Not Friends

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 アプリの上でおすすめと表示されたトークテーマ。  自動作成のものではなくて、誰かが立ち上げたもののようだ。 「文系だけどMRを経験したら開発職に進みたい」  開始時間まであと2分。  参加するか少しだけ迷った。  今までほとんど口にしたことはなかったけれど、僕自身の希望も開発職だ。面接でそんな話をしてしまったこともある。「じゃあ、君はMR職は一時的な仕事のつもりなのかな?」そんなことを尋ねられてうまく答えられなかった。今後の希望を面接で聞かれても、正直に答える必要なんてないと気づかされた。  それ以来、自分の中でも封印している気持ちだったけど、目の前に現れたトークテーマを無視できるほど自分を騙し切ることができなかった。 「あ!」 「あ!」  ミカだった。  しかもどうやら二人きり。  ちょっと気恥ずかしくて目をそらす。 「ナオキくん、良かった来てくれて」 「うん。なんか、よくわかんないけど……面白そうだなって思ってさ」  軽い好奇心で訪れて見た感を画面越しにも伝わるように、軽い感じに言ってみた。ミカはいつもよりもちょっとうつむき加減で微笑んだ。さらっと短い髪が頬にかかる。 「うん。そんなの無理だよって言われるんだけどね」  ミカがゆっくりとつぶやいた。  マイクで拾われるギリギリの声量。 「だけど、業界研究してて、調べれば調べるほど興味が湧いてきちゃって」  いつものさっぱりとした口調と違って、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。考えながら、手探りで。うまく喋れなくて言葉が途切れる。知っている。彼女の気持ちを知っていると思った。まさに、僕があの日面接官に話そうとして失敗した、理想はあるけど形になっていない小さな種のような思いだった。  自分の本気をこんなところで見せるつもりはなかった。  なかったけど、彼女のぎこちない言葉に引っ張られるように僕の中から忘れていた熱さが湧き出てきた。 「……あのさ、CROって知ってる?」 「CRO? なにそれ?」  ミカが首をかしげる。 「開発業務受託機関。製薬会社の多くが開発業務を外注でやってるんだよ。新卒だと薬学部とかの理系学部しかとってくれないけど、中途採用なら学歴問わずMR経験者の採用もあるんだって。だから、何年か営業職を経験してからなら可能性はあるかなって。実はそれを狙ってる。そこで経験を積めば、また製薬会社で採用される可能性も高まるし」 「知らなかった。ナオキくん、すんごくちゃんと調べてるんだね。うわぁ、うわぁ。なんかすごい。大学の就職センターだってそんなこと教えてくれなかったよ! よかったぁ。なんか頑張りたくなってきた」 「僕も。大学1年の時に祖母が癌で亡くなってさ、何かしらの形で医療に関わりたいって思ったんだ。遅いのはわかってるけど、チャンスがあるなら試してみたい」  こんな話をしたのは初めてだった。  なぜ製薬会社なのか面接で尋ねられても、もう少し気取った感じで話を作って答えていた。個人的な体験だけど、うっかりしたらありふれた話になってしまう。だから誰にも言わずに来た。だけど、ミカが真面目に考えている姿を見たら僕のことを話したくなった。 「そっかぁ。私も、将来きっとそういう風に思う。あぁ、今日このトークやってよかった。ナオキくん、ありがとう」  画面いっぱいに広がったミカの笑顔がすごく眩しかった。 
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