11人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「しゃべってもいいですか」
貞義さんは、そんな断りを入れた。
「ええ」
匡久が頷くと、貞義さんは、目にうっすらと涙を浮かべた。
入院中の頼子さんの見舞いに来ていたころは、スタッフに愚痴も言わず、淡々と仕事をして、奥さんに優しい言葉をかけていた。
貞義さんの話をこんなにゆっくり聞くのは、カンファレンス以外では初めてだ。
彼自身の昔話となると、初めて耳にする話がほとんどである。
彼の話は、頼子さんが入院していたころの話から、以前の病院や治療で辛かったこと、若かった頃の二人の楽しかった話や子供たちの話に及び、貞義さん自身が働いていた時代の、仕事の思い出話になった。
そしてハッと気づいたような顔をして、貞義さんは照れ笑いのように、くすりと笑った。
「ごめんな。先生にする話じゃあ、ないな」
「いいえ」
「また、来てもいいかな」
「ええ。もちろん。いつでも」
「……ありがとう。帰るよ」
柔和な顔で、貞義さんは立ち上がる。
「じゃあ、気を付けて。また」
「ありがとう」
ありがとうを繰り返しながら、何べんも振り向いてお辞儀をし、貞義さんは自動ドアをくぐって、駐車場のほうへ出て行った。
匡久はそれを見送ってから、食堂へ向かう。
途中で、外来看護師長の女性看護師、木崎と行き会う。
「ええっ、院長、今から食事?」
「うん」
「急がないと、一時までに食べ終わらないよ」
「わかってるよ」
「病棟まで行く時間考えたら、五分で食べなきゃよ」
「わかってるって。五分もあれば、僕は昼飯くらい食えるよ」
「いつまで経っても、お人好しだねえ」
「いいから、食堂に行かせてくれ」
「あ、ごめん、ごめん」
木崎にぽんぽん肩を叩かれて、匡久は食堂へ向かった。
最初のコメントを投稿しよう!