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二十歳の誕生日、俺、四ツ谷要にいきなり前世の記憶が転がってやって来た。
前世でのオタク心が残っていたのか、こ、これが転生ってやつなのか…っ!!
と感動したのは一瞬。
すぐに思い出されたのは、あの胡散臭い神様で、あの『設定』だ。
結局選択する事も出来ず好き勝手に弄られまくった俺の運命。
だが、しかし、どうだろう。
二十歳まで俺は何の影響も無く過ごしてきている。
それどころか、前の様に親はクズでも無ければ、極貧でも無く、穏やかで朗らかな父と林檎を片手で潰せるアップルパイを作るのが得意な母。
きちんと愛情を持って育てられたと恥ずかし気も無く言えるし、その自信もある。
大学に向かう途中の電車内でこんな事を思い出すのは如何なものかとも思ったが、つつがなく生きてこれたのだ。
勿論男に言い寄られた事等無い。
だったら、
(あの神様阿保みたいだったし、もしかして設定し忘れたんじゃ…)
その可能性は捨てきれない。
大体この世界は前の世界となんら変わりないじゃないか。
BLの世界?はいはい、そんなもんこっちに影響が無ければどうだっていいっつー話な、
「おい、聞いたか?中野の奴、とうとう妊娠したらしいぞ」
「お、そうなのか。そりゃめでたいな、アイツ中々妊娠出来ないって焦ってたし」
「そうなんだよー『これで俺もママだぁー』って、まだ出てもねーのに腹擦ってやんの」
「仕事の引継ぎもやんなきゃだな」
……………………
は?
設定その1:男性同士での結婚、妊娠可能な世界観
そうだった…今までこれが普通だと思って生きて来た世界は男でも妊娠出来るのだ…。恋愛は男女乱れての自由戦。ただし、男同士だろうと女同士だろうと運命の相手でないと惹かれ合い結婚したとしても子供なんて出来ないらしいが。
(び、…)
BLの世界観にGLにもなんて優しい仕様…!!!!
いや、そんなん声を大にして言ってる場合じゃない。
(えええええええ…)
二十年間もこの世界で生きてきといて、こんな事今更なんだけれども…
(…まじか)
陰影の深くなった真顔が電車の窓ガラスに映る。
ヤバいぞ、何か今の時間だけで5才は老けた感が否めないんだけど。
あと二駅で降りる駅だ。溜め息混じりに鞄を抱え直し、それでもどこかで俺はこの世界を信じていた。
そう、普通に大学へ行って、普通に勉強して、普通に友人らとふざけて…。
扉が開き、ぞろぞろと降りていく人とまた電車に乗ってくる人。
こんな人混みの中で埋もれそうになるのはやっぱりモブ属性が根強いからだと。
BLの主人公?何が主人公だよ、だったら野郎同士でもロマンティックな出会いの一つでもあるんですかねぇ!?
冗談じゃな、
「――――っ!」
え、ちょ、っと…待て。
何か、俺の尻に…触ってる…?
あれ、かな、誰かの鞄…、まぁ、混んでるし鞄だの身体だの当たってても可笑しくは無い…と、思いたい、け、ど…。
ぴったりと尻にそってフィットしてるのは、やっぱり手だ。
しかも…っ
(も、揉み始め…やがった…っ)
ひぃぃぃっと身体に力を入れれば、勿論奴の触っている俺のケツだってきゅっと上がって固くなるのだが、それでもその固さをほぐすかの様に揉みしだいてくる…っ!必死だなぁ、おいっ。
何で?
こんな事今迄一度だって無かった筈なのに…っ!
何だ、一体何が切っ掛けなんだ、偶然?それとも女と間違えてるだけ?お願い、そうだと言ってくれ…っ!
ひぃぃぃ…割れ目に指入れてくるのやめてくれぇ…!
耐えに耐え忍び、ようやっと駅に着いた俺はぐいぃっと身体を捩じり、迷惑だと分かってはいるが我先にと電車を飛び出した。
目指すは、大学、いや、違う。
(と、トイレっ…!)
ダッシュでトイレへと逃げ込む俺の体勢は、そう前屈みだ。
笑うがいいわ。何おっ立ててんだよ、と嘲笑うがいい。
でも、それは仕方が無いんだっ、だって、あの痴漢野郎の手が意外と…
意外と気持ち良かったんだぁ…!!
だって、俺もそういう経験この世界でも皆無な男ではあるけれど、そんな俺でも気持ち良くなってしまう程のテクを持っていたんだよ、アイツはぁ!!
じわりと目元が熱くなるも、さっさとトイレの個室へと飛び込んだ俺の目的はただ一つ。
出すものを出す。
この一択。
だが、
――――ドンっ
「…へ?」
トイレの個室に押し込まれ、背後を見遣れば、
「要、おはよう」
「…へ?」
高校時代に知り合い、尚且つ大学まで自分のとこにおいでと進めて貰い、未だ面倒を見てくれている先輩が立っていた。
「木村、先輩、」
にこぉっと笑う姿は身長180越えであっても非常に可愛らしい。童顔かつ、美少年がそのまま成長したかの様な顔立ちは当たり前に学内でも女の子達の注目の的だ。
いや、そんな紹介いらんくて、
「え、な、何で、此処に…」
電車とか一緒だったなんて知らない。何故なら一度も会った事が無いから。なのにそんな先輩が此処に何故?
「要こそ、何してるの?」
いや、あんた場所見て言いなよ。トイレなんてやる事一つじゃん、と言いたい所だが別目的がある俺は、
「いや、と、いれ、」
と呟くも後ろめたさから視線を泳がせてしまった。
何だろ、この不穏感。
こんな公共の場で俺の可愛い子ちゃんが可愛くない事になってるからなのか。
それとも、いらん事を色々と思い出したからなのか。
すごくお世話にもなったし、憧れすら持っている先輩なのに変に動悸が激しくなっていく。
「違うよね、要」
そう笑う先輩のいつもの笑顔が違うモノに見える。
そっと顔を寄せられ、至近距離で息使いまで聞こえ、びくっと肩を跳ね上げた俺を先輩が嬉しそうに笑った。
「俺に触られて、気持ち良かったから、だよね?」
「…は、」
すごい、こんな瞬時に昂っていたアイツが萎れた。
そして先輩の言葉を反復させた俺は、
「す、すみませんんんんんっ」
渾身の力で彼を跳ね除け、そのままトイレから脱兎で逃げたのだった。
設定その2:快感にチョロい。
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