夜に溶ける花火のように

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夜に溶ける花火のように

 例えば。  美術館などに行って、突然足が止まるような経験はないだろうか。  何が良いのかよくわからない。自分でも、具体的な理由が説明できそうにない。それでもたった一枚のその絵に目を奪われて、身動き取れなくなるような経験。  恋で言うところの、一目惚れ。  何もない地味な空間に一輪の花が咲いたよう、なんて言い方はありきたりだろうか。あるいは、その場所に何かが激しく弾け、自分の世界を突如として壊すような衝撃を与える、とか。  私の淋しい語彙力ではうまく表現できる自信がない。ただ確かなことは、私がまさに今そんな気持ちで一つの空間に縛られ、彼から目を離せなくなってしまっている事実のみである。  教室の騒がしい空間の中、彼はまるで周囲と迎合せず、それでいて空気にはしっかり溶け込むように存在していたのである。  少し長い前髪、物憂げな表情、整ってはいるけれどさして目立つほどではない顔立ち。その彼がただただ机に座って、カバーがかかった文庫本を読んでいる、ただそれだけ。  それだけなのに、目を奪われた。 ――綺麗だあ……。  実にありきたりな感想と共に、私は恋に落ちていたのだった。
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