一回目

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一回目

冷たい春の冷気が、夜の闇に染み渡る。昼頃まで降っていた雨は止んだが、空にはまだどす黒い雲がちぎれちぎれに浮かんでいる。 雨に濡れた木々が風に揺れるたび、若葉を濡らす雨露(あめつゆ)が地面に滴り落ちていく。川辺にほど近い所にあるこの場所は、雨が降ると淡い霧が立ち込める。湿った土と若葉の萌える青い香りが、その霧に乗ってこの場所を包み込んでいた。 暗闇の霧中(むちゅう)から、一つ二つ、小さな明かりが灯った。ゆらゆらと不安げに揺れるその明かりは、この場所にある一番背の高い木の前で止まった。そこにいたのは、制服に身を包んだ高校生の男女だった。 背の高い少年と、長い黒髪の少女。少女は小さな青色のバックを背負っていて、二人とも真っ白い大きなマスクをつけていた。少年は背の高い木に寄り掛かりながら息を整えると、額に(にじ)んだ汗を拭った。 「もうマスク取っても大丈夫だよ」 少年は少女に向かってそう言うと、おもむろにマスクを外した。少女は驚いた様子で少年を見つめていた。そんな少女を横目に、少年は大袈裟(おおげさ)に両手を広げて深呼吸をした。冷たい冷気が肺に染みてくるようで心地良かった。
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