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初恋
ずっと好きな人がいた。
生まれてきてから16年間、一度も恋をしたことのない私に初めてできた好きな人。
背が高くて、目付きが悪くて、見た目はすごく怖そうなのに、優しい声で話す人。
LINEの通知音が鳴るのたびに彼からじゃないかとスマホに飛びついてしまうし、姿が視界に入るだけで鼓動が早まってしまうくらい大好き人。
友達とする恋バナではいつも聞き役で。
もし自分に好きな人ができたとしても、恥ずかしがって話すことなんてしないと思ってたのに、恋に落ちた日から彼の話しかしなくなった私に友達も笑ってたっけ。
好きで、ほんとに好きで仕方なくて。
彼の特別になりたいと思ったことは何度もあったけど、それは無理だということは知ってた。
彼のことが好きでずっと見ていたからこそ、私のことをどう思っているかなんて分かっていた。
結局私は彼の特別どころか仲のいい友達にもなれなくて。
たまに話すクラスメイトの境界を越えることはできなかった。
隣のクラスの親友も彼に片想いをしていることに気づいたのも、自分の恋心に気づいてすぐのことだった。
私と同じ瞳の色で彼を見つめて、嬉しそうに彼と話す彼女の姿を見てすぐに分かってしまった。
それは彼女も同じだったらしく、お互いに想いを隠して過ごしていたけれど、いつの間にか打ち明けて2人で彼の話をするようになった。
LINEの返事返ってこないとか、他の子に告白されたらしいから心配だとか、2人で放課後たくさんおしゃべりをした。
彼女は美人ではなかったけれど、誰にでも優しくて笑顔が綺麗な素敵な人だった。
私は彼女のことも好きだったし、彼と彼女は仲が良かったから二人が付き合ったら素直に喜べる気がした。
もちろん自分が彼の特別になることは心の底から願っていたけど、それができないのならせめて彼のことを自分と同じくらい好きな人に付き合って欲しい、なんて勝手な思いを抱いていた。
『私は可能性がないから、もし二人が付き合ったらお祝いするね!』
と笑顔で言った私に、彼女は『私の方が可能性ないよ』と笑って返した。
お互いにどれくらい彼のことが好きか知っていたから、もしどちらかが彼と付き合うことになったら一番に教えてお祝いしようねと約束をした。
遊びに誘ってみようかな。
LINEの返事をなんて返したらいいかな。
なんて、今思えば笑っちゃうな相談をお互いにし合って、そんな日々が楽しかった。
卒業式の後、私は彼に告白することにした。
部活の都合で彼と話す機会もなかったし、直接言うのは心臓が破裂しそうだったから電話で伝えることにした。
『多分気づいてたと思うけど、』
初めてする告白は照れ隠しから始まって。
自分の思いを伝えたあとは笑って『告白なんてした事ないから頑張ったんだよ』と話した。
彼は私の話に相変わらず優しい声で相槌を打ってくれて、しばらく話した後に『ごめん。好きな人がいる』と告げた。
振られることは最初から分かっていたから、ショックは無かった。
自分の思いを最後に伝えるだけでいい、という自己満足のための告白だった。
『そっか』と答えた後に、彼女の顔が浮かんだ。
彼女は自分には無理だからと、結局彼に思いを伝えることはなかった。
『私の…。私の知ってる人で、片想いしてる人がいるんだけど、多分、両思いだと思う…。もしそうだった時は、喜んで応援するね』
『うん、ありがとう』
本心から、そうだといいなと思った。
彼女とだったら、心から二人のことを応援したいなと。
『え?』
彼女と彼が高校時代に付き合っていたことを知ったのは、卒業して5ヶ月後のことだった。
彼の親友からそのことを聞いて、頭からバケツの水をかけられたようなショックを受けた。
私は彼女のことが分からなくなってしまった。
彼と付き合っていたのならば、どうして私にそのことを話してくれなかったのか。
どうして自分の方が可能性がないから、と。
もし私と彼が付き合ったら一番に応援するからねと嘘をついたのか。
私の相談に乗ったり、彼と仲良くなるための手伝いをしてくれたのは一体なんだったというのか。
そもそも彼は、彼女の紹介だったというのに。
好きな人がいない私に、あの人はいい人だからおすすめだよと話をしたのは彼女なのに。
どんな気持ちで私の話を聞いていたのだろうか?
自分の彼氏のことを好きだと言う私の姿はどう映っていたのだろうか?
様々な感情に飲み込まれながらも、心のどこかで私が彼を好きだったから言いにくかったのかもしれないと。
私を傷つけることが、私と気まづくなってしまうことが恐くて言えなかったのかもしれないと考えていた。
だけど、そんな考えも彼と彼女が別れた理由を聞いて打ち砕かれてしまった。
二人が別れた原因は彼女の男遊びの激しさだった。
付き合っていても男と二人でカラオケや買い物に行くことを繰り返す彼女に嫌気がさして別れのだという。
別れ話が出たとき彼女は泣きながら別の男に電話をかけて相談をしたという。
彼の親友はそのことに苦しむ彼の相談によく乗っていたらしい。
その時私は初めて告白した後に涙が溢れた。
私の3年間はなんだったのだろうか。
あんなにも私が、恋が焦がれるほど好きだった彼と付き合っておいて彼を傷つけるなんて許せないと思った。
私に彼の紹介をしておいて、隠れて付き合って私の相談に乗っていた彼女のことを思うと悔しくて仕方なかった。
私のほうが彼のことを好きだった。
どうしてこんなに不平等なのだろうと、悲しさと悔しさに涙が止まらなかった。
大切な、友達だった。
誰からも好かれる自慢の友達だったのに。
「あ、久しぶり…」
駅のホームで電車を待つ彼と会ったのは卒業式して1年ぶりのことだった。
「え?あ、」
高校時代から髪型も顔も少し変わった私に彼は最初戸惑ったが、その後すぐに気づき名前を呼んだ。
「うん。春休み帰省してたんだね」
「うん、昨日から」
右手に持つスマホには、卒業式に友達から撮ってもらったツーショットの写真が入ったままで消せずにいる。
「あと5分」
「ん?」
「そっちの方面の電車が来るまでの時間だよ」
電光掲示板を指差す私に彼はああ、と小さく呟いた。
あと5分で。
「大学楽しい?」
「うーんまあまあかな。そっちは?」
これはきっと、神様から私への贈り物。
どんなに願っても彼の特別な存在になることができなかったか私への。
「……卒業して1年って早いね」
「な。1年あっという間だったわー」
どうか、どうか。
一日でも彼の心を奪うことが私にできたなら。
私がずっと彼のことを想っていたように私も彼に思ってもらえたのなら、どれだけ幸せだろうか。
「もう、来るね」
カンカンカンカン、と踏切の機械音が遠くから聞こえる。
「そっか、俺と反対方面か」
「うん」
「じゃあ、元気で」
彼は軽く手を振ってドアが開く場所へ向かう。
ガタ、ガタッ
大きくなる電車の音にかき消されるくらいの声で、私は『ごめん』と呟いた。
強い風が吹いて、空気音と共に私達の前に電車が停車する。
「あのさ」
電車に乗りながら緊張したように、少し離れた場所に立つ彼はホームに立つ私に言った。
「…俺まだこっちいるから、今度また会えないかな?」
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