かってゆく意識の中で、私は助けを求めてゆっくりと手を伸ばした。
「助けて、音羽さん……」
無様にもわたしが助けを乞うたのは無機質な相棒ではなく、敵であるはずの彼女だった。
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