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乙川くんがこちらの額にキスをして、見つめる。
「ベッドにさらってもいいですか?」
言われて、ソファーにいることを思い出した。
答えるのが気恥ずかしく、相手の首に腕を巻きつけてしがみつく。すると彼が「かわいいなぁ」とため息をついた。
乙川くんがソファーを下り、私を横抱きにする。
立派な身体はダテではなく、楽々とベッドに移動した。中途半端にまとわりつくこちらの服を脱がせて、下着も取り去る。
彼が半裸になった。鍛えられた上半身に私はときめく。
さらに下も脱いだので、私は慌てて視線を逸らした。
心もとなく身体を縮めていると、乙川くんがベッド脇に移動して引き出しを開けた。
準備を整えた彼が近づいたため、ベッドがかすかにきしむ。
私はどうしても相手が見られない。
「糸瀬さん……」
彼がそばから見下ろしてくる。
恐々そちらに目を向けると、乙川くんは少年のようにはにかんだ。
「緊張してるので……できなかったらすみません」
「余裕ありそうだよ?」
「とんでもないです。僕なんかがいいのか、って。怖くて逃げたくなります」
「私も不安。ちゃんと乙川くんの意思でこうしてるのか……」
彼はこちらの左右に手をついて、真剣に見つめた。
「そばにいるだけで幸せです。受け止めてもらえるなんて信じられません。僕は……自分が怖いのかもしれません。手に入れてしまったら、決して離さない。糸瀬さんを哀しませたくなくても……」
その想いが流れ込んでくる。
私は相手の頰を撫でた。
「私が……欲しい?」
「奪ってしまいたいぐらい」
「あなただけにしてほしい」
彼が勢いよく抱きしめてきた。
「……取り返しがつきませんよ?」
「もう手遅れだから」
乙川くんは身体を起こし、決意の表情になった。
互いのものが触れ、つながりを深めていく。
やがて彼が私を満たした。目を閉じる私に、相手が促す。
「僕を見てください」
「恥ずかしい……」
「僕の顔なんて見たくないですか?」
「そんなこと!」
反射的に目を向ける。すると乙川くんが表情を和らげた。
「ずるい言い方をしました」
「あなたを見てもいいの?」
「まるでそれを我慢していたような口ぶりですね」
「……乙川くんがそう言うなら、カッコ悪いところも情けないところも見逃さないんだから」
すると彼はハハッと笑った。
「僕はいま、いちばん弱い部分をあなたにさらけ出しています」
「嘘、とても男らしい。それに比べて、私はどうしようもなくみっともない……」
「あなたはキレイですよ。この期に及んで僕の胸を苦しくさせる。どうすれば伝わりますか?」
乙川くんは私の膝を持ち上げて、ゆるゆる動き始めた。
「僕の存在が分かりますか?」
「乙川くんを感じないほうが無理……っ」
「ああもう、メチャクチャにしたい」
それでもしばらくは気遣うように波打っていたが、徐々にスピードが上がり、時化になる。
快楽の果てに漂い、思考が戻ってきたとき、乙川くんが深々と息をついた。
「すみません。抑えきれなくて……」
「ううん、自分本位じゃなかった」
「夢みたいです」
「これはあなたの夢だよ?」
「そうでした。それでも嬉しい」
「ちゃんと気持ちよかった?」
彼は困った顔になった。
それから私に触れるキスをして、名残惜しそうにつながりを解く。
私がぼんやり天井を眺めていると、隣に寝転がってこちらの身体を抱きしめた。
「ずっとそばにいてくれたらいいのに……」
私はズキンと胸が痛むのを感じながら、いいかげんなことを口にした。
「大丈夫。これは、『二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし』って夢だから」
「糸瀬さんもちゃんと幸せになるんですね」
「そうだよ。完璧なハッピーエンドなの」
「自分の望みの強さを、今回ばかりは褒めたいです」
乙川くんがキスをいくつも降らせる。
そして身体をまさぐった。
求められて嬉しいのに、素直になれない。
「ま、待って……」
「この糸瀬さんは僕のものですよね?」
身体のあちこちを丹念に愛でられたら、思考がぼやけて本能だけになった。
ひとつになったとき、ねだる。
「手をつないで……」
「かわいい。暴走したら糸瀬さんのせいですからね」
「乙川くんになら……ひどくされたい」
「またそんなことを無防備に言う」
容赦なく責め立てられて、私は声を上げて昇りつめた。
抱き合ったまま、しばし恍惚とした。
彼に腕枕をされて寄り添う。そうしていると、睡魔が襲ってきた。
「もう寝ちゃう」
「眠ってください。お休みなさい」
「お休み……」
相手のぬくもりを感じながら眠りの底へ落ちていった。
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