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一度だけ、声をかけたことがある。
「おう、なんかすげー難しそうなの読んでんじゃん」
返ってきた反応は、すこぶる冷ややかなものだった──冬の海だって、あそこまで冷たくはないだろうな。
「ただの小説ですけど?」
ですます調のキツい返事からは、かつて同じ中学に通っていた同級生に向けて然るべき温かみはこれっぽちも感じられなかった。まったく、あの時のあいつの目ときたら! 黒目がちの、男子百人に聞いたら百人全てが可愛いと答えるだろうあの目が、あの時ばかりは鮫の目に思えたもんだった。幸い鮫なんて、水族館の外では会ったことないけれど。
ともかくそれ以来、俺はあいつの姿を駅で見かけても、スルーするようにしていた。時々すれ違う時なんかに視線を感じることがあっても、気づかないフリだ。こっちだって疎まれてまで話したいわけじゃないし、凍りつくような目を向けられて平気でいられるほど、メンタルが強いわけでもない。
ただ、時々、魚たちに餌を巻いている時なんかに、ふと考えることはあった。
あいつをここの魚でたとえるなら、いったいなんだろう、って。
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