若先生

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「しゃべってもいいですか」  貞義さんは、そんな断りを入れた。 「ええ」  匡久が頷くと、貞義さんは、目にうっすらと涙を浮かべた。  入院中の頼子さんの見舞いに来ていたころは、スタッフに愚痴も言わず、淡々と仕事をして、奥さんに優しい言葉をかけていた。  貞義さんの話をこんなにゆっくり聞くのは、カンファレンス以外では初めてだ。  彼自身の昔話となると、初めて耳にする話がほとんどである。  彼の話は、頼子さんが入院していたころの話から、以前の病院や治療で辛かったこと、若かった頃の二人の楽しかった話や子供たちの話に及び、貞義さん自身が働いていた時代の、仕事の思い出話になった。  そしてハッと気づいたような顔をして、貞義さんは照れ笑いのように、くすりと笑った。 「ごめんな。先生にする話じゃあ、ないな」 「いいえ」 「また、来てもいいかな」 「ええ。もちろん。いつでも」 「……ありがとう。帰るよ」  柔和な顔で、貞義さんは立ち上がる。 「じゃあ、気を付けて。また」 「ありがとう」  ありがとうを繰り返しながら、何べんも振り向いてお辞儀をし、貞義さんは自動ドアをくぐって、駐車場のほうへ出て行った。  匡久はそれを見送ってから、食堂へ向かう。  途中で、外来看護師長の女性看護師、木崎と行き会う。 「ええっ、院長、今から食事?」 「うん」 「急がないと、一時までに食べ終わらないよ」 「わかってるよ」 「病棟まで行く時間考えたら、五分で食べなきゃよ」 「わかってるって。五分もあれば、僕は昼飯くらい食えるよ」 「いつまで経っても、お人好しだねえ」 「いいから、食堂に行かせてくれ」 「あ、ごめん、ごめん」  木崎にぽんぽん肩を叩かれて、匡久は食堂へ向かった。
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