03. 五尺玉

2/8
前へ
/37ページ
次へ
一人暮らしの大学生活が始まって 3ヶ月が過ぎた。 最初は緊張感に包まれていたせいか ピンと張りつめた"何か" を感じていたが 何故だろう? 思ったよりもこれまでと そんなに変わらない日常なんだと 実感せざるを得なくなった。 変わったのは僕を取り巻く環境だけで そこで僕自身が変わらない限り 特に何も新しい発見はないのだ、と。 アルバイトを始めた、髪を染めてみた、 何かいつもと違うことをしていないと 自分を見つけられないような気がした。 何となく空虚だった 自分が思い描いていたキャンパスライフは こんな感じだったのだろうか? 独り暮らしとはもっと刺激に満ちていて、 毎日がドラマのような日々だと連想していた僕は いい意味でも悪い意味でも子供だった。 そして抱いていた(ほの)かな期待は ことごとく裏切られていった。 一度ガス抜きをして 平坦な毎日をリセットしたくて 地元行きの深夜バスのチケットをポチっとした。 その翌日 バイト先のボウリング場に出勤すると 「今井くん、ちょっとええかな?」 「え?何ですか、主任?」 「実は昨日、溝淵くんが急に辞めてしもて… 明日から4日間バイト、来られへんかな?」 終わった・・・ 地元に帰ることすら叶わぬ腹いせに ここで「ふざけんじゃねぇ!」なんて 啖呵を切る勇気でもあれば 平凡な毎日に変化が生まれたかも知れない…が 「あ、はい、大丈夫ですよ」 どうやら僕にはそんな勇気はなかったようだ。 結局、1週間貰っていた夏休みのうち 4日はバイトに明け暮れることになった。 「その代わり…言うたら何やけど」 主任が手渡してくれたのは "納涼!塩入海岸 花火大会" と書かれた 週末に海辺で開催される 花火大会のチケットだった。 「オレもほんまはこれ行く予定やってんけど、 仕事になったから、行っといで」 「え?いいんですか?」 とは言ったものの 今はとても花火を見に行くような心境ではない。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加