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生き方
普通のアパートの前に不釣り合いな、威圧感のある大きいロールスロイスが停まっている。
「よ」
独特のグレーの髪にジーンズにジャラジャラとアクセサリーを下げて、その男は手を挙げて貢に声をかけた。
大学時代からのつきあいで、気が向いた時に連絡してくる。金で割り切ってくれたら楽なのにしつこいので貢のストレスの元だった。
「送るよ」
男自ら開けたドアに滑り込むように貢が車内に乗り込み、神楽と呼ばれた男が隣に座る。
「ちょっと適当にクルマ走らせて」
運転手にそう言って、神楽はニヤニヤしながら貢を見る。
「…俺眠い、神楽」
「そう思って迎えにきたんだけど。電車移動はキツイだろ?」
カバンで壁を作って、できるだけ距離を作って貢は座っていた。
クルマが高速に入る。
「今度の週末開いてる?」
「週末はだめだって何度も言ってるだろ」
「あの親子だけは何をおいても最優先なんだな」
この仕事を始めた時、初めて依頼してきたのが彼女だった。
まだ大学在学中で、いきなり双子の赤ちゃんの世話というハードな仕事を、ほとんど無報酬にこなしていた。
いつも思う。どうして男はこどもを捨てて平気なのか。
それを価値観の違うこの男に話しても埒が明かないので何も言わない。
「イベントなんだよ。早く上がっていいから顔出せない?」
神楽の言葉が頭の上あたりで踊っている。
なめらかな走りに、意識は眠りの底に誘われていく。
「…‥」
窓に頭を乗せるように眠ってしまった貢に気がついて、神楽は口を閉じた。
その時、貢のかばんからスマホの着信音が聞こえた。
「おい、電話」
気持ちよさそうに眠っている人間を起こすのは気の毒だが、神楽は貢の体をゆすって強引に起こした。
貢は重たそうな瞼でスマホの表示を見る。
「もしもし」
数時間前に別れた清水優太からだった。
『あの、今日はありがとうございました』
挨拶もそこそこに、ネットでゲイの出会いの場を検索していたら何かヒットしたらしい。
『お時間あったら一緒に行ってもらえないでしょうか』
「いいよ。どんな所?」
内容を詳しく聞くと、神楽が手伝えと言ってきた店だった。
イベントの意味を理解した。
同性の出会いの場、お見合いパーティのような集まり。
依頼を了承して電話を切る。
向こう側の清水優太の声はうれしそうにはずんでいた。
「貢にサクラをお願いしようと思ってたんだけど、普通の参加者になったな」
人数が集まっていないのか困ったように神楽が言う。
「彼をエスコートして、いいパートナーが見つかるようにするのが俺の仕事だから人数はそっちで集めてよ」
「案外その子、貢狙いなんじゃない?」
「俺結婚してるから」
片目を細める独特な笑みで貢は言った。
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