目録ノ壱 泪鹿の子、蓑亀に七福神の宝物①

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 カフェスタンドが点在するオフィスビル群を抜け、人形町は甘酒横町を突っ切ると、青々とした木々の立ち並ぶのが見えてくる。人形町と浜町を区切るように細く長く連なる、緑道公園だ。成海は外出したあと、たいていこの緑道をゆっくり歩きながら居候している祖母の家へと帰っていく。  その昔、小学校の夏休みに祖父母宅へ預けられていた時から、この辺りも随分と様変わりした。日本橋浜町・人形町・蠣殻町・中州と、華やかなエリアに囲まれる糊ノ木町は、ここだけポツンと取り残されたようにいまだ下町の風情を湛えている。  しかし、ふと天を仰ぐと、すぐ近くにある高層のオフィスビルやビジネスホテルの威容が視界の端に留まり、なんともちぐはぐな感じがして、成海はそのたび居心地悪く思っていた。  それでも、この緑道公園のベンチに腰を下ろし、目を閉じて、風に揺れる木々のざわめきにそっと耳を傾けているときだけは、不思議と心が落ち着くのだ。  ハローワークで相性の悪い職員と当たってきつい対応をされたときも、局留めで返送された履歴書を郵便局から引き取ってきたときも、そうして気を静めてアイスコーヒーでも一口飲めば、切り替えることができた。  まだ子どもだったあの頃に、祖母と祖父の真ん中で手を繋がれて、散歩した記憶がよみがえるからかもしれない。  しかし今日は、それすらも遠かった。  むせ返るような炎天下、うまくいかない転職活動――  それは幼い日の優しい思い出より、ここ数年の挫折の日々を強く想起させる。  また、あの時分に逆戻り――結局自分は一歩も前に進めない、いつまでたっても無力な子どものまま―― (――だめ)  ぴしゃん、と成海は頬を叩く。
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