夜に溶ける花火のように

7/7
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「……嘘、だよね?」  お祭りで、何も食べないのも。くじや射的に参加するのが私ばかりなのも、全部。やらないのではなく、できないからだとしたら。  ああ、そうだ。よくよく思い出せば彼は、私が最初に話しかけた時にこう言った。“なんで?”と。あれは、何故名前を訊くのかではなくて、何故自分が見えるのかという意味であったとしたら。 「嘘じゃない。俺は君が産まれるより前に、あの学校で死んだ」 「なん」 「自殺じゃない。俺が本を読んでいるベンチに向かって、文化祭で準備していた大道具が倒れてきて下敷きになった。誰も悪くない、ただの事故。ただ俺は、好きな本をいつまでも読んでいたくて、それができなくなることが未練で此処に残っていた。……他に楽しいことなんか何もなかったから」 「嘘だ」  最後の一言は、馬鹿みたいに声が震えていた。思い出してしまったからだ、二十年くらい前に高校の文化祭で事故が起きて、男子生徒が一人死んでいるという話を。それで幽霊が出るのだとかなんだとか、そんな怪談話は何度も耳にしたことがあったのだから。  彼は、こんな訳のわからない冗談で、人を傷つけるような人間ではないはずである。  冗談ではないのなら、真実だ。私が告白してしまう前に、それが不毛だときっと教えてくれようとして――ゆえに。  それでも、私は。 「そんなの、ないよ。……ないよお……!」  とっくに、遅い。 「私、初めて見た時から、橘君のこと好きなんだよ?すごくすごく、好きになっちゃったんだよ?そんなこと言われて、どうすればいいの?死んじゃってるから付き合えないの?一緒にいちゃだめなの?そんなのある?こんな、こんな酷いことある!?ねえ!?」  勝手に好きになって、舞い上がっていただけだ。彼は何も悪くはない。この様子だと、私が彼を生きた人間と間違えている、と気づいたのもそう前のことではなさそうである。誤解させていたのは、お互い様だった。そもそも死んでしまったことに関して、彼は何の罪も背負ってはいないのである。 「本の世界だけが、人生の楽しみだと思ってた」  夜空に鮮やかに咲く、赤。まるで彼岸花のようなそれ。ちょっとだけ遅れて音が追いかけてきて、夜空で花びらのように散っていく。  まるで恋心が束の間咲いて、終わりを迎えて行くように。 「人と語らい、繋がることが楽しいと教えてくれたのは。……工藤、君だ。そういう生き方もあると、それも幸福だと俺は今になって知ることができた。とても恵まれていると思う」  だから、ありがとう。彼はそう言って――一瞬、目の前が暗くなった。  気づいたのは。彼の体温のない唇が私から離れていったあとになってからのことである。  真実を知る前なら嬉しくてたまらなかったのであろう、キス。今はただただ切なくてたまらない。ぽろり、と滲んだ視界から雫が溢れた。 「俺がいられるのは、お盆の終わりまで。……あと半月。その期間だけ、付き合って欲しいだなんてそんなことは言えない。それでももし君が、望んでくれるなら。君の貴重な夏休みを半分、俺に分けてくれないか」 「……狡いこと、言う。それ、断れないのわかってるくせに」 「そうだな、狡いな。俺はそういう人間だ」 「……そっかあ」  まだ、この恋心は、花火のように空に溶ける気配などない。半月のささやかな時間が終わっても、少なくとも当面は痛みとともに鮮やかに咲き誇り続けることだろう。  それでも私には。どれほど苦しくても、悲しくても――このひと夏をきっと、忘れる日など来ないのだろう。  いなくなる誰かの命を、花火よりもずっと長く燃やすのは。きっと今を、未来を生き続ける私達であるのだから。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!