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次にミカと会ったのは最悪のタイミングだった。
トークテーマは「製薬会社に入社が決まった文系出身者がやっておくといい準備」。他社同期になるかもしれない人たちと触れ合いが持てるいい機会だと思って参加した。
参加して、まずはミカの顔が見えた瞬間、「あ!」と笑い、向こうも手を振ってくれたのを見て良い20分が過ごせるぞと確信した。
ミカの他にはもう1名女の子がいて、感じが良さそうでほっとした。
「今回は3人っぽいね」
と話し始めたとき、遅れてきた4人目が追加された。
一瞬で、この20分が終わったと悟った。
「初めまして。シュンって言います。よろしく。あ! 直樹?」
バレる前にこのルームを去りたいと思ったけれど、ほんの一瞬の躊躇でもう無理だった。
「おう。久しぶり」
俊は同じ大学の知り合いだった。
「なんだよー、お前、就職決まったんだ! 全然集まりに顔出さないから心配してたんだよ。どこ? どこに決まったの?」
言葉が喉に詰まって出てこない。
画面の向こうのミカともう一人の女の子が怪訝そうに首をかしげる。できたらいますぐシュンを退出させたい。そっと、クリックをするが画面は変わらない。
「……あのさぁ、まさかと思うけど。就職決まったとか偽ってるんじゃないよね? お前、N社もA社もダメだったよね? ガイシってどこよ? まさかF社? いや、そんなことはないかぁ」
明らかにいろんな意味を含めた笑いが俊から漏れる。
だから、リアルな友人なんていらないんだよ。
人のことを知ったふりして勝手なことを言ってくる。
「いや、なんで俺がここにいるかっていうとさ、前に就活で出会った子と久しぶりに会ってさ、その子が教えてくれたんだけど、1次面接官が内定祝いの電話くれたって話。そういう会社いいよねぇ〜って言っててさ、いや、つーかその話、俺と一緒じゃね?って思って。だからさ、きっと同じ会社に入る奴がここにいるんだって思って仲良くなりたかったんだけどさぁ。直樹、お前じゃないよね?」
ミカの顔が見えた。
黙ってじっとこっちを見ている。
もう一人の女の子がチラッと画面の端を見た。
きっと、「シュン」の退出をクリックしてくれたんだ。そうだよ、テーマトークをまともに話せないやつなんてここにはいらないんだから。
「だってさぁ、お前、俺の会社落ちたもんな?」
俊がそう言った途端、ぷつりとトーク画面が消えた。
「新しいトークに参加しますか?」アプリのキャラがにこやかに笑っている。
そうか、出されたのは僕の方だったのか。
シュンもあの女の子も、「ナオキ」の退出を望んだのか。
それ自体は仕方ない。僕だってあの場にいたくなかったし、口もきけない奴がトークルームにいる必要なんてないんだから。
だけど、ショックだったのは、そんなことじゃない。
強制退出をさせるのに必要な人数は3人。
3人目。つまり、ミカも僕をいらないと判断した。
たった20分を数回話しただけの女の子。
別に嫌ならお互い会う必要なんてない。
だけど、なぜだかお腹の奥底がぐっと重くなった。
重たい腕を動かしてシュンたちを「不可」に設定し、ミカの名前の上で手を止めた。
どうしてだか、そこから指が動かない。
嘘をついて、嘘がバレて、それをもう一度なかったことにできるのがこのアプリの魅力だ。そのはずなのに、どうしても、彼女のことをなかったことにできなかった。自分でもわけがわからない。
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