第3章 『霞真の異変』

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第3章 『霞真の異変』

 祈りを終え、教会を出て研究所へ戻る。清華と泉水は既に戻っていた。  「社長、遅かったですね。どちらに行かれていたのですか?」  「買い物をして、食事をして、散歩をしながら帰って来た」  「そうですか。外出する許可が出て良かったですね」  「まあな」  外出をする理由は言わなかった。言う必要もないが、そこに触れてしまうと自分が涙を流して霞真も泣かせたから許可がもらえた事を、清華にはわかってしまう気がしたのだ。  ―――霞真は部屋に清華と泉水を招き入れ、買ってきたものを見せていた。帰りに教会へ行った事も話し、日本へ帰ったら雅哉と一緒に畑を作る事も話した。  「畑ですか?」  「ああ。この話は会社全体の事でな。考えている事があるんだ。近いうちにゆっくり話す」  「ええ。そうして下さい」  「ところで2人は何処に出掛けたんですか?」  部屋に集まり良い感じになったので、雅哉と泉水は酒を交わしながら話し始めた。  「午前中はロンドン市内を少し見て、食事をしてから郊外にある農家さんへ連れてってもらいました。いや~、俺も勉強になりましたよ。店で使うものたちは業務用の材料を売っている店に頼んで持って来てもらってるだけだし、足りなきゃ近くのスーパーで買うから、あまり深く考えていなかったんですよ。でも、今日見て来て考えさせられました。叶城さんたちに会ったのも何かの縁でしょ?少し、ハーブものの材料に拘ってみようかなって思ってね。あと、さっき霞真が言ってたけど、霞真と叶城さんが育てたものを店で使わせてもらおうかと思いました。どうです?」  酒を飲みながら泉水は、霞真からの話を聞いたのと、清華と農家で見たものを思い出しながら話を始めた。  「いいですね。こちらとしては有難い。――実はですね、今考えている事がありまして。清華、さっきの話、今から聞いてくれるか?」  「はい」  雅哉は少し酔っているのか、霞真に話した事を今話すと言い出した。清華はそれを真剣に聞く姿勢をした。泉水は霞真と一緒に楽しそうに聞き始めた。  「今、ハーブに関しては、この国の農家さんにお願いして栽培してもらっているのがほとんどなんですよ。ハーブは関東圏内でも栽培している農家さんも多いのですが、俺は敢えてこの国のものを輸入しているんです。脳が固定概念化しているのかもしれませんが、ハーブに適している環境、本来の環境があって、それを一番に考えているんです。国内でも京野菜ってあるでしょ?あれも関西と関東では全然味が違う。どんなに似せて土壌を作っても違うんですよ。味や風味の何かが。で、それらを作っている人の苦労や想いが、デスク上の仕事しかしない社員たちにはわからない。かと言って、社員全員を交代でここに来させるわけにはいかない。そこで、さっきの俺と霞真で畑をやるっていう話に繋がるわけです――」  酒のグラスを片手に持ち、雅哉は気持ち良さそうに話をする。雅哉の飲むペースに泉水も影響されて、結構飲んでいる。最初は清華も霞真もニコニコして話を聞いていたが、あまりにも飲むペースが速く、雅哉と泉水の会話の声も大きくなり始めたので心配になってきた。  「雅哉、お酒飲み過ぎなの…」  「泉水さんも少し飲み過ぎでは?」  霞真と清華は止めに入った。しかし、雅哉も泉水も『まあ、まあ』と言って、飲む手を止めない。仕方なく、しばらく様子を見る事にした。  それから1時間くらい経ち、清華が霞真を見ると眠そうにしていた。清華は部屋を出て職員を探し、状況を説明して、霞真と一緒に寝られる部屋を用意してもらう事にした。  「社長、泉水さん。今日は私と霞真くんで一緒に寝ますね。社長と泉水さんは、お互いでお開きを決めて下さい。さあ、霞真くん行きましょうか」  「は~い。雅哉~、おやすみなさいなの。今日は雅哉と寝れないの…」  眠いのと、雅哉と一緒に寝られない事に霞真は悲しい顔をしながら雅哉に寝る挨拶をする。  「霞真~、寝ちゃうのか?清華と行っちゃうのか?」  「だって~」  「わかった。あとで迎えに行くからな」  「うん。おやすみなさいなの。お兄ちゃんも、おやすみなさいなの」  「おやすみ~。今夜は叶城さんを借りるな~」  酔っ払って楽しんでいる2人を見ながら、霞真は清華の手をギュッと握った。  「仕方のない2人ですね。でも霞真くん、2人を許してあげて下さいね。あのお2人は、お仕事以外で話す誰かがいないと思うんですよ。お仕事に一生懸命過ぎて。だから、自分を隠さずお酒を飲める友人ができて嬉しいんだと思うんです。――霞真くんも、優くんたちとお話しすると楽しいでしょ?それと同じなんだと思うんです。ですから今日はね?」  「はいなの」  「はい。あっ、この部屋ですね。さあ、入りましょうか」  霞真の手を引きながら清華は部屋へ入る。入ってすぐにシャワーの支度をして霞真と一緒に入った。雅哉が出張中も一緒に入っていた。霞真は3年もシャワーなどを浴びていなかったせいかシャワーが少し怖いらしい。それで清華と一緒に入っていた。最初、清華は迷ったが、温泉などに行けば一緒にはいるだろうし、何より、幼いままの霞真が雅哉以外の身体について深く考えないだろうと思い、一緒に入る事にした。案の定、霞真は清華の裸体を見ても何も感じていないようだった。一度だけ泉水と入っていたが、その時も同じ感じだったと、あとで泉水から聞いた。  シャワーを浴び、寝る支度をする。  「霞真くん、寝ましょうか。今日はとても疲れたでしょ?検査もして社長とお出掛けもして」  「う~ん。でも本当はまだ起きてたいの。でも目がね、瞑っちゃいそうなの」  「そうですか(笑)。目さんは眠いんですね。じゃあ、今日はもう寝ましょうね。明日も楽しい日にしましょう」  「は~い。おやすみなさいなの」  「はい。おやすみなさい」  ツインの部屋を用意され、片方のベッドで霞真は眠りについた。清華は枕元の電灯の明るさを二段階落として本を読んでいた。霞真が眠りについたのを確認してから、雅哉と泉水の様子を見に行く。そっと部屋へ行くと、2人ともベッドの上でゴロ寝状態で既に眠っていた。掛け布団を掛け、簡単に片付けてから霞真との部屋へ戻る。  〈えっ?〉  カギを掛けて出たはずのドアが開いている。急いで入ると霞真がいなかった。  〈霞真くん…〉  急いで探す。職員は24時間体制でいるというが、もうかなり遅い時間。もしかしたら雅哉の部屋へ行こうとして迷子になっているのかもしれない。そう思ったら職員に言うのも気が引けて、清華は自分で探しに出た。  雅哉の部屋、廊下、広間、園庭…  何ヶ所か行きつく場所を探してみるがいない。さすがに1人で探すのには無理があると思い、雅哉を起こしに行った。  「社長、社長、起きて下さい。霞真くんが」  「霞真がどうした!」  霞真の名前を聞いて、雅哉が飛び起きた。  「霞真くんがいなくなってしまって。施設内をあちこち探したのですが見つからないんです」  「いない?」  雅哉は急いで着替え、部屋を出る。清華が探したと言っていたが、もう一度雅哉も探した。  そして、広間の前を通り掛かった時、人の声がした。  「Where are you from.」   (お前は何処の国の者だ)  「わからないの。僕、英語わからないの…」  「why are you here.」   (何でここにいる)  「ごめんなさいなの。何を言ってるのかわからないの…」  霞真の声を聞いた雅哉が広間に入った。  「what are you doing to that person. Get away from the person.」   (その人に何をしている。その人から離れろ)  「What are you.」   (お前は何だ)  「I’m my husband. I want you to get away from my wife.」   (私は夫だ。妻から離れてもらおうか)  「Are you married. Then don't leave it alone. Don't leave one person in estrus. Isn't it dangerous?」   (結婚しているのか。それなら1人にするな。発情してる奴を1人にするな。危険じゃないか)  「Estrus?」   (発情?)  「Yes. No matter how dangerous here. If you're a husband , don't have one wife.」   (そうだ。いくらここでも危険だ。夫なら妻を1人にするな)  霞真に言い寄っているか因縁をつけているのかと雅哉は思ったが、どうやら違っていたらしい。発情している匂いを嗅ぎ、注意を促そうとしていたようだった。  「Sorry. I just come here yesterday. I'll be careful.」   (すみませんでした。昨日こちらに来たもので。気を付けます)  雅哉は頭を下げた。英語が話せる雅哉と何言か話して、相手は部屋へと帰って行った。  「霞真、大丈夫か?」  雅哉は霞真に駆け寄り、抱き締めた。  「うん。ごめんなさいなの。雅哉の部屋へ行こうと思ったんだけど、わからなくなっちゃって。お部屋さがしてたら、ここに来ちゃってね。そうしたらさっきの人が何か言ってきたの。でも…僕… …雅哉~」  霞真にとっては英語は怒っているように聞こえると言っていた。だから自分は怒られているのだと思っていたらしい。雅哉に抱きつき、不安を取っていた。  「ごめんな。もう大丈夫だ。さっきの人は、1人でいた霞真を心配してくれていたんだ」  「そうなの?」  「ああ。何処の国から来たのかと聞いていたんだよ」  「そっかあ。悪い事をしちゃったの…。今度会ったら、謝らないとなの」  「そうだな。――それより、良かった見つかって。清華に連絡しなきゃな。心配して探し回ってたぞ」  霞真を擦りながら、雅哉は清華に見つかった事を連絡する。  数分経った頃、清華が広間へ来た。  「霞真くん。良かったです、見つかって」  「清華さん、ごめんなさいなの…」  「俺がいる部屋を探して迷ったらしい」  「そうでしたか。私が部屋を出てしまったからですね。すみませんでした」  「2人は悪くない。俺が羽目を外したからだ。謝るのは俺だ。申し訳ない」  ―――部屋へ戻ると、何も知らない泉水は、ベッドの上で気持ち良さそうに眠っていた。泉水はそのままにして話をする。  「霞真、身体が何かおかしいとかはないか?」  雅哉は、さっき広間で言われた事を思い出す。  「う~ん…。少し暑いくらいなの。あと眠いの…」  「そうか。何か変だったらすぐに言ってな」  雅哉の質問に、霞真も清華も不思議そうな顔をしていた。  「まずは、霞真を寝かさなきゃな。俺と霞真は、清華が頼んでくれた部屋で寝るか。清華は自分の部屋で寝られるとして、泉水さんだな。まあ、このままでいいか。朝、デイヴィットさんが来たら驚くだろうから、ドアの所にメモを残しておくか」  「そうですね」  既に眠そうな霞真を寝かせる事にした。ドアに、雅哉と霞真は清華が頼んだ部屋で過ごしていると書いたものを貼っておいた。霞真を部屋へ連れて行き、ベッドに寝かせる。  「今日はごめんな。一緒にいるからゆっくり休め。おやすみ、霞真」  「おやすみなさいなの。雅哉、ちゃんといてね」  「ああ、ちゃんといるよ」  雅哉が傍にいるのがわかると霞真は安心したのか、眠りについた」  「清華、毎日色々悪いな」  「急にどうしたんですか?」  「いや。仕事で負担を掛ける事はあっても、プライベートまではほとんどなかったろ。でも、霞真が来てからは毎日のように負担を掛けている。今回の事だって仕事で来ているわけではない。完全に俺のプライベートの事だ。申し訳ない」  「まあ、確かにそうですね。でも楽しいですよ?毎日こんなに色んな事があって。何か生きてるって感じがします。それに泉水さんにも会えましたし。仕事以外で、それこそプライベートでお付き合いする友人とかいませんでしたから。新しい友人ができて楽しいです。霞真くんは、そうですねえ。親戚の子みたいな感じです。一緒にお風呂に入るなんて人はいませんでしたし」  清華がそこまで話すと、下を向いていた雅哉は顔を上げた。  「ん?霞真と一緒に風呂へ入ってるのか?」  「はい。シャワーが怖いから頭が洗えないと言うので一緒に入っていますよ?今日も一緒に入りましたが何か?」  「おい、おい。勘弁してくれよ~」  清華からのまさかの報告で、雅哉は目を丸くしていた。  「私だけではないですよ?泉水さんも一緒に入って下さったみたいで。一度だけ仕事で帰りが遅くなってしまった日がありまして。その時に泉水さんちで一緒に入ったようでした」  「そうだったのか~。――霞真~、俺以外に見せるなよ~」  自分がいない間の事実を知らされた雅哉は、ベッドで寝ている霞真の頭を撫でながら肩を落としていた。  「社長、そんなにですか?(笑)」  「笑うなよなあ~。仕方ないだろ~」  「私と泉水さんとは温泉で一緒に入っているってくらいですよ。霞真くんだって何も思っていませんから。それこそ、幼い子が親と一緒に入っているくらいな感じでしたよ?(笑)」  「それでもなあ」  「気にし過ぎですよ(笑)」  笑っている清華とは違って、雅哉は肩を落としたままだった。  ―――「話し変わるが、霞真に何か変化あったか?」  しばらく静かにいた雅哉は、さっきの事を思い出し、清華に聞く。  「変化ですか?特に何も。ただ、社長と泉水さんが2人だけで仲良くしているのが寂しいみたいでしたけど」  「ああ、それもなあ。少し気を抜き過ぎだな俺。このままじゃダメだな」  「そうでもないと思いますよ?今までが仕事しかしてこられなかったのですから」  「そうか?」  「はい。ところで、先程の質問ですが、何か気になる事でもあるんですか?」  冗談話が続いていたが、雅哉の質問はその前からなされていた。真面目な話だろうと、清華は話を戻した。  「さっき霞真を見つけた時な、男に話し掛けられていたんだが、その時俺は、霞真に因縁でもつけているのかと思ったんだよ。だから、そのような態度で声を掛けてしまったんだが違くてな。霞真に、発情してるのに1人でいたら危ないと言おうとしていたようなんだ」  「発情ですか?でも霞真くんは男の子ですよ?それに人ですし」  「そうなんだよな。まあ、猫が入ってるから女性ならわからなくもないんだが、そうじゃないだろう?ただな、早瀬さんにも言われたんだが、俺にしかわからない霞真の匂いがあるんだよ。早瀬さんたちにも、お互いにしかわからない匂いがあるらしくてな」  「そうなんですか。私には何も感じないですけど。ちなみにどんな匂いなんですか?」  途中、コーヒーを淹れたので、それを一口飲んでから清華は聞いた。  「甘い香りだ。普段は安心するくらいなんだが、あれの時はクラクラするくらいになる」  「… …そうですか」  『あれの時』と雅哉の口から出てきた時、清華は息を飲んだ。状況を聞いたのだから答えてきて当たり前なのに、気にせず答えてきた雅哉とは違い、清華は珍しく恥ずかしそうにそれに答えた。そして、ほんの少し、間を空けてから続けて話し始めた。  「早瀬さんは何となくわかります。優くんと同じ種ですから、動物特有のものが備わっていても問題はないと思いますが、社長は違いますよね。社長はそのまま。――にしても、優くんとは何か違う感じもしますね。クラクラする程、その匂いを出すっていうのは。明日、デイヴィットさんにお話ししてみてはどうですか?」  「まあ、答え的にはそれしかないんだろうし、それを研究しているのがここなわけだから話して当然なんだろうけどな。――話の序でと言ってはあれなんだが、話してもいいか?」  ある事をどうしても清華にだけは前もってわかっていて欲しいのか、雅哉は話す事への確認をした。  「はい」  「もしな、霞真が男と女、個体性別ではなく、人間の表面上の身体が男で、中身が女だったとするだろ?」  「随分と専門的な話になりますね」  雅哉からの話を聞き始めた清華は、コーヒーを飲みながら悪気はないものの、少しニヤけた表情でいた。  「俺だって酒も入ってるし、そんな動物学的なものは詳しくないから、頭の中で整理しながら話してるんだからな。揶揄うなよ」  「はい、すみません(笑)。続けて下さい」  清華に一言言った雅哉は話を続ける。雅哉に言われた清華は、きちんと聞く姿勢に正し直した。  「中身が女だった場合、子供ができる可能性があるって事だろ?まずは、そんな身体に作り変えていたことをH氏は知っていたんだろうか。っていうのが1つな。次に、もしそのような身体ならば、既に俺の子を妊娠している可能性もあるという事だ。だとしたら飛行機に乗せた事も、ここに来て色々検査されている事も、腹の中の子供によくない…よな?」  雅哉は話しているうちに、それらがわからないまま父親としての実感が沸いてきてしまったのか、霞真の中にいるかもしれない子供の心配を本気でしていた。  「そうですね。一般的に考えるとそう思います。しかし、霞真くんの場合は少し違うので、やはりデイヴィットさんにお話しをしてアドバイスなどをもらった方がいいと思います。それに、霞真くん自身も知らない事だと思うので、社長があまり心配なさると反って不安になってしまうと思います。ですから、きちんとわかるまでは普通にいらして下さい」  雅哉に落ち着いてもらうために、清華はわざと厳しめな反応で言葉を返した。雅哉は仕方なく頷いていた。  ―――話を終え、清華は自分の部屋へ戻り、雅哉はシャワーを浴びてからベッドへ入った。しかし、ツインベッドで霞真と離れている。その距離が、自分の想いを気にさせてくる。狭いとわかっていても、霞真の方のベッドへ入った。  〈俺の子… …かあ〉  その事ばかりが脳裏に浮かぶ。遺伝子学や生物学的にそんな事ができるのかという思いと、自分と霞真の間にそんな贈り物があるならば、それは散歩がてらに立ち寄ったあの教会の神が慌て過ぎて、祈りの内容のその先をプレゼントしてくれたのかもと考えていた。そして、考えながら霞真を抱き締め、そのまま眠った。                 ★  ―――翌朝、清華の声とドアの叩く音で雅哉の目が覚める。  「ん~、はい。今出る…」  自分と同じくらいの時間に寝たであろう清華が訪れ、雅哉は『あいつ、元気だなあ』と、独り言を言いながらドアを開けた。  「おはようございます」  「おはよう。今何時くらいなんだ?」  寝惚けた状態で、雅哉は頭を掻くながら聞く。  「8時過ぎです」  「そんな時間かあ。霞真はまだ寝ているが、泉水さんは起きているのか?」  「まだ声を掛けていませんが、連絡がないのでまだ寝ているかと」  「そうか」  「はい」  そこで珍しく2人の会話が止まった。  「う~ん。雅哉、おはようなの~」  2人の声で目が覚めたのか、2人の会話が止まった時に、ちょうど霞真の声が部屋に流れた。  「おはよう、霞真。ゆっくり起きろよ」  身体を起こそうとする霞真の傍へ行き、雅哉は霞真の身体を支えた。  「どうしたの、雅哉?大丈夫なの」  雅哉の行動に霞真は何となく違和感を覚え、そう言った。  「霞真くん、おはようございます。よく眠れましたか?」  雅哉に対して呆れ気味になりながら、清華は霞真に声を掛けた。  「うん。ちゃんと寝たの。清華さん、おはようなの」  「それは良かったです。昨日は大変でしたからね。――ところで、朝食は何処で食べますか?」  「う~ん…」  ベッドから降りながら霞真が考えていると、雅哉が清華の方を見ながら言う。  「俺と霞真はここで食事をする。昨夜の事もあるからな。人が大勢いる所で何かあったら困る。清華と泉水さんも良ければ、ここで一緒に食べよう」  「では、泉水さんを起こしてきます。泉水さんには申し訳ないですが、今朝はみんな同じものにしましょう。トースト、サラダ、スープ、スクランブルエッグ、飲みもの。それらを頼んでおいて下さい」  雅哉に頼んでもらう事を任せ、清華は泉水を起こしに行った。雅哉はすぐに頼んだ。電話の受話器を置くと、霞真が呼んだ。  「ねえ、雅哉~」  「ん?」  「あのね、何か変なの…」  「何が変なんだ?」  霞真がお腹を擦りながら言う。  「何かね、ここが変なの…」  霞真が擦っている腹部の位置は、雅哉が心配している箇所だった。  「う~ん、何か重いのかなあ。痛くはないのね。でも、いつもと違うの。昨日、ご飯食べ過ぎたのかなあ」  場所が腹部のヘソ辺りなので、霞真は食べ過ぎだと思っている。しかし、雅哉の思いは違っていた。昨夜の事もあるので心配だった。  「今日、ちゃんと見てもらおうな。それまではゆっくり動こう。無理しちゃダメだ。お腹は空いているのか?」  「うん。お腹は空いてるの。ただ、変な感じがするだけなの」  「そうか。食事はちゃんとした方がいいな。お腹が空いてるのは良い事だがらな」  「は~い」  ベッドに座る霞真の腹を雅哉は擦っていた。  「アハハ~。くすぐったいの~」  「ん~?」  擦られているのがくすぐったいらしく、霞真が可愛く笑いながら雅哉を見る。それを見た雅哉も甘い声で答え、笑顔を向けた。  「まだ2人だけの朝の挨拶がまだだったな」  腹を擦っていた手を霞真の顎に持って行き、顔を自分の方へ向けさせ、雅哉はキスをした。  「んん…」  キスをされている霞真の体温が上がるのがわかる。  「雅哉~、お腹の中がギュッてなるの。へ~ん」  仕事ばかりしている雅哉でも今まで何人かの女性と付き合った事はある。霞真の今の反応は明らかに女性特有の反応だった。  「そうか。それは俺が欲しいと霞真の身体が言っているんだな」  霞真が変に思わないように、雅哉はそう説明する。  「へへへ。恥ずかしいの」  「恥ずかしいかあ。俺は嬉しいけどな」  雅哉が軽くキスを送ったところで、清華と泉水が来た。  「おはようございます」  「おはようございます。昨日はすみません。お互いに飲み過ぎましたね」  申し訳なさそうに入って来た泉水に、雅哉が先に昨夜の事を話し始めた。  「ええ。起きたら1人でデカいベッドで寝てるんですから驚きましたよ(笑)。部屋を見回したら叶城さんたちの部屋なんですから(笑)」  「途中でこの部屋に来ましたけど、俺も目を覚ました時に隣に泉水さんがいましたからね(笑)。やっちゃったと思いましたよ(笑)」  雅哉と泉水は顔を見合わせて笑っていた。そして、笑っている雅哉を清華はジッと見る。  「申し訳ない…」  「泉水さんはともかく、社長は笑っている場合ではないですよね。霞真くんが怖い思いをしたのに。反省して下さい」  「えっ?昨日、霞真に何かあったんですか?」  何も知らない泉水が慌てた様子で、みんなの顔を見ながら聞いた。  「ええ、実は昨夜、霞真が迷子になりましてね。広間で知らない方に英語で話し掛けられていたんですよ。霞真は英語がわからないから怖かったみたいで」  「そうだったんですね。――霞真、ごめんな」  「ううん、大丈夫なの。雅哉が見つけてくれたの。英語でお話ししてくれたの」  「そうか。ほんと、ごめんな」  泉水は、霞真に頭を下げた。  「2人とも、これからは気を付けて下さいね。さあ、食事が来ましたよ。食べましょう」  話をしている間に朝食が運ばれて来た。テーブルに並べてから食べ始める。そして、今日の予定を話し合う。  「霞真と俺は昨日同様、ここで過ごす」  「私はS社とO社へ行って来ます」  「そうか。頼むな。今年の出来具合と、これからの事を聞いてきてくれ」  「はい」  「俺は食材が売っている店へ行って来ます。何件か気になる店があって」  「じゃあ、今日はそれぞれという事で。何かあった時はすぐに連絡し合いましょう」  それぞれのスケジュールを聞き、食事も終わる。清華と泉水は出掛けて行った。  「ん~、まだ少し寝たい」  「雅哉はお酒たくさん飲んじゃったもんね。…お兄ちゃんみたいに…ずっと寝られなかったし。… …ごめんなさいなの…」  最初は雅哉を揶揄うつもりで話し始めた霞真だったが、自分のせいで眠りの途中で起こしてしまった事を思い出した。  「謝らなくていいぞ。謝るのは俺の方だ。言葉もわからない国の研究施設に連れて来たのに、俺は自分だけ楽しんだ。謝るのは俺の方だ」  「雅哉こそ謝らないでなの。昨日、たくさん謝ってくれたでしょ?」  ソファーに座る雅哉の隣に霞真も座り、顔を覗き込むようにした。  「うん、まあ。でもな…」  「だから大丈夫なの。僕は雅哉と一緒なら、それだけでいいの。こうやって一緒~」  霞真は、雅哉の腕にしがみ付いて笑顔を向けていた。  「ありがとうな」  しばらく2人で話をしていたがデイヴィットから呼ばれ、診察室のような所へ行った。ドアを開け、座る。  「どうですか?少しはここに馴染めましたか?」  「そうですね。ただ、霞真は英語がわからないのでそのあたりが」  「そうですか。職員ならば問題ないと思いますが、対象者の方たちはどうしようもないものですから…」  「ええ。まあ、それ以外は快適に過ごさせて頂いています。――それでですね、デイビットさんに聞いて頂きたい事がありまして」  そう話を変えると、昨夜の出来事を話した。  「――という事なんです。しかし、そんな事ってあるんでしょうか」  「そうですね。早瀬さんの時に、そちらの国とは色々情報交換をしましたが、実はそちらの国自体も把握できない状況になっていました。研究内容のデーターが、警察が突入した時点で消されたようで。コンピューターの復元を試みたようですが残念ながらダメだったと聞いています」  「では、こちらで調べてもらう事はできませんか?苦痛を伴うならしませんが、そうではないのならお願いしたい。今朝は霞真に異変があったものですから。もしかしたら昨夜の事があったので、変に私が事をそこに繋げてしまっているだけかもしれませんが」  「それは構いませんが、霞真くんの意見も…」  デイヴィットが言っている事も当然だ。霞真の身体の事なのだから霞真が決めなければならない。ただ、雅哉が思っている事は、霞真の身体にどんな変化があっても、今と変わらずにいるという事だった。それだけは絶対に変わらない自信が雅哉にはあった。  「霞真くん、朝から身体がおかしいという事ですが、どんな風におかしいですか?」  「えっと、お腹のここら辺が変なの。雅哉とギュッとしたりすると、お腹のこの辺がギュッてなって熱いの」  異変が起こる箇所を擦りながらデイヴィットに説明をする。  「他にはありますか?」  「う~ん…、わかんな~い。僕、おかしいの?」  話をしながら不安になったのか、霞真は心細そうな表情でデイヴィットを見た。  「そうですねえ。でも食事はちゃんとできているようですし、他に痛いとかもないようですし。命に関わる何かとかではないと思います。まずはエコーで診てみましょうか。このまま横になって下さい。――エコーの準備をして下さい。それから獣医と婦人科医を呼んで下さい」  霞真が答えたあと、検査を始める事になった。  「雅哉~」  研究所を怖がっていた霞真。前日の検査は軽く済ませていたが、自分の身体の異変が不安なところに、新たに検査をする事になったので、不安を通り越して恐怖感があるようだった。  「大丈夫だ。俺もここにいるからな。傍にいるから。こうして俺の手を握っていればいい。強く握ってもいいからな」  「うん…」  最初に雅哉が霞真の手を握ると、それに応えるように霞真も握っていた。しばらくして、エコーの準備が整ったようで、婦人科医が霞真の腹部にエコーを当て始めた。  「はい、では始めましょう。くすぐったいかもしれませんが、頑張ってじっとしていて下さいね」  腹部の上の方からエコーを当てる。ヘソから下、その両脇に行くと医師の手が止まった。  「ん?これですかねえ。先生はどう思います?」  一緒に見ている獣医師に意見を求めた。  「これですかねえ。はあ…、日本の研究者はどんなところまで進めていたんだ。これは完全に子宮と卵巣ですね。どういう事なんだろう。昨日のものでも見つけられたはずなのに何で…」  やはり、昨日食堂で会った男性が言っていたのは間違いではなかった。それに、自分が感じていた匂いに関しても、同じように感じている早瀬とは、また違ったものなんだと証明された。  「叶城さん。貴方の仰っていた通り、霞真くんには男女両方の機能があるようです。どうして今日になって女性の機能が目に見えるように出てきたのか、そして活動し始めたのかはわかりませんが、おそらく妊娠も可能なんだと思われます。それと、貴方が霞真くんの匂いに過反応するのも、このせいではないかと思います」  「そうですか。それで、このまま普通に生活しても大丈夫ですよね?それと、この先に妊娠したとしても問題はないんでしょうか」  雅哉の中では、霞真が男だろうと女だろうと問題ではない。ただ、この先、女性としての身体の機能があっても問題はないのかと、このような状態になったからといって、このまま研究所生活にならないかが心配だった。  「そうですね。生活に関しては問題ないとは思います。この画像を見る限り、おそらく妊娠も問題ないとは思いますが、もう少し詳しく調べないと何とも。今はどちらも問題ないと仮定してのお話しですが、村岡先生と一ノ瀬先生にお渡しするデーターはきちんと用意します。この先に必要になりますから。もちろん向こうで何かあった場合、こちらでも協力します」  「そう言って頂けると有難い。――日本の研究所は、ここのような快適なものではなかったみたいなんです。それにH氏の逮捕時に相当怖い思いをしたみたいで。霞真にとって研究所は恐怖と苦痛の場でしかない。ですから協力はしますが、もう研究所暮らしだけはさせたくないんです。静かに、のんびりと暮らさせたいと思っています」  「はい。それはこちらでも理解しています。――昔は、戦争のために研究をしていました。でも今はそうではありません。研究に参加していた人たちや、その御家族の支援と保護。そんな感じです。一度このような研究をしてしまうと代々先の方の事もありますから、それに対しての支援です。貴方や早瀬さんのように。その人たちの血を受け継いだ御家族のために、ここをなくす事はできません。そのような意味合いの場所です。今はもう、映画やドラマのような研究所ではありません。もちろん、時には今までの研究を元に、早瀬さんに行った事もする時もあります。でも、ほとんどありません。あの時が特別だったのです。ですから安心して下さい。霞真くんがされていたような事にはなりませんから」  デイヴィットからの話で、今まで通りの生活をしてもいいと言われ、雅哉も霞真も安心した。  このあと、もう少し詳しく調べたいとなり、霞真の腹部にいくつかのパットが貼られた。そこから内部の映像がモニターに送られるらしい。入浴や見られたくない時には外してもいい事になった。  「――但し、お願いもあります。もし、叶城さんと甘い時間になった時、最初だけは付けていて下さい。一番大切なデーターが取れますから。本当は最後までとお願いしたいですが、さすがにそれは我々も気が引けます。ですから最初だけはお願いします」  「わかりました。先生方、申し訳ありませんが先生方とだけでお話しできますか?デイヴィットさん。その間、霞真をお願いできますか?」  雅哉は、もしかしたらを考え、そう話をした。すると、霞真がベッドから起き上がって雅哉の腕を掴んだ。  「ダメなの。僕、雅哉といるの…。雅哉、僕もいるの~」  「でもなあ…」  「いいの~。僕の事でしょ?だから一緒にこのまま聞くの」  これ以上の事を聞けば霞真が混乱してしまうのではないかと雅哉は思っていた。しかし霞真は、それでも雅哉と一緒にいると聞かなかった。  「わかった。じゃあ、このまま話を続けるな。――今、女性としての機能箇所が霞真の体内で生成されていますが、この1ヶ月での営みで既に妊娠しているという事はありますか?」  「そこは、もう少し経ってみないと何とも答えられません。というのも、こういう研究に関しては、何十年も前に禁止されているからです。そのために、現在ではクローン技術を使っての研究をしています。ただ、この国に関しては、クローン活用の研究も最後まではしていません。それまでもしてしまうと収拾がつかなくなるからです。唯でさえ、人間とそれ以外の生き物を混合にするのは罪な事。それを性別を超えて子供を作るというのは…。あっ、決して、貴方たちがそのような関係になるのがダメという事ではありませんよ。あくまでも、霞真くんのように性別を超えた研究をするのがという事です。――ちなみに、もし霞真くんが妊娠をしていたら叶城さん、貴方はどうするお考えですか?」  婦人科医が一通り答えると、最後に雅哉の気持ちを確かめた。  「私は、こんな嬉しい事はないと思っています。もちろん、霞真が普通に妊娠、出産ができればの話です。霞真にされた研究が失敗で、それらが命に関わってしまうのなら子供はいらない。元々男同士。そんな事を考えもしていませんでしたから。2人で楽しく暮らしていければそれでいい」  雅哉は今の気持ちを隠さず話した。  「僕が妊娠?」  雅哉と医師の話を聞いて、霞真が驚いた顔をした。  「僕、男の子だよ?」  「そうなんだけどな。――霞真、聞いてな」  「うん」  「お前の身体は、どうやら猫だけではないみたいなんだ」  「えっ?猫さんだけじゃないの?でも、他のは出てないよ?」  「それは外見の事ではないからな。霞真は基本、男だ。見た目はもちろん全てな。身体の機能もほとんど男だ。今までは…」  「今まで?」  「ああ。俺と出会い、愛し合うまではそうだった。でも、俺とそうなる事で霞真の体内が変化した」  「・・・・・」  「体内の一部に女性特有の機能が生まれた。子供を作る事、産む事だ」  雅哉の言葉で、霞真の身体が動かなくなった。暗い所でよく見られる猫の大きな目が、ジッと雅哉を見た。そして、間を置いてから言う。  「子供を産む… …。そうか、そうなのね。僕は男の子じゃないのかあ。知らなかったの…」  雅哉は霞真を強く抱き締めた。  「霞真は男だよ。今までと基準は変わらない。ただ、霞真の場合、男でも子供を産み育てるという機能も備わっているという事だ。それだけだよ。霞真が今も1人なら問題だろうが、そうじゃない。俺がいる。お前は俺の伴侶だろ?だからそんなのは問題じゃない。性別なんてどうでもいい。俺はお前がいればそれでいいんだよ」  こんな時、どんな言葉を使ったらいいのか雅哉にはわからなかった。思っている事だけを伝えるしかなかった。  「雅哉、ごめんなさいなの。こんな変な人、気持ち悪いでしょ?」  目に涙を浮かべながら霞真が言う。  「気持ち悪いなんてあるか。こんな可愛い霞真をそんな風に思わない。… …思わない」  雅哉は霞真の一言が堪らなかった。人がいるが抱き締めキスをする。  「雅哉ダメ、みんないるの」  「ああ、わかっている。霞真、忘れないでくれ。俺はお前の見た目で好きなんじゃない。お前の全てが愛おしいんだよ。お前が何だろうとそれは変わらない。俺の霞真…。お前は俺だけのものなんだ」  「ありがとうなの。僕は、このまま雅哉の傍にいてもいいの?」  「当たり前だ。お前がいなければ俺の時間はもう進む事はない。お前がいてくれなきゃ何もできない」  「ありがとうなの」  さっき、雅哉の想いを確認した婦人科医は、この雅哉と霞真のやり取りで、改めて雅哉の心内を確認する事ができた。  「叶城さん。貴方の気持ちはわかりました。先程も言いましたが、このまま霞真くんの状態を我々だけではなく、日本にいる村岡先生と一ノ瀬先生とみんなで診ていきましょう。それでいいですか?」  「はい。よろしくお願いします」  「生活の方は今までと変わらずでいいですか?」  「問題ありません。しかし、霞真くんの女性の部分が何処までなのかがわかりません。ですから、その部分は叶城さんが気を付けて下さい」  「わかりました。また変化があった時は報告します」  「では、今日はこのへんで終わりにしましょう。霞真くんも疲れたと思いますから。もし、お出掛けになるようでしたら言って下さい」  「それと、これ。猫の発情を抑える薬です。昨日、匂いを指摘されたと仰っていましたね。これで人間程度にまで抑えられますから」  「ありがとうございます」  獣医師から薬をもらい、雅哉と霞真は部屋へ戻った。  ―――「雅哉~、何か変な感じなの~」  腹部に付けられているパットを雅哉に見せ、霞真は溜め息を吐いた  「そうだな。煩わしいかもしれないが少しの間だ。我慢しような。他は何でもないか?」  「うん。でもね、う~ん…」  霞真の様子が何か変だ。落ち着きがない。  「どうした?」  「う~ん…」  雅哉が隣に座ると、隠れていた猫の耳が出て、雅哉に擦り寄るようにした。  「雅哉~」  「ん~?」  雅哉は霞真に応えるように自分の方へ寄せ、おでこにキスをした。  「僕、気持ち悪くない?」  自分が今まで以上に普通と違う事を霞真は気にしているようだった。  「何でそんな事を言う?さっきも言ったが、気持ち悪いなんて思わない。俺の可愛い霞真のままだよ。それよりも…」  霞真の不安を取り除くかのように雅哉は深いキスをする。  「んん…雅哉…」  キスをされた霞真は、尻尾を上げ、薬で抑えていたはずの甘い香りを雅哉に向けた。  〈いい匂いだ…〉  霞真の匂いを嗅いだ雅哉の全身に電気が走る。  「霞真。俺だけの霞真…」  霞真には検査のためのパットが付いている。外してもいいと言われていたが雅哉は敢えてそのままにした。見られると言っても霞真の腹部内が見えるだけだが、できるだけ詳しくわかった方がいいと思うのと、霞真がどのようになっても自分の気持ちは変わらないと教えたいのと、何よりも自分のものだと見せつけたかった。そして、そのまま甘い時間を過ごした。  ―――「雅哉、これ取らなかったの。全部、先生たちに見られちゃったの…」  雅哉の腕の中で落ち着いてから、霞真はパットを付けたままだったのを思い出し、恥ずかしそうに雅哉に見せながら言った。  「見せてやればいいさ。お前は俺のもの。俺のものだと見せてやればいい。必要な事以外は、誰にも霞真に手出しはさせないとわからせてやればいい」  霞真を自分の腕の中に収めながら、今まで見た事もない真剣な顔で雅哉はそう言った。雅哉は本当にそう思ってくれているのだと霞真はわかった。それがわかると、霞真は『うん』とだけ言って安心して眠りについた。霞真が眠ったのを見てから雅哉も目を閉じた。                 ★  ―――コン、コン  ドアを叩く音で雅哉の目が覚める。気づくと部屋が真っ暗だった。ベッドを降り、ドアまで行く間にカーテンの隙間から外を見る。既に夜になっていた。着ていたシャツのボタンを留めながらいたからか、再度ドアを叩く音がする。最後の数歩を早目に歩き、ドア越しに返事をした。  「はい」  「社長、ただいま戻りました」  声の主は清華だった。少し前に、先に戻った泉水も部屋に来たが応答がなかったと言っていたらしい。それを聞いた清華が様子を見に来た。  「ああ、お疲れさま。悪いがもう少し時間をくれ。その間はメールで頼む。霞真が寝てるんだ」  いつもなら、どんな状況でもドアを開け、部屋へ入れてくれる雅哉だったが今は違う。ドアも開けなかった。  「はい。かしこまりました」  清華は、今の2人の状況は自分でも入れない事態なんだと理解し、返事をして泉水の待つ部屋へと戻った。部屋へ戻り、2社との内容と、農家への訪問の状況をメールで説明した。メールに目を通した雅哉からの返事は『了承した。後程、話を詰める』とだけ書いてあった。仕事時以外で、こんなにも事務的な雅哉は珍しい。他の秘書ならともかく、自分にこのような事務的な回答はないに等しい。このようになってしまう何かが、自分がいない間にあったのかと思うと、清華は今日は出掛けるべきではなかったと思っていた。  清華のメールに返事をした雅哉はベッドに戻る。スヤスヤと眠る霞真の頬に軽いキスをしてから、自分の腕に収め、抱えるようにして目を閉じた。  〈これからどうなるんだろうな。静かに暮らしたい。霞真と笑って暮らしたい〉              ―――――  ―――「雅哉~。へへへ。ギュ~」  目が覚めた霞真が、雅哉の腕の中で何か楽しそうにしていた。  「う~ん…霞真~、目が覚めたか~」  霞真の声で目が覚めた雅哉は、自分の中の霞真を抱き締めた。  「雅哉、おはようなの。でも、もう夜みたい」  「そうだな。っしょっと」  真っ暗な部屋。枕元にあるスタンドの電気をつける。  「今何時だ?」  スタンドの下にある時計を見ると、夜の9時を過ぎていた。  「随分と寝てしまったな。これじゃあ昼夜逆転しそうだ」  「アハハ。僕、目、パッチリなの」  「だな(笑)。身体が痛いとかはないか?」  「うん。でもギシギシする~」  「それは、まあ、仕方ない(笑)。――さて、シャワー浴びるか」  「は~い」  雅哉は、霞真の身体に付いているパットを剥がし、抱き上げて風呂場へ行く。  シャワーを終え、身体が乾いたのを確認してから、霞真に再度パットを付けた。  「霞真、少し待っててくれるか。清華に連絡をしたいんだ」  「は~い」  雅哉はシャワーを浴びながら、さっき清華に対して冷めた感じで対応した事を思い出した。清華の事だから察してはいるだろうが、それでも今までにない態度をした事で、気まずくならないかと思いながら電話をした。  『清華か。さっきは申し訳なかった。寝起きだったから頭が働かなくてな』  『いえ。お気になさらないで下さい。よく眠れましたか?』  『ああ。それで霞真も起きているんだが、時間もこんな遅くなったが、清華と泉水さんは食事は終わっているのか?』  『はい。2人でお先に頂きました』  『そうか。じゃあ、どうするかなあ』  『この時間なら人も少ないと思いますから広間でどうですか?広間なら私も泉水さんも飲みものだけでも大丈夫ですし、社長と霞真くんは食事もできますよ?』  『そうだなあ。そうするか。ちょっと待ってくれるか』  霞真の意見も聞こうと雅哉はスマホから耳を外す。  「霞真、みんなで広間に行っても平気か?この時間なら人も多くないと思うから。それとも怖いか?それなら部屋にするが」  昨夜の事がある。霞真が答えた時の表情を見逃さないようにしながら聞いた。  「う、うん。広間で…」  「霞真、無理するな」  霞真が不安そうな顔で答えてきたので、そう一言返してから雅哉はスマホを耳に当てた。  『悪いが部屋での食事でもいいか?』  『はい。では社長と霞真くんのお食事はそちらから頼んで下さい。私と泉水さんはこちらで頼んでから行きます』  『そうしてくれると有難い。じゃあ、待ってるな』  スマホの電話を切り、部屋にある電話機の隣に置かれているメニューを霞真と見る。  「雅哉、いいの?」  「ん?何がだ?」  「広間でご飯だったんでしょ?」  「いや、特に広間って決めてたわけじゃないぞ。頼むのに向こうの方が種類が多いから、どうかと思っただけで部屋の方が落ち着いて食えるから、どちらでも構わないんだ。どうかしたか?」  「ううん。ありがとうなの。僕のためでしょ?僕が怖がりさんだから…」  「気にするな。昨日の事もある。それに、今の霞真を他の人に会わせたくない。変に見せて興味を持たれても困るからな」  霞真の頭を撫でながら笑みを浮かべ、メニューを霞真に見せた。  注文をし、部屋の中を(主にベッドの上)整え、清華と泉水が来るのを待つ。ドアをノックする音が聞こえ、雅哉がドアを開けた。  「こんばんは。お邪魔します」  「清華、さっきは悪かったな」  「いえ。眠っておられたのでしょ?気にしておりません。それよりもどうでした?」  「それなんだが、食事のあとにしてくれないか。今話すと食事にならなくなる可能性があるからな」  清華が気になるのは仕方ない事だが、今は霞真に食事をさせる事の方が大切だと、雅哉はそちらを優先にした。  食事中は、泉水が行った食材の店の話と、清華からの報告をしてもらった。泉水が言うには、色んなものは売っていたが店の人に聞くと、中年より上の人はジャガイモやタラ、鶏肉又は牛を使った昔ながらの料理をする事が多いと言っていたそうだ。ハーブも、料理よりもお菓子やハーブティーに利用する方が多いと言われ、料理にハーブをたくさん使うのならフランス、スペイン、イタリアの方が利用するのではないかと言われたようだった。  清華からの報告では、2社に関しては問題ないようだった。しかし農家に関しては、雅哉が訪れた時と同じ相談を受けたようだった。  ―――食事を終え、今度は霞真の話になる。泉水に昨夜の事も話してから今日の話をした。  「それがパットなんですね?」  「ああ。ワイヤレスで映像を送る事ができるらしいんだ」  「そうですか。でも本当にそこまでの研究をされていたんですね」  「この子たちを何だと思ってるんだと腹が立つが、自分の実の息子をも利用していたわけだからな」  「ええ」    「で、霞真は今は体調が悪いとかはないのか?」  一通りの話を聞いた泉水が心配そうに霞真に聞く。  「大丈夫なの。でも、これがあるから動きにくいの」  「だよなあ。こんなのずっと付いてたら煩わしいよなあ」  霞真の腹部に付いているパットを見ながら泉水は答えていた。  「それで社長はどうするのですか?」  「どうするって、どうもしないが。今までと変わらん。俺の霞真への想いは、こんな事でどうにかなるなんて思わないでくれ。いくら清華でも怒るぞ」  清華は雅哉の言葉を聞いて〈人を愛するという事はこういう事なんだ〉と思った。  「申し訳ありませんでした」  「いや、俺も声を荒げて悪かった」  2人のこのやり取りで、部屋の中が静かになった。霞真が自分の腹部に付いているパットを剥がしながら言った。  「ダメ~。雅哉も清華さんもダメ~。僕のこれでケンカするなら僕、これしない。誰にも見てもらわなくていいの。もう実験するのイヤなの~。だからしないの~」  2人よりも大きな声で言うと、そのままベッドへ潜り込んでしまった。その姿に雅哉は慌てて、霞真を追ってベッドへ向かう。  「霞真、ごめんな。ケンカなんてしてないから」  「ん~、してるもん。雅哉、清華さんに怒ったもん」  霞真が入っている掛け布団を捲ろうと雅哉が声を掛けながらするが、中から手で押さえて隠れてしまっていた。  「なあ、霞真、お願いだから顔を見せてくれ」  なかなか出てこない霞真に『お願い』と雅哉は何度も言った。  「もうケンカしない?」  「しない」  「本当?」  「ああ」  雅哉の答えを聞いて、霞真は少し布団から顔を出した。その行動が雅哉には可愛く見える。優しい笑みを浮かべながら『悪かった』と頭を下げ、清華にも『申し訳なかった』と言い、それを見ていた霞真はやっとベッドから全身を出した。  「霞真くん、すみません。私も少々冷めた質問をしたのがいけなかったんです。社長を怒らないで下さい。それと、こちら、ちゃんと付けましょうね」  霞真が外したパットを持ち、霞真の腹部に付ける。  「はいなの。清華さん、ごめんなさいなの。僕のせいで雅哉と…」  「謝らないで下さい。霞真くんは何も悪い事はしていませんよ」  霞真に謝りながら清華は霞真の頭を撫でていた。  その様子を黙って見ていた泉水が口を開いた。  「しっかし、霞真は喜ぶのも怒るのも身体全部で言ってくるなあ。夜にはエネルギー切れそうだけど、毎日大丈夫なのか?」  「夜はいっぱい寝るの。毎日、雅哉と一緒にいっぱい寝るの~。でも、寝る前も運動するのね~」  「運動?」  霞真の一言で、雅哉が冷蔵庫から飲みものを取る体で、みんなに背中を向けた。  「叶城さ~ん(笑)。そんなに毎日運動してるんですか?」  雅哉を揶揄うように泉水が呼んだ。この一瞬でどう答えようかと考えていた雅哉だったが、何故か開き直って戻って来た。  「ええ、そうです。寝る前は霞真と運動をしてから寝てますよ~。なあ~、霞真~」  泉水の揶揄いに乗った雅哉の言葉に、さっきまで静かになった部屋が賑やかになった。  ―――その後、ある程度の時間でお開きにし、翌日は霞真の外出の許可をもらって、みんなで出掛ける事にした。  ある老夫婦が作業している農家へ行く。今回雅哉は、どうしても霞真をそこへ連れて来たかった。  「霞真、泉水さん。ここはですね、俺が大学の時の夏休みのホームステイ先だったんです。それと、小さい栽培所ですが大切に育てています」  『雅哉~、久しぶりねえ。最近、顔を見せないから気になっていたの』  霞真と泉水に説明をしていると、家の中から高齢の女性が出てきた。  『お久しぶりです。御無沙汰してしまってごめんなさい』  『いいのよ。元気そうで良かったわ。この方たちが雅哉の家族なの?』  『はい、霞真です。俺の妻になる人です。こちらは泉水さん。霞真の保護者みたいな感じの人で、今は俺の大切な友人です』  『そうなの。初めまして。私はエミリーです。雅哉の祖母と思って下さいな。雅哉が久しぶりに顔を見せに来るって言うから何かあったとは思っていたけど、まさか、こんな可愛い奥さんを連れて来るなんてね』  エミリーはニコニコと嬉しそうに霞真の手を取り、軽く握った。雅哉の知っている人だからか、英語のわからない霞真でも怖がらずに手を握り返していた。  「雅哉、おばあさんは何て言ってるの?」  「この人はエミリーと言うんだ。俺と霞真の事を喜んでくれてる」  雅哉は霞真に、エミリーの話した事を説明した。  「僕は霞真です。初めましてなの」  霞真の言葉を雅哉が英語に訳してエミリーに伝えた。  『雅哉、随分若い奥さんね。それに、この子はもしかして…、猫?』  エミリーは何故か霞真の事を猫だと言ってきた。  『何でそれを?』  『雅哉、ここはイギリスよ。そして、魔女の国。私がここで何をしているかわからない?(笑)』  『えっ?』  エミリーの言葉で、雅哉の頭の中がグルグル答えを探していた。  「雅哉?」  雅哉の状態に、霞真が不思議そうに見る。そして、霞真はエミリーの前まで行くと、再度手を握り、エミリーの目をジッと見る。すると、霞真の猫の耳と尻尾が出た。耳は甘える時のように倒れていた。  「ニャ~」  霞真が猫の泣き声で一声上げた。雅哉たちは突然の事に驚いていた。そして、雅哉が霞真とエミリーの傍へ行く。  「雅哉~、おばあさんも猫さんなの~」  「えっ?」  大学の時から長い年月の交流なのに全く知らなかった雅哉。霞真からの言葉で、今のこの状況が何が何だかわからなかった。清華も泉水も雅哉同様、驚いていた。  「霞真、何の話をしてるんだ?」  「おばあさんね、僕と同じ猫さんなの。でも、僕よりももっと凄い猫さん」  「あぁ…?」  雅哉が霞真と話をしているのを見たエミリーはクスクスと笑っていた。  『さあ、ここでずっとこのままってわけにはいかないから中へ入りましょう。霞真くんも大変だったでしょ?さあ、入って』  霞真以外、訳がわからないままエミリーに言われ、家の中へと入った。  『みんな何を飲むかしら。紅茶でいい?霞真くんにはミルクを多めに入れてあげましょうね』  お茶を入れながらも、エミリーは雅哉を見る度に笑っている。霞真は初めての所なのにリラックスをしていて、エミリーの手伝いを始めた。ズボンの腰部分から出ている尻尾も耳も機嫌がいい。  『はい、お待たせしました。お菓子はクッキーでいいかしら。霞真くんもどうぞ。お手伝いありがとうね』  「はいなの~」  英語がわからないはずの霞真が、英語で話しているエミリーに返事をした。  「霞真、お前、英語わかるのか?」  「ううん。わかんないの。でも、僕もおばあさんも猫さんだから」  「――清華、悪いが俺が英語で話すから、清華は日本語で訳してくれないか」  「はい」  『エミリー、これはどういう事なんだ?エミリーが猫って事も、霞真は英語がわからないのにエミリーの言っている事がわかるみたいだが、どういう事?』  この状況に痺れを切らせた雅哉がエミリーに聞いた。  『雅哉、落ち着きなさい。ちゃんと話してあげるから。――まずは、みんないらっしゃい。そして、初めまして。驚かせてごめんなさいね。私は霞真くんと同じように猫が入っています。もちろん研究対象者と言われるものよ。それと、霞真くんとの会話。会話をしているわけではないの。お互い猫だからわかるんですよ。動物特有のテレパシーみたいなもの。それとね、ここはイギリス。魔女の国よ。みんなは魔女ってどんなものだと思います?』  少し悪戯っぽくエミリーはニコニコしながら、みんなに聞いた。  「魔女さんは魔法を使うの~」  『そうね。今はそう思っている人がほとんどでね。でも違うの。本当の魔女はお医者さんみたいな感じなのよ』  「お医者さん?」  『そう。お医者さん。――ハーブって薬にもなるのよ。雅哉と恭は知っているわね』  『『はい』』  『ハーブってね、昔は今みたいに特別なものではなかったの。薬草だから普通にその辺に生えているもので、それを使って色々な病気やケガを治したから魔女みたいに感じたのね。薬草を使ってのものだから自然がたくさんある所にひっそりと暮らすしね。あとは、自然の中でひっそりと暮らすから、色んな感性が付くのね。それらも魔女の由来なんだと思うの。――私はね、昔、研究の対象者にされたの。今みたいにちゃんとしてもらえるわけじゃなかったから、研究所を出たあと行き場がなくて。そんな時に森に迷い込んでしまったの。人に見つけられた時は体力がなくて、ほとんど猫の姿だった。そして私を見つけて助けてくれた人は魔女と呼ばれた人だった。親もいない、帰る所もない私を、その魔女は家族として迎えてくれたわ。そのあとは、私は魔女の猫として生きた。魔女が亡くなって、それを私が引き継いだ。途中、おじいさんに出会って、そして今なの』  『アレンは知ってるの?』  『ええ、もちろん。だって私の所に通っていたんですもの。そして、私を魔女で猫だと知った上で結婚したのよ』  このイギリス行きはもっと簡単な内容だったはず。雅哉はそう思っていた。霞真がこの国に行き来する事ができるようにするだけのはずだった。それが、霞真の体内が変化し、そしてエミリーもまた、霞真と同じ研究対象者で猫が入っている。しかも魔女だと言い出す。思わず、2日前に霞真と行った教会の神様が十字架の前で笑いながら舌を出している画を浮かべてしまった。  「雅哉?」  エミリーに一言だけ質問して、あとは何も言わない雅哉に『大丈夫?』という感じで霞真が声を掛けた。泉水に関しては霞真で慣れているせいか、最初に驚いただけであとは普通だった。  『困ったわねぇ。雅哉がこの状態では。雅哉、しっかりしなさい』  『はい。――外の空気を吸って来ます』  エミリーに厳しめな一言をもらったあと(本当は笑っていたが雅哉にはそう感じた)、雅哉は庭へ行き、座っていた。少し時間を空けてから霞真が雅哉の所に行く。  「雅哉~」  「霞真、ごめんな。こんな事になって」  「ううん。僕こそ、ごめんなさいなの…。僕のせいで雅哉は色んな事を知らなくちゃいけなくなっちゃった。ごめんなさいなの」  霞真が悲しそうな顔をした。  「霞真が謝る事は何もないんだぞ。ただな、こんなにも実験された人がいたのかと思ってな。しかも身近に。俺は世の中を何も知らずに生きてきたんだなあと思ってな。――なあ、霞真。こんな俺でも、これからも傍にいてもいいか?」  「何でそんな事を言うの?僕は雅哉が傍にいないとダメなのに…」  「じゃあ、傍にいてもいいんだな?」  「そうだよ。だって僕は雅哉の伴侶でしょ?だから、傍にいないとダメなの~。それにね、おばあさんも雅哉がいないと寂しいよ?」  雅哉に寄り添うようにして霞真はそう言った。  「ありがとうな。しかし、エミリーも霞真と同じ猫だったなんてな」  「おばあさんは凄い猫さんなの。本当なら僕みたいなのは会えないの」  「そうなのか?」  「うん。猫さんの世界には決まり事があってね、偉い猫さんには普通に会えないの」  「まあ、そうかもな。ボスって事だろ?」  「う~ん。ちょっと違うの。ボスさんよりももっと偉くて。う~ん…。長老?何か違うのねぇ。でも、そのくらい偉い猫さんなの」  「エミリーはそんなに偉いのかあ」  「そうなの~」  急な出来事で混乱したが、でも、この土地で霞真が安心できるような相手がいるのは良い事だと雅哉は考えた。もしかしたら今の霞真の支えになってくれるかもしれないと思った。  「そうか。――霞真はエミリーをどう思う?」  「優しい人、安心する人、雅哉の大切な人~」  「そう思ってくれたのならいい。さてと、中へ戻るか」  霞真のおかげで落ち着きを取り戻した雅哉は家の中へと入って行った。その後ろを霞真も行く。  『雅哉、もう平気』  『はい』  清華と泉水にも頭を下げてから座った。  『エミリー、聞いて欲しい事がある。霞真の事だ。霞真は猫を組み込まれただけじゃなかったんだ。それは昨日わかった事なんだけど…』  『それはどんな事?』  雅哉が深刻な表情をしている前で、エミリーは紅茶のお代わりをみんなに注いでいた。  『それは、女性の身体になるようにされていた。元々備わっていたらしいんだけど、今までは誰とも関係を持った事がないから表に出なかったみたいで、俺と付き合うようになって変化が現れたらしい。俺は霞真の色んな事を含めて一緒にいたいと思うからいいんだけど、これから先、霞真が悩んだり、困ったりする事があると思う。そんな時に力になってくれたらと。もちろん研究所でも力になるとは言ってくれたが霞真は研究所で育ったのもあって、研究所には良い感情はない。それに俺には母親がいるわけでもないし。だから、エミリーも霞真を支えてくれる1人になってくれたらと…』  そこまで話すと〈これは、ほとんど祖母や姑に近い存在になって欲しいと言っているようなものではないか〉と気づき、雅哉はそのあとの言葉を飲んだ。  エミリーは雅哉の事がわかるのか、クスクスと笑いながら答えた。  『いいわよ。――しかし、雅哉の国でもそんな事をしていたとは驚きね。こんな可愛い子にそんな事。霞真、貴方の中で色々と変化があって不安でしょうけど大丈夫よ。神様はちゃんと守ってくれます。今までどんな事があったか大体の想像はつくけど、その大変だった分、こうして雅哉と出会う事ができた。もちろん恭や泉水さん、そして私にもね。だから心配しないで』  エミリーは霞真にそう言うと、頭を撫でた。霞真は嬉しそうにしていた。  しばらくするとエレンが帰宅。霞真の話をすると、エミリーと同じように笑顔で応えてくれた。  夕食はエミリーの手料理を堪能していく事になり、エミリーが食事の支度をしている間に、雅哉とエレンが霞真と泉水を連れて農園を案内した。  「わあ~、素敵なの~。綺麗~、いい匂い~」  「本当に綺麗ですね。まるで絵画のようだ」  一般農家のような植え方ではなく、ガーデニングのようにハーブたちが植えられている。合間には観賞用の花も植えられていて、植物たちが生き生きとしていた。  「エミリーとエレンの育て方は他とは全然違うんだ。植物たちの色、相性を考えながら植えられている。だから植物たちも嬉しそうに育つんだよ。俺は、ここのを見て今の仕事の仕方を敢えて始めたんだ。今は寒い時期だから一部温室だけど、もう2ヶ月もすれば園庭全体がこんな感じになる。そして、ここのものたちだけは、ある所にしか卸していない」  「ある所?」  雅哉が意味深気に話した事に、泉水が言葉を返す。  「そう、ある所。そこは今度紹介します。今日の話はここまで」  雅哉はその先を話さなかった。話さなかったというよりは、気持ち的に話せなかったのだ。泉水は『教えて下さいよ~』と言っていたが、霞真は雅哉にもこんな表情があるのだと思って『うん』とだけ言った。エレンは霞真の頭を撫でていた。  〈きっといつかお話ししてなの〉  ―――雅哉たちが家の中へ戻って来ると食事ができていた。  『いい匂いだ。これは――』  入ってすぐに雅哉が嬉しそうにしていた。  『そうよ。雅哉の好きなもの』  手を洗い、食卓に行くと雅哉の好きな鶏肉料理があった。鶏の胸肉を紅茶で煮て、それを解し、干しブドウとカレー粉を入れ、バターで炒める。最後に炒ったナッツを振り掛けてあるものだった。  「霞真。俺はエミリーの作るこれが大好きなんだよ。紅茶を使っているからか、鶏肉がパサパサしないのと臭みもないんだ。肉は、紅茶の風味があるからカレーで味付けしなくてもそのまま美味しく食べられる。朝はそっちの方がいい。でも昼夜は、こっちの方が断然美味い」  「美味しそう~。早く食べたいね~」  温室での雅哉の表情を見てから気にしていた霞真だったが、エミリーの料理を見て嬉しそうにいるので安心した。  エミリーの料理は、この他にバターの効いたスコーン、ポテトとベーコンにローズマリーが加えられて炒めてあるもの、大きめのカップにタラとキャベツの入ったクリームシチューのようなものが入っていて、パイで蓋をされているものなどがあった。  『恭が手伝ってくれたから、たくさん作れたわ。さあ、みんな食べて』  エミリーの言葉を聞いてからみんなで食べ始めた。  「美味い!味が優しいなあ。俺の店のは、どうしてもガッってくるようなのが多いから、こういうのいいなあ。店のメニュー、少し考えようかな」  「泉水さんのお料理も元気がもらえて好きですよ?」  「ありがとうございます。今までは気にしてなかったんですけどね、最近、賑やかなだけじゃダメかなって。霞真や清華さんたちと食事をする機会が増えてから、うちの店じゃ落ち着かない人も多いんじゃないかって感じてて。でもだからって店の雰囲気を変えちゃ、今までのお客さんに悪いし…」  「お店をやるって大変なんですね。何かいいアイディアがあるといいんですけど…」  「まあ、急に思っているような事なので、すぐにどうってわけじゃないですから。せっかく美味しいもの食べるのに変な話ししてすみません」  「そんな事ないですよ?それだけお客様の事を考えてるって事ですよ」  「そう言ってくれてありがとうございます」  2人の会話を聞いていたエミリーがニコニコしながら雅哉に聞いた。  『あの2人はそう思ってもいいの?』  『どうだろう。俺もそっちに進みそうな気はしてるけど、こればっかりは(笑)」  『まあ、そうだけども。恭にも素敵な人が傍にいてくれたらいいと思うから』  雅哉もずっとそう思っている。清華があれだけ心を開いているのは自分以外に見た事がない。泉水が清華の傍に寄り添ってくれる相手なら嬉しいと思っていた。  霞真にも雰囲気でわかるのか、清華と泉水が話しているのを見て嬉しそうにしている。それに、エミリーの作ったスコーンがとても気に入ったらしく、既に3個も食べていた。  「霞真、それ気に入ったのか?」  「うん。美味しいの~。食べるの止まらないの~(笑)」  「そうか。それなら清華も作れるぞ」  「本当?清華さん、これ作れるの?」  雅哉に聞いた霞真は、目をキラキラさせながら清華に聞く。  「はい。エミリーから教わりましたから作れますよ。でも、エミリーと同じ味かって言うと、そこは自信がありません」  「今度食べたいの。清華さんが作るものだから美味しいの。楽しみなの~」  「そうですか?私の作ったもので良ければ。戻ったら作りますね」  「わ~い。雅哉~、お家に帰っても、これ食べられるの~」  余程スコーンが気に入ったのか、清華が作れると知って霞真は大喜びしていた。  その横で雅哉は、自分の好きな料理を堪能していた。自分もエミリーが作るものはできるのに、全然作っていなかったと思い出す。  〈そうか。今は1人じゃないから作ってもいいんだな。それに、きっと霞真なら喜んでくれるだろうな〉  過去に付き合っていた女性に2度ほど作った事がある。しかし、あまりいい感じの反応ではなかったのだ。あとで雑誌か何かで読んだものに、女性は男性が料理できると自信がなくなるからイヤだと書いてあった。それからは人には作らないし、仕事も忙しくなったのもあって全然料理をしなくなっていた。  『霞真、ここにあるものは雅哉も作れますよ。今度作ってもらいなさい』  「はいなの~」  霞真とエミリーは、猫の何かで会話ができるようになっていた。お互いの言葉は違うが、会話が成立しているのを雅哉はわかった。  「雅哉、今度作ってなの。おばあさんが雅哉も作れるよって。僕、食べたいよ?」  「もう、ずっと作っていないからエミリーのように仕上がるかわからないけど、霞真がそう言ってくれるなら作ってみようか」  「楽しみ~」  雅哉が思ったように、霞真は喜んでくれている。これならと、日本へ戻ったら早速作ろうと思った。  ―――食事をして時計を見ると、随分と夜も更けていた。後片付けをみんなでして研究所に戻る事にした。  『エミリー、エレンありがとう。霞真も楽しかったみたいで良かった』  『いいのよ。それより、もっと顔を見せて。それとね、言おうかどうしようか迷ったのだけど言っておくわね。――霞真は大丈夫よ。今も、この先も。早くひ孫の顔が見たいわ。ね、エレン』  エミリーの言葉で安心したのと驚きが雅哉にあった。  『ひ孫って…』  『そのままの意味よ。霞真は問題ないわ。まあ、問題ないという事は霞真への実験は成功していたという事ね。複雑だとは思うけど、雅哉がいるのだから大丈夫よ。でも、研究所の人には黙っていなさいね』  『はい。ありがとう』  『霞真、またいらっしゃいね。雅哉の事、お願いね。雅哉は仕事に一生懸命過ぎるから、時々ストップを掛けてくれる人が必要なの。よく見ててあげてね』  「はいなの~。おばあさん、ありがとうなの」  霞真は、みんなにわからない猫の何かでエミリーと話をしている。話が終わるとエミリーに抱きついて頭を擦り寄せていた。  そして、別れの挨拶を終え、研究所へ戻った。                 ★  ―――部屋へ入ろうとしているとデイヴィットが来た。  「おかえりなさい。今日はどちらに行かれていたのですか?」  「今日は、契約している農家さんの所に行ってました。仕事上、泉水さんにも見て欲しかったので」  「そうですか。霞真くん、身体は大丈夫ですか?」  「うん。美味しいものをたくさん食べたから元気なの。の人が作ったご飯、美味しかったの」  「それは良かったです。今日はゆっくりお休み下さい」  今までは感じなかったデイヴィットの会話に、今は所々に何故か不信感を感じさせる。雅哉の何かがエミリーの話をしてはいけないと思った。霞真も同じように感じたのか、いつもなら素直に話すのに、今は雅哉に合わせエミリーの名前を出さずに『農家さん』と答えていた。  部屋へ入り、ソファーに座る。  「霞真、今の話、ありがとうな」  「うん。だって美味しかったんだもん」  「霞真?」  戻って来てから霞真の様子がおかしい。会話のテンションはいつも通りなのに、言葉を選びながら話しているように見える。  「霞真~。お前の匂いを嗅がせて~」  雅哉はそう言うと霞真を抱き締め、匂いを嗅いだフリをしながら耳元で話し始めた。  「霞真、話す時、言葉を選んで話してないか?」  「うん」  「ごめんな」  「謝らないでなの。きっとお話し聞かれるの。でも、僕、慣れてるから平気なの。それより、お家に帰ったら美味しいの作ってなの」  「ああ。ちゃんと作るよ。ありがとう。早く帰ろうな」  お互い耳元で小声で話をしていると、霞真が囁くように、  「うん。――雅哉、チューして」  と言ってきた。  「ああ」  霞真の要望に応えるように、雅哉はキスをする。  霞真の顔が、蕩けるような表情になった。  「雅哉、僕のためにごめんなさいなの。でも、これからは雅哉と何処でも一緒に行きたいの。この間みたいに、お留守番はヤダよ。それとね…。う~ん、やっぱりこれは今度言うの~」  何か言いたそうにしていた霞真は、途中まで言うと、それを話すのは今度と、大事そうに言うのを止めた。  「今は教えてもらえないのか?」  「うん。今度」  「そうか。じゃあ、今度教えてくれな。但し、霞真が謝る事は何もないぞ。だから色んな事、その都度で謝らなくていい。お前は何も悪い事なんてしてないんだからな」  両手で霞真の顔を包み、そう言い聞かせると再度キスをした。  「はい…なの…」  雅哉からのキスを受け取って、霞真は返事をすると目を瞑った。  その晩は静かに過ごして眠った。                 ★  今までも検査などをしてきたが、5日目は霞真を更に詳しく調べたいと言われ、1日かけて改めて調べたいと言われた。雅哉は、この4日間のものだけでお願いしたいと言ったが、途中、霞真の身体に異変が出たのでと言われ、霞真と相談の上、苦痛を伴わないものだけという約束でとの話になった。この日は清華と泉水も心配し、何処にも行かない事にした。  検査機器に設置されているベッドに霞真が横になっている。それをガラスの反対側から雅哉、清華、泉水が技師と一緒に見ていた。  「社長、いいんですか?こんなに検査ばかり…」  「俺もそう思った。こういうのって、もうやったんじゃないの?」  小さいものから今行っているものまでを見て、清華と泉水も不信に感じるようだった。  「途中、霞真の身体に異変があったからな。俺も反対したんだが、霞真がこれからのためにとOKを出したんだ」  「そうですかあ。でも、それにしたって」  「清華が言いたい事はわかっている」  雅哉は清華にそう答えるしかなかった。それは、雅哉が一番感じている事だった。だから最初に断ったし、霞真の異変は自然の成り行きとして思っていた。昨日、エミリーにもそう言われた。霞真に病気があるのならともかく、そうではないのだから当初の話のように、ある程度から先はそっとしておいて欲しかった。  「誰にも話さなければ良かった…」  みんなに聞こえないくらいの小さな声で雅哉は呟いていた。  ―――「特に病気などはないですね。ただ、画像を見てもわかるように、やはり両性の作りにはなっています。しかし、どうして今頃変異したんだろう。両生類の一部を組み込んだのか。そのあたりを調べたいと思いますが…」  技師が言うのを聞いていた雅哉が『そのあたりを調べたい』の言葉に反応し、突然、大きな声と共に台を叩いた。  「いい加減にしろ!霞真はもう実験対象じゃない。俺の、俺の妻だ。叶城雅哉の妻の、叶城霞真だ。そうやって貴方たちは色んな人を自分たちのエゴで実験してきた。それがどういう事かわかるか?何も知らない無垢な子に、こんな酷い事をして、その結果がこれだ。あんた、自分がずっと男だと思っていたのに急に女の身体になったら普通でいられるか?外の事も知らないまま、ここにずっといられるか?名前もない、番号で呼ばれ、食事も摂った事がなく、変な薬まがいのものだけで生きて、何の楽しい事も知らずにいる。そんな風にあんたは育てられた事があるか?簡単に頼んでもいないものを調べたいなんて言うな!俺らが一生でする検査の何億倍もされてきたあの子に簡単に言うな。言わないでくれ…。頼むから、もう簡単に調べたいなんて言わないでくれ…」  一気に怒りを放った雅哉は、最後の方は足から崩れ、拳で床を叩いていた。  ドーム型の機器から出てきた霞真が、雅哉たちの異変に気づく。傍にいた職員に聞くが、何故か職員たちが下を向いて黙っている。自分の身体に付いているものを外して、霞真は雅哉たちの方へ行った。  「雅哉、どうしたの?」  ドアを開け、そっと顔を出すと、手が血だらけの雅哉が床に座って涙を流している姿が目に入った。  「雅哉、どうしたの?…雅哉?手が…。清華さん、雅哉どうしたの?」  霞真は雅哉の手を自分の手で包みながら清華に聞く。しかし、清華は黙って何も言わない。  「雅哉?」  この状態を見たら霞真が取り乱しそうなもの。いつもの霞真ならそうなると清華と泉水は思った。しかし、その思いとは反対に、霞真は静かに雅哉に声を掛ける。  「雅哉、手、痛いね。僕のためにありがとうなの。何があったかはわからないけど、僕のせいでしょ?でも僕は大丈夫なの。今、我慢すれば、この先はもうないの。ずっと雅哉と一緒にいられるし、何処にでも行けるの。もうお留守番イヤだから。それに、検査でもお写真を撮ってるだけなのね。だから大丈夫なの。雅哉、ありがとうなの」  言葉が終わると、霞真は雅哉を抱き締めた。  「霞真、ごめんな。頑張って検査しているお前に心配かけて。それに、しなくていいものをさせている」  「そんな事ないの。僕、僕、雅哉の※〇△×□欲しいから…」  霞真は雅哉に話している途中、言葉を濁して恥ずかしそうにした。そして、1拍間を空けてから話を続けた。  「だからね、今ちゃんと診てもらうの。僕、優くんみたいになりたいの。雅哉となりたいの。僕はクローンの子じゃなくて、ちゃんと雅哉の赤ちゃんできるの。だから…、だからね――」  「霞真、ありがとう」  雅哉は霞真に抱き締められたまま涙を流していた。  霞真は周りが思っているより、そして見た目よりも大人の部分を持っているのがわかる。雅哉と出会って日も浅いのに夫夫の意味や子供の事など、普段の霞真の姿を考えると、知らないであろうと思う事も、実は誰よりも重く知っているようだった。  「ありがとう、霞真。俺も霞真と家族作りたい。早瀬さんたちのように作りたい」  「うん。だから大丈夫。でも、傍にいてねなの」  「ああ、ちゃんといるよ。傍にちゃんといるからな」  2人の様子を周りは見ているしかなかった。その様子を見ていた技師は自分の判断で、この日の検査は部屋のベッドでできるものだけにした。  雅哉は、強く怒鳴ってしまった技師に謝罪をし、霞真とそこを後にした。清華と泉水にも頭を下げ、昼食は霞真と2人だけでさせて欲しいと言い、霞真が気に入った園庭で食べる事にした。  「霞真、さっきはごめん」  「謝らないでなの。僕のためにありがとうなの。雅哉は悪くないの」  霞真に頭を下げていたものを上げると、霞真は優しい笑顔で雅哉を見ていた。  「俺はダメだな。霞真の事になると過剰に反応するようだ。自分でも驚いているよ」  「へへへ。何か嬉しいの。でも、もう痛いのはダメなの。雅哉の大事な手がケガしちゃったの…」  包帯で巻かれた雅哉の右手を擦る。  「このくらい大丈夫だ。すぐに治る」  「骨が折れてなくて良かったの。もしかしたら折れてるかもって言われた時、怖かったの…」  「ほんと、ごめん。もう、こんな事にならないようにする」  「約束なの」  「ああ、約束する」  雅哉からの約束をもらった霞真はホッとして食事を進めた。  ―――食事が終わった2人は清華と泉水と合流した。雅哉はさっきの事を再度謝り、午後は部屋での検査だから気にせず出掛けて欲しいと話した。  しかし、清華はデスクワークをしたいと言っていて、部屋で仕事をすると言う。泉水は何日も料理をしないのが気になるらしく、厨房を借りて料理をする事にしていた。2人の話を聞いて雅哉は、霞真だけではなく自分の事も心配させてしまったと申し訳なく感じていた。  雅哉は霞真と部屋へ戻り、職員が来るのを待つ。ドアをノックする音が聞こえ、雅哉がドアを開ける。  「午後はこちらで検査しますね。それよりも叶城さんのケガは大丈夫ですか?」  午前中はいなかったデイヴィットが来ていた。先程の事を職員から聞いていたのだろう。ドアを開けるとすぐに、雅哉の手のケガを心配する言葉がきた。  「先程は職員の方たちに御迷惑をお掛けしてすみませんでした。私の手は大した事はありません。職員の方たちの方は大丈夫ですか?」  「職員は大丈夫です。慣れていますから。それよりも検査を続けてもいいのですか?」  「はい。これは霞真本人の意思ですので。よろしくお願いします」  「そうですか。では、始めましょうか」  霞真をベッドに寝かせ、元々身体に付けていたパットの他に、何種類かの小指の先ほどの小さいパットを付けた。  「霞真くん、今眠って下さいと言ったら眠れますか?」  「う~ん…。雅哉と一緒なら~」  「そうですか。申し訳ありませんが、なるべく今は薬を使いたくないので叶城さん、霞真くんと一緒に寝て下さい。私たちは霞真くんが眠るまで部屋の外にいます。叶城さんも眠るなら気にせず寝て下さい。霞真くんが眠ったら部屋に入りますね」  「はい。よろしくお願いします」  デイヴィットたちが部屋を出たあと、雅哉もベッドに入る。  「霞真、色んなもの付けられて煩わしいなあ」  「うん。でも今だけだから。それよりも雅哉~」  誰もいなくなってベッドの上だからか、霞真から猫の耳と尻尾が出て、甘えてきた。雅哉はそれに応える。  「今日はもう疲れたろ。昼はいっぱい食べられたしな。少し眠るといい。俺も寝るから」  「うん」  雅哉は霞真を抱き締めながら抱え、キスをして一緒に眠りについた。  人の気配も作業をしているのも、今までの雅哉だったらすぐに気がつき目が覚めるはず。しかし、霞真が一緒に眠るようになってからは気づかない事が増えてきた。この時は特に、午前中に激しい感情に陥ったからか、かなりのエネルギーを使ったのだろう。霞真よりも深い眠りについていた。  「う~ん…」  「霞真くん、起こしてしまいましたか?」  霞真の方が、職員たちの気配で目が覚めてしまった。  「ううん」  「叶城さんはよく寝ていますよ」  「うん。――あのね、デイヴィットさん。お願いがあるの」  雅哉が起きないように、霞真が小さい声でデイヴィットに言う。デイヴィットは霞真の顔の傍に来て、同じように小声で話す。  「何でしょう?」  「あのね、僕ね、雅哉の赤ちゃん欲しいの。だからちゃんと調べて欲しいの」  霞真の口から出た内容は、妊娠を希望しているものだった。  「霞真くんは、自分と同じような子供が生まれるかもしれないとわかっていますか?」  「うん。きっと僕の何かはみんなよりも濃いから。でも、それでも欲しいの。雅哉と僕と赤ちゃんで家族になりたいの。だから…。それに雅哉も、赤ちゃんは僕みたいになるって知ってると思うの。雅哉は頭いいのね。だから知ってると思うの。それでも嬉しいって。雅哉の赤ちゃんが欲しいって言ったら嬉しいって言ってくれたの。だから欲しいの。いつも雅哉が言っているように、雅哉と会ったその時に、ずっと一緒にいたいって思ったの。雅哉に恋人とか奥さんって言われた時も嬉しかったの。だから、ちゃんと調べて下さい。それで調べたものを村岡先生たちに渡して欲しいの。お家に帰ってから必要だから。村岡先生には、お家に帰ってからの何か検査とかしたものは、ちゃんとデイヴィットさんに送ってもらうから。だから、お願いしますなの」  霞真は、雅哉にも話した事のない自分の気持ちを真剣に話した。  「わかりました。ちゃんと調べます。そして調べたものは、あちらの方たちにもお渡しします」  霞真の気持ちが通じたのか、デイヴィットはそれを承諾した。デイヴィットの承諾を得た霞真は安心したのか、雅哉に抱きついて再度眠りについた。  2時間くらい経った頃、起こされる声が聞こえる。雅哉は寝起きのせいか、検査をしている事を忘れ、いつものように霞真の温もりを求め、自分の懐に霞真を求めた。  「霞真~、おはよう」  「雅哉、おはようなの~」  「叶城さん、すみません。あまり強く抱き締めると、霞真くんのパットが取れてしまうので力を緩めて頂けませんか」  毎日の朝のように甘い空気を出していると、デイヴィットの声が聞こえた。  「あっ、すみません。――そうだった。検査をしていたんだった。霞真、起きろ。検査だ」  「う~ん、は~い」  雅哉は自分の寝起きの行動を見られ、恥ずかしさを誤魔化すために、霞真に声を掛けて起こす。霞真の方は、研究所生活が慣れているからなのか、隠す事もなく、いつものようにユラユラと尻尾を揺らし、猫の耳を寝かせ、ウニャウニャと言いながら雅哉に擦り寄っていた。  「雅哉~。う~ん~」  「霞真、あんまり擦り寄って来ると外れちゃうぞ」  「そうだったの…」  霞真も目を覚まし、頭の中がハッキリしてきたのか、自分の身体に色々付いているのを思い出した。  「霞真くん、起きましたか?」  「はいなの」  デイヴィットが声を掛ける。霞真が起きたのを確認すると、ベッドの上にポータブルのレントゲンのような機械が設置された。  「叶城さん。これで撮影をしてしまいますからベッドから降りてもらってもいいですか」  「はい」  邪魔にならないように雅哉はベッドを降り、すぐ脇のイスに座って見ていた。  カシャカシャと数枚のシャッター音が聞こえる。霞真は言われる通りにベッドの上で左右に身体を動かしたりしている。  〈止めさせたい〉  そんな雅哉の想いが顔に出ているのか、霞真が声を出さずに口だけを動かして言ってきた。  『大丈夫なの』  霞真にそう言われ、謝るつもりで笑顔を向けた。  〈霞真には何でもわかってしまうな〉  ―――そのあともいくつか撮影ものをし、エコーをもう一度かけ、午後でも明るい時間のものは終わった。あとは寝る前に簡単なものをして終わりだと言う。  「まだあるんですか?」  「はい。寝る前の心が落ち着いた時間のものをいくつか。それで終わりです」  「そうですか。しかし、こんなにもしなくてはいけないものなんでしょうか」  「霞真くんのような事は珍しいんです。正直、戦後では無いに等しいと思います。この研究所でも調べてみないと前例があったかどうかもわからないくらいです」  〈霞真を考えると、少し前まで同じような人がいたのかと思っていたが、そんなに珍しいのか〉  「あとは、霞真くん本人のご要望です」  「霞真の?それはどういう…」  「貴方と、貴方の子供と家族になりたいそうです。早瀬さん所のように。だからちゃんと調べて欲しいと。そして、そのデーターを必ず村岡先生や一ノ瀬先生に渡して欲しいと。その代わり、日本へ帰ってからの自分のデーターはこちらに送るようにすると仰っていました」  「それはいつの事ですか?」  「先程、貴方が眠っている時です」  自分が寝ている時に、霞真が言っていた事に雅哉は驚いていた。  「そうですか。――わかりました。霞真の言う通りにしてやって下さい。霞真が希望するのであれば俺は何も言えません。苦しむようなものでないのなら、傍で一緒にいるだけです」  デイヴィットの話を聞いた雅哉は覚悟を決めていた。霞真と出会った時から今と同じ気持ちなのは変わらないが、それでも両性だとわかった霞真に対しての想いは、それ以上になった。霞真がそこまでして自分の子供を欲しいと思ってくれているのならば、自分は霞真とその子供を守る。そのためには、今回のこの件に関しては通らずにはいられない道なのだと思った。  「何時頃から始めますか」  「今は17時ですので、21時頃から始めたいと思います」  「はい、わかりました。そのようにします」  「では、21時頃来ます」  予定を雅哉に告げると、デイヴィットは他の職員も連れて部屋を出た。  「雅哉、何をお話ししてたの?」  「夜のスケジュールを聞いていただけだよ」  「そっか。そうだ。清華さんとお兄ちゃんは何をしてるのかなあ。お兄ちゃんは何か作るって言ってたの」  「そうだったな。今どうしてるか聞いてみるか」  雅哉はポケットからスマホを出し、2人にメールを送った。  清華は必要な事は終わっているので、いつでも合流できると返事が帰ってきた。泉水は、サラダだけ作ったら部屋に持って来てくれると返事があった。  「今日の夕飯は久しぶりの泉水さんの料理だ。ここへ持って来てくれるそうだ。清華はもう来るぞ」  「楽しみ~」  「それよりも、疲れてないか?」  泉水の料理を楽しみにしている霞真を、自分の足の上に乗せる。  「うん。でもゴロゴロし過ぎて背中が痛いのね(笑)」  霞真の言葉を聞いた雅哉は、そのまま霞真をベッドにうつ伏せにして寝かせた。そして首の下から背中を押していく。  「ほぉ~。パキパキ言ってるの~」  「気持ちいいか?」  「うん」  しばらくマッサージをしてから、雅哉は霞真の首にキスを落としていき、最後にカプリと噛んだ。  「雅哉?」  「ん?」  「ううん。雅哉の印なの」  「ああ。霞真は俺のっていう印」  「うん」  霞真は嬉しそうな顔をして雅哉の方に姿勢を変え、キスをした。  「ありがとうなの」  霞真からのキスの後、顔を見合わせた。雅哉は霞真を抱き締め、霞真の体温を感じていた。さっき自分で思った事に再度想いを込める。  そうしている間にドアのノックの音が聞こえた。  「清華だな」  ベッドから降り、雅哉は清華を出迎える。  「悪いな。全部任せて」  「いえ。そのつもりで来ていますから気にしないで下さい。それよりも霞真くんはどうしていますか?」  「少し疲れているようだが元気だ。泉水さんの食事を待ち遠しそうにしている」  「そうですか。何だか社長の方が疲れてます?」  途中、ひょこっと霞真が顔を出してきたので、霞真と雅哉の顔を見比べ、清華がそう言った。  「そうかもしれないな」  否定してくるかと思っていたのにそうではなかったので、清華は返す言葉がわからなかった。  ソファーに座った雅哉を見ながら清華は部屋の中を片付ける。それを見た霞真も一緒に始めた。  「霞真くんは社長とゆっくりしていて下さい。少しでも休んでいないと疲れてしまいますよ?」  「平気なの。だって、ずっとベッドに寝ていたのね。背中が痛いの」  「そうだったんですね。じゃあ、ここをお願いしてもいいですか?私はお風呂を洗ってきますね」  部屋の片付けを霞真に任せ、清華は風呂場へ行った。清華の姿がなくなると、雅哉は霞真の後ろから腕を回してきて一言、  「霞真、そんなのはいい」  と言い、片付けている霞真を抱き上げ、ソファーに連れて行った。  「でも…」  「いいから」  いつものように足の上に霞真を乗せ、後ろから抱き締める。  「雅哉?」  「ん?」  このやり取りは今日は何度目だろう。ここに来てからこんなやり取りが続いている。雅哉が何か深く考えているのが霞真にもわかる。これ以上何かを聞いても答えてくれないと思った霞真は、雅哉に寄り掛かるようにした。  「へへへ~。お兄ちゃんのご飯まだかなあ。明日はね、雅哉のお味噌汁食べたいの」  「そうか。じゃあ、あとでデイヴィットさんにお願いして作らせてもらおうか」  「うん。僕も何かやりたい」  「一緒に作るか」  「やった~。僕も作るの~」  2人で楽しそうに話しをしていると、清華が風呂掃除を終え、戻って来た。  「清華、ここの片付けは、あとで俺がするからそのままでいいぞ」  霞真に何か言う前に雅哉が清華に言った。  「はい。――そろそろ泉水さんが来るでしょうか」  清華は雅哉の一言に気にはなったが、雅哉がやると言うので、敢えて何も聞かなかった。  「そうだな。霞真は楽しみなんだよな~」  「そうなの~。何作ってくれるのかなあ」  ―――コン、コン  「あっ、来たの~。お兄ちゃんとご飯が来たの~。は~い、今出ま~す」  ドアノックの音を聞いた霞真は、雅哉の足から降りてドアへ行く。危ないので清華も一緒に行った。  「遅くなりました」  厨房から借りたのか、泉水は台に料理を載せて来た。  「わあ~、いっぱ~い。雅哉~、いっぱいご飯来たよ~」  霞真と清華が泉水の出迎えをしている間に、雅哉はサッと片付けていた。霞真に呼ばれ、少しずつ片付けながらそちらへ移動する。  「泉水さん、すみません。しかし、随分と作りましたね」  「ええ。数日作ってないでしょ。あれもこれもって思ってたらこんなになってしまいました。でも厨房の方が、残っても職員で食べる人がたくさんいるからと言われましてね。それならと思って作りました」  「そうですか。霞真も楽しみにしていましたよ。さっ、どうぞ入って下さい」  「霞真~、お前大丈夫か?腹減ったろ。たくさん食べてくれよな」  「は~い。ご飯~、ご飯~」  霞真は嬉しそうにソファーへ行った。雅哉と清華は、泉水が持ってきたものをテーブルに出す。  テーブルに出し終わり、食べ始める。  「美味しいの~。お兄ちゃんのご飯、久しぶりなの~」  「そうだな。この味、ホッとするな」  「ええ。やはり泉水さんのお料理は美味しいです」  3人とも、ここに来てからはイタリアン系は口にしていなかった。なかったわけではないが〔イタリア系=泉水〕という式ができていたので、ここでのメニューを見ても、外出先での店を見ても口にする気にはなれなかった。  そして、泉水の料理を一気に堪能した。  「もう入らないの~。お腹破裂しちゃいそうなの~」  食事を終えた霞真が、お腹を擦り、満足そうにしていた。それを見た泉水が嬉しそうに答える。  「霞真、大丈夫か?これからまだ検査あるぞ」  「そうなのねえ。今は7時なの。9時までにお腹減るかなあ」  「(笑)。風呂も入るから、それまではゆっくりしてろ」  「はいなの~」  「しっかし、霞真もよく食べたなあ。いままでで一番食べたんじゃないか?」  「そうなの。身体が変わってから食べても食べてもすぐにお腹空いちゃうの」  体内の変化でエネルギーを使うのか、霞真はすぐにお腹が空くと言った。  「じゃあ、昨日からずっとそんな感じだったのか?」  「そうなの…」  泉水との話を傍で聞いていた雅哉が1つ溜め息を吐いた。  「ごめんな霞真。気づいてやれなくて。少し考えればわかる事だったのに。――そうだよな。身体が変化しているんだからそうなるな」  「どうして雅哉が謝るの?雅哉のせいじゃないの」  「まあ、そうだけどな。――霞真、お腹空いたらちゃんと言わなきゃダメだぞ。今までみたいに空腹を我慢しちゃダメだ。わかったな?」  霞真を自分の方へ寄せた雅哉が言い聞かせていた。  「はいなの。でも、お腹が空くたびに食べたら、それはダメなのね。どうしたらいいかなあ…」  「何かいいものがないか調べてみるな。いくら食べても支障がないものをな」  「ありがとうなの」  少し落ち着いてから順番に風呂に入る事にした。清華も泉水も自分の部屋に戻ってから入ると言っていたが、雅哉がせっかくだから入ってしまうといいと言ったのでそうする事にした。  最初に泉水に入ってもらう、その間、霞真には本を見ながらゆっくりしててもらう。雅哉は清華から会社と仕事の報告をしてもらっていた。  泉水のあと、清華に入ってもらい、最後に雅哉と霞真で入った。  2人が風呂を出たあと時計を見ると、もうすぐ9時になろうとしていた。  「結構時間があると思っていたが、すぐに時間になってしまったな」  ―――コン、コン  「はい」  ドアノックの音がすると、清華が対応をした。  「みなさん、ゆっくりとしていたのにすみません。霞真くん、少しはゆっくりしましたか?」  「はいなの。でも、ご飯たくさん食べたの。だから、ちょっとお腹苦しいの(笑)」  「そうでしたか。では、どうしましょうか。先にこれらをしましょうか」  食べ過ぎでお腹が苦しいと霞真が言うので、座ってできるものを先に行う事になった。霞真が検査をしている間、雅哉はソファーで見ている事にした。時間も遅いから部屋に戻って大丈夫だからと清華と泉水に言ったが、昼間の事もあってか、なかなか戻らずにいた。  雅哉は途中まで見ていたが、さっき霞真が『すぐにお腹が空く』と言っていたので、空腹時に簡単に食べられてカロリーや塩分などを気にしない何かをスマホで探し始めた。  「社長、何を調べているのですか?」  「霞真が食べてもすぐに腹が減ると言っていたろ。だから何かいいものはないかと思ってな。ナッツ類やフルーツをドライにしたもの、サツマイモやニンジンをドライにしたものが良いらしいんだが」  「毎日干しても上手くいくかわかりませんねえ」  「そうなんだ。それに今の時代、外に干したものが衛生上いいかもわからないしなあ」  「干して乾燥であれば会社のを使って乾燥させたらいいんじゃないですか?」  雅哉の会社ではハーブや観賞用の植物の苗の他に、ハーブを乾燥させたものも販売している。清華は、その工場でまとめてやったらどうかと言っているのだ。  「しかしなあ。こういうのは新鮮なものを食べさせたいからなあ。会社の工場だと遠いぞ?――清華、いいもの見つけたぞ。ほら」  そう言って雅哉は、スマホの画面を清華と泉水に見せた。  「泉水さんも見て下さい。今は家庭用のこういうのが売ってますよ」  「良かったじゃないですか。これで毎日自宅で作れますねえ」  「本当だ。こんなのあるんですねえ。俺も欲しいかも(笑)」  スマホの画面を見た泉水が、雅哉と一緒に購入しようとしている。  「泉水さんは何に使うんですか?まさか、泉水さんもドライフルーツ?」  泉水の反応を清華は不思議そうにしながら理由を聞いた。  「まあ、ドライフルーツも個人的にはいいなあとは思いますけど、ドライトマトをね。あとはバジルやパセリなんかを乾燥させたいなあと思って。ドライトマトって高いんですよ。でも、味や栄養素が凝縮されるからそれを使うと、生のと違って格段に美味しくなります。バジルやパセリも乾燥したての方が香りが残りますし。それで」  「じゃあ、まずは社長が買って、泉水さんも使わせてもらったらどうでしょう。使ってみて良ければ、お店用に購入すれば」  「いや、叶城さんに悪いですよ。叶城さんだって、霞真のために最初からたくさん作りたいでしょうし」  「そんな事ないですよね、社長」  清華がテンション高めに話を振ってくる。雅哉はその話に乗る事にした。  「清華の言う通りです。一緒に泉水さんも使ってみて下さい。もし店でも使えそうなら購入すればいいと思いますよ」  「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて一緒に使わせてもらってもいいですか?」  「はい」  「楽しみですね。叶城さん、ちょっとスマホ借りてもいいですか?」  泉水に言われ、雅哉はスマホを渡す。泉水は雅哉のスマホを持って、霞真の傍へ行った。  「霞真、これ見てみろ」  「これな~に?」  「これなあ、果物とか野菜とかを乾燥させる機械。叶城さんが霞真がいつでも食べられるものをって、これ買おうかなって言ってるぞ。でな、俺もこれで少し試させてもらって、上手くできたら店で使う用に買おうかと思ってさ。トマトを乾燥させると栄養と旨味がギュッと濃縮されるから美味いんだよ。凄いよなあ」  「凄いねぇ。僕もやってみたい。乾燥した果物も美味しいのね。この間、清華さんがリンゴとオレンジの乾燥したのをくれたの。美味しかったんだあ。あれが毎日食べられるのかあ~」  泉水の話を聞いて霞真は楽しくなった。それに、雅哉や泉水と一緒に色んな事をするのかと思うとワクワクしていた。  「霞真、買うぞ?」  泉水の説明と霞真の反応を少し離れた所から見ていた雅哉が霞真に聞く。  「はいなの~。でも高いんでしょ?清華さん…いい?」  そして霞真は、雅哉に返事をしながらも清華に確認をする。  〈何故、霞真は清華に聞く?〉  霞真の対応を雅哉が疑問視する。  「叶城さん(笑)。霞真の中で、大きな買い物の財布は清華さんが握ってるって認識してますね(笑)。まるで財布の紐を握っている母親のようですね(笑)」  クスクスと笑いながら泉水が雅哉に言う。  「笑わないで下さいよ。霞真~、俺が買うんだぞ。清華の財布から買うんじゃないんだからな」  「でも、高いの買うと清華さん『また無駄遣いして』って言うの。この間も少し高いお酒買おうとしたら言ってたのね」  「アハハハ。叶城さん(笑)」  「霞真~。――あのなあ、今まではそうだったかもしれないけど、これからはな、俺とお前で決めて行くんだぞ」  雅哉の横で泉水は笑っている。霞真は『う~ん、でも~』と言いながら困っていた。雅哉は泉水とは違う意味で小さく笑っていて、清華はスマホをスクロールしながら検討をしているようだった。こんなやり取りを見聞きしているデイヴィットと職員たちは笑いを堪えていた。しばらくそうしていたがデイヴィットが言う。  「霞真くん。今までは清華さんが秘書の立場を兼任しながら叶城さんをフォローしてきました」  「兼任?」  「そうです。わかりやすく言えば、秘書だけど母親のようにしていたという事です」  「うん」  「でも、今は霞真くんという奥さんがいます。ですから、これからは霞真くん、貴方も一緒に叶城さんと考えていくのですよ。叶城さんが無駄遣いをしそうな時は清華さんではなく、貴方がストップを掛けるのです」  「いいの?僕も決めていいの?」  デイヴィットの話は理解できたようで、霞真は雅哉と清華の顔を見た。  「はい。これからは霞真くんが社長を管理して下さい。もちろん、霞真くんが慣れるまでは私も一緒に考えます」  「う~ん、そうなのかあ。雅哉~、本当にいいの?僕が決めていいの?」  今までは自分の事ですら自分で決められない境遇にいた。それを、これからは自分の事以外に、雅哉の事、お金の事まで考え、決めるのだと言う。  「ああ。これからは2人で色んな事を決めて行くんだよ。――まず最初はこれな。俺は、霞真が気兼ねなくいつも食べられるようにするためにこれが欲しいと思っている。2台」  「えっ?に、2台~?」  「ああ。1台は果物や野菜な。もう1台は魚用。干物もできるって書いてあるんだ。魚に使ってしまうと匂いが付くだろうからな。それで果物や野菜もっていうのはと思ってな」  1台でも高い買い物なのに2台もと言われ、霞真は清華の顔を見た。  「清華さん…」  「そうですねえ。確かにお魚で使ったあとだと、お魚の生臭さが残ってしまって果物にも匂いが移ってしまいそうですね。今回はいいんじゃないですか。果物や根野菜を日々って意外と食べられませんけど、乾燥させてオヤツみたいにすると結構食べられますからね」  「はいなの。雅哉、今回は2台にしましょうなの。僕のためにありがとうなの」  清華の了承ももらい、霞真は雅哉に買う事を伝えた。そして、自分のために大きな買い物をする事にお礼を言った。  「よし決まりな。注文するぞ。清華、家電でも少し大きいからな。いつもみたいに会社宛てではなく、直にマンションに送る」  「かしこまりました」  霞真からOKをもらい、雅哉はすぐに注文をした。  「これでOKっと。霞真、帰ったら楽しみだなあ。みんなでやってみような」  「はいなの~。楽しそう~」  買う事に決まり、霞真はデイヴィットにも話をした。  「良かったですねえ、霞真くん。これから叶城さんと一緒に色んな経験をして下さいね」  「はいなの」  霞真は雅哉との買い物で嬉しさのあまり、デイヴィットや職員に話をしていた。  ―――「では、霞真くん。このあとのものは寝てしまってもいいように身支度をして下さい」  話が一段落して検査の続きを行う。こうして、検査を行いながら会話をしつつ、最後は霞真が眠った状態で行うものを始めた。  「叶城さん。薬を使ったので、このまま朝までは眠っていると思います。私たちはもう少しこちらで見てから退出します。もし、朝起きた時にこれらが外れてても気にしなくて大丈夫ですから。夜中、霞真くんがこれで寝づらそうならば外しても問題ありません」  今、霞真に行っているものは脳の何かを調べているようだった。頭に十数個の小さなパットを付けている。霞真が眠っている間の脳の動きを調べているようだった。  「わかりました。それで、今のところはどうですか?」  「全ての結果が出ないとはっきりとした事は言えませんが、これ以上の変化はないかと思われます。ただ、今回の事は今まで変化が出ないので失敗であったと判断されていたんだと思います。それが変化したわけですから正直、絶対にないとは言い切れません。今後もし何かあった時は、日本側と協力と言いますか、チームを組むという感じで対応していきたいと思っています。――叶城さん。とても不安だと思います。私たちが霞真くんを研究材料にしないかと不安でしょう。しかし、そんな事はしません。これは書類を作ってもいい。そんな事はしませんから、何かあった時は1人で悩まずに相談して下さい」  「ありがとうございます。この先は普通の生活を送っても大丈夫なんでしょうか」  「問題はないでしょう。早瀬さんも奥さんの優くんも子供たちも普通に生活していて大丈夫なようですから」  「そうですか」  「ただ、今までの生活を考えると栄養的には大分、足りないものがありますから色んなものを食べさせて下さい。それと、この先、もしかしたら精神面で何か出るかもしれません。これはここでの事なのですが、年配の方で昔の研究に関わっていた人が不安障害を起こす事例がいくつかあります。何がきっかけかは人に寄るので『これです』とは言えないのですが、そういう方もいますのでお伝えしておきます。その時は焦らず、ゆったりとした生活をして下さい」  「わかりました。色々ありがとうございました」  「いえ。――それでですね。予定と違う事態が起こったので、検査も当初よりも多くなってしまいました。すぐに結果が出るのがほとんどですが、いくつかは数日かかってしまうんです。申し訳ありませんが、あと3、4日程、ここにいてもらう事はできませんか?」  当初は、霞真がこの地に行き来するために対しての条件で来ていた。霞真には戸籍もない。年齢もわからない。それらの手続きができる間にも、この地に来れるようにするために条件付きで許可をもらう予定だった。しかし、霞真の身体が両性になった事で本格的な検査をしなくてはならなくなった。  「結果が出るまではここにいます。しかし、清華と泉水さんは仕事もありますから、残るのは私と霞真だけになります」  「はい。そのように対応します。お2人の帰国日が決定しましたら言って下さい」  「はい」  「そうだ。大事な事を言い忘れていました。霞真くんの年齢ですが、おそらく17~20歳の間で日本人という事です。日本では17歳と20歳では大きく変わるようですが、すみません。いくつと断定はできないんです。これは霞真くんだからではなく、一般の人も同じです。人は生活環境、食生活など人それぞれ違いますから、どうしても数歳の誤差があり、断定はできないんです」  「17~20ですか…」  デイヴィットから霞真の年齢を聞いて、雅哉は肩を落としていた。  「どうしました?」  「イギリスでは18で成人でしたね。日本では20歳なんですよ。結婚などは男は18からですが、親の承諾があればなんです」  「ああ。そうすると17だった場合は犯罪になるという事ですね(笑)」  困っている雅哉とは違い、デイヴィットはクスリと笑っている。  「笑い事じゃないです。そこはずっと考えていたんですけど、政府の青木さんと話していても何も言われて来ないので18以上なんだと思っていました。しかし、もしかしたら17かもしれないですもんね」  「大丈夫ですよ。霞真くんの場合は世界の協定で特例が認められます。それこそ犯罪の疑いがあれば別ですが、霞真くんの場合は問題ありません。私の方でも証人として書類を日本へお出ししますから」  「そんなものがあるんですか?」  「はい。霞真くんのような事が多いんです。早瀬さんの所は実の父親がいますから、ちゃんとした年齢がわかったんだと思いますが、翔くんという子に関しては最後まではっきりしなかったと聞いています。ただ、優くんよりも歳が上という事は確実という事でしたので20歳以上となったそうです」  「そうだったんですか。しかし霞真は17かもしれないのかあ…」  「まだ何か問題でも?」  「17だと私より10も下という事になります。明らかに先に私が老い、先に逝くでしょう。そんな人生に霞真を… …とね」  歳が離れているのは初めからわかっていた。しかし10も違いがあるというのは色々考えてしまう。見た目や話し方は幼く見えても、時折、大人の姿を見せるので20以上、少なくとも18歳以上だと思っていた。そんな霞真に、いかに自分の方が甘えさせてもらっているのかと雅哉は思った。  「それは霞真くんが決める事です。それに貴方がこの世から去るまでにはかなりの時間がありますよ?それまでに霞真くんが困らないように、ゆっくりと準備をしてあげればいいのではないですか?」  〈確かにそうだ。年齢差がどうであれ一緒にいられないわけではない。それまでに準備をしながら2人で楽しく生きて行けばいいのだ〉    「そうですね。問題はそこじゃない。私と霞真がどうありたいかですね」  「はい。もし日本で生きづらかったら、この国に来ればいいです。そうではなくても、霞真くんが1人になる時はここに来ればいいのです。余生をここでのんびり過ごせます。今からリストに載せておきますから」  「そんな事ができるんですか?」  「はい」  「そうですか。霞真と相談してお答えします」  そのあとも、これからの事を話し、気がつくと日付も変わった夜中の1時過ぎになっていて、デイヴィットと職員たちは部屋をあとにした。清華と泉水も話は起きてから改めてとなり、部屋へ戻った。  〈霞真。お前は17~20歳だって。若いな。17、18なら、本当なら高校生で、部活やクラスメイトと色んな所に行ったり、好きな子の話をしたり、ゲームしたりと楽しい時間を過ごすのにな。本当に俺なんかでいいのか?今からでも違う人生を歩むか?〉  みんながいなくなったあと、雅哉はベッドにいる霞真の横に入り、そう思いながら霞真の頬を撫でていた。                 ★  ―――その夜の雅哉は眠れないまま朝を迎えた。霞真を起こさないようにシャワーを浴びる。浴び終えて出てくると、ベッドに座る霞真の姿があった。  「霞真、おはよう。もう起きたのか?昨日は疲れたろうから、もっと寝ててもいいんだぞ」  「雅哉、おはようなの。僕、たくさん寝たよ。雅哉はちゃんと寝た?」  「ああ、寝たよ。少し汗をかいたからシャワーを浴びたんだ。霞真も浴びるか?」  「ううん、平気。それよりも~」  霞真の横に座った雅哉に、霞真はキスを求めた。しかし、昨日の事もあるので抱き締めるだけにした。  「雅哉?」  抱き締められた霞真が疑問に思う。  「雅哉、どうしたの?」  心配そうに霞真が言葉を掛けてくるが、雅哉は抱き締めたまま何も言わない。  「雅哉~」  3度目の霞真の問いに、雅哉は口を開いた。  「あのな霞真、お前の年齢がわかったよ」  「えっ?僕、何歳なの?」  「17~20歳だって」  「そうかあ」  「ああ。でな、17~19だと未成年なわけだ」  「未成年?」  「そうだ。まだ成人してない、大人ではないって事だ」  「ふ~ん。成人してないと何かあるの?」  「まあな。普通なら未成年である霞真と身体を繋げたのは犯罪だ。特に17ならな」  「えっ?じゃあ、雅哉がお巡りさんに連れて行かれちゃうの?そんなのダメなの~。雅哉、悪い事してないの~。僕の旦那さまなのに~」  【犯罪】という言葉を聞いて、霞真が取り乱した。  「霞真、落ち着いて。普通ならそうなるって話だ。でも、俺と霞真の場合は特例で認められるらしい」  「そうなの?良かったの~」  雅哉の一言一言で、霞真の感情が右往左往する。  「まあ、それは良かったんだが。――俺は27だ。霞真が17だとすると10歳離れているという事になる。それに、17歳と言えば高校生で学校に行っている年齢だ。学校の友人と遊んだり勉強したり、色々楽しい時間を過ごす時だ。なのに、こんな年上の俺とだけいていいのかと思ってな。今からでも遅くない、学校へ行って普通の17歳をやってみるか?」  一晩考えた事を霞真に言う。  「学校…。う~ん、どうなんだろう。――僕は学校という所に行った事がないからわからないけど、雅哉が行かないなら行かないの」  「学校は1人で行くものだからなあ。さすがに俺は行けない」  「じゃあ、行かないの。僕は、雅哉と清華さんとお仕事するのね。それに僕は雅哉の奥さんになるから学校へ行く時間はないのよ?これからは、お家の事もできるようにならなきゃいけないし、お料理もできるようにならなきゃいけないの。覚える事がたくさんあるから学校までは行けないの。優くんが、お家の事ってたくさんあって、すぐに1日が終わっちゃうって言ってたのね。だから忙しくなるの。学校は行けないのね」  霞真は、今自分が言った事を楽しみにしているようで、ニコニコしながら話していた。  「霞真、あのな――」  「いいの!雅哉、どうして?何でそんなに言うの?僕は雅哉といちゃダメなの?僕が17歳だと雅哉と一緒にいたらダメなの?」  雅哉が話を続けようとすると、ニコニコしていた霞真が突然、下を向いて大きな声で怒った。  「霞真、そんな…」  「だって、雅哉さっきからそう言ってるのね。高校っていう所に行かなきゃダメなの?僕は雅哉と一緒にいたいの。優くんのように雅哉の奥さんでいたいの!」  「ありがとう霞真。でもな、十代って凄く大切で、その時はわからないんだけど、何年も経ってから大切だったって気づくんだよ。でも、あとでそう思っても戻って来ない。過去には戻れないからな。今はいいかもしれないけど、霞真が今の俺と同じ年齢になった頃、後悔しないかと思っているんだよ」  怒っている霞真に言い聞かせるように話す。  「しない。後悔なんかしないのよ。雅哉が色々考えてくれているのはわかるのね。でも、いいの。――雅哉、あのね。僕たちはどのくらい生きられるかわからないの。ある日突然、何かおかしくなって死んじゃうかもしれないの。でも、おばあさんのようにずっと生きているかもしれない。それは僕たちにはわからないの。だから僕は学校には行かない。雅哉と一緒にいるの…」  そんな話し、デイヴィットから聞いていない。なのに霞真は、それを見てきたかのように話し始めた。  「霞真、それって研究所にいた時に見ていたのか?」  「… …うん。何人も死んだの。白い人たちは栄養が足りなかったって言ってたのね。でも本当の事は僕にはわからないのね。でも僕たちは普通の人間じゃないから、そうなってもおかしくないのね。――今頃お話ししてごめんなさいなの…」  雅哉と出会ってから表に出さなかった、ずっと内に秘めていたであろう事を霞真が話し出す。  「だから今の生活を大切にしたいの。雅哉が思う普通の生き方は僕には要らないの。だって、生まれた時から普通じゃないのだから。でも、ありがとうなの。僕のために考えてくれて」  「――霞真、いつ死ぬかわからないとか言うなよ。普通の人間じゃないとか言わないでくれ。俺を置いて行かないでくれ。な?頼むから俺を置いて逝ってしまうような事を言わないでくれ。わかったから、学校なんて行かなくていい。お前が行きたいと思ったら行けばいいから。ずっと俺の傍にいてくれ。そして、俺の世話を焼いてくれ。だから、だからいつ死ぬかわからないなんて言わないでくれ。お前はエミリーのように長生きするさ。俺が何としてでも長生きさせるから。な?頼むよ霞真…」  雅哉は、霞真の胸に顔を埋めながら声を詰まらせてそう言った。  「ごめんなさいなの。雅哉にそんな顔をさせたくてお話ししたんじゃないのね。でも僕には年齢とか生き方とか関係ないの。僕はずっと研究所にいたの。何もできないままいたの。だから今は雅哉と色んな事できて嬉しいのね。研究所の時よりもたくさん色んな事ができて、色んなものを見られてるの。優くんたちとも、白い人に怒られたりとかしないで好きな時にお話しできる。毎日が楽しいの。だから…。雅哉、そんな顔しないでなの」  「俺は本当に、霞真がこうしてくれないとダメになったな(笑)。朝からごめんな。お前の言いたい事わかったから。俺はもう言わない。もう霞真に普通とか一般はとか言わない。俺たちの事は俺たちだけで考えような」  「はいなの。これからは2人で決めましょうなの。お買い物も清華さんに怒られないように相談して決めるのね。楽しみなの~」  「ああ。2人で相談しながら生きて行こうな」  「うん」  霞真の年齢が17~20歳としても、それを気にせずに一緒に歩んでいく事を2人で約束した。                 ★  ―――今日は外出の許可をもらい、午後から4人で食材の買い物へ行く事にした。夕飯は雅哉が作る和食になっている。  午前中は今出ている霞真の検査結果の説明を受け、霞真の年齢を改めて聞き、清華と泉水に、これからの霞真との事を話した。協会からの許可をもらい、夫夫として共に歩む事も話した。もし途中で霞真が大学などに行きたいと思った時は行かせると伝えた。  「わかりました。私の方でも霞真くんが会社で働きやすいようにフォローします」  「そっかあ。霞真はそんなに若かったのかあ。これからはもっとちゃんと食えよ。じゃないと叶城さんの事、ちゃんとできないからな」  泉水が霞真に言う。  「はいなの。自分でもご飯作れるようになるのね。お兄ちゃん、色々教えて下さいなの」  「――デイヴィットさん。こういう事ですので協会の方への手続きをお願いします」  「はい。協会の方へ届けを出せば、協会の方から日本政府に話が行きます。その時、同時に叶城さんと霞真くんの婚姻が受理される事になります。お2人が認めなければ、仮令、日本政府が何か言ったとしても別れるという事はありません。貴方方の婚姻は日本政府ではなく協会の管理の元、約束されたものですから。それに協会が付くとなれば、お2人は一部の国を除き、世界中の国々へ行かれるようになります。これからはパスポートがなくても協会からの証明を出せば一般の飛行機ではなく、政府専用機での移動も可能になります」  デイビットが言うには、霞真のような者たちを保護するために各国が加入している協会があり、そこで霞真も雅哉も保護対象になると言う。そして、霞真のいたような不当の研究所出身者は、どうしても年齢がわからない事が多い。そこで霞真のように自国の法律上の成人に達していなかったとしても、15歳以上であれば結婚を許可できる事になっている。もちろん、その結婚は恋愛が対象であって、霞真と雅哉のようなカップルにしか適応にならないと細かく説明された。  「ありがとうございます。これからは霞真と一緒に色んな事をしたいと思っています」  と、雅哉がデイビットに話をしていると、霞真が雅哉の腕にしがみ付きながら、  「雅哉と色んな所に行くの~。へへへ~」  と、デイヴィットや職員に嬉しそうに言っていた。  検査の結果の説明を終え、昼食を広間で軽く済ませてから食材を買いに街へ出た。  雅哉と清華は仕事でよく来ている。泉水は今回1人で街に来ている。霞真は2日目の夜に雅哉と少し歩いただけだったので、昼間の明るい時間帯に街を歩くのは初めてだった。見るものが楽しくて仕方がないらしい。各店のショーウィンドウを見ながら『可愛い』『素敵』などの言葉を言っていた。  「霞真、何か欲しいものはないのか?あれば買うぞ」  「ありがとうなの。でも、どれも可愛いの。それに、僕も欲しいのがあるけど優くんたちに買って行きたいの。いい?」  雅哉は、霞真が自分たち以外にお土産を買って行きたいと思える人たちがいるようになって嬉しかった。  「いいよ。俺も早瀬さんや先生たちに買って行きたいからな。でも、お土産は、――霞真と2人きりで買いたいから、あとで2人で来よう」  途中から霞真を自分の方へ引き寄せ、雅哉は耳元で言った。霞真はそれに応えるように、背伸びをして雅哉の耳元で『はいなの』と言った。  「いいですねえ。俺と清華さん、邪魔になってないですか?(笑)」  2人の様子を見ていた泉水が笑いながら揶揄うように言ってきた。  「邪魔だなんて」  「アハハハ、冗談ですよ。しかし叶城さん、良かったですね」  「はい。正直、霞真の年齢を知った時、この先どうしたらいいかと思いました。でもね、霞真が年齢は関係ないと。他にも言ってはくれましたが、その一言だけで俺は嬉しかったんですよ」  「そうですか。霞真がねえ。幼くて、何もわからなくて心配でしたけど、叶城さんに会ってからの霞真は本当に変わりましたよ。よく食べるし、自分を出してくるし。愛とか恋とかわからないと思っていましたけど違うみたいだし」  泉水は歩きながら、今の自分に見えている事を伝える。  「ええ。霞真の方が大人ですよ。いつも俺の方が守られてます。俺の方が…ですよ」  2回目の『俺の方が』の先は言葉を濁した。雅哉が呑んだ言葉は『俺の方が甘えさせてもらっている』だった。  ―――買い物を終え、研究所へ戻る。少し休憩してから厨房を借りて料理を始めた。  「雅哉、僕も何かしたいの。教えて下さいなの」  いつもマンションでは、霞真が風呂に入っていたり、まだ起きていない時間に料理をしていた。今は霞真は起きて一緒にいる。料理をやりたいとアクションをしてきた。  「そうか。じゃあ手伝ってもらおうかな。まずはここにカツオ節をたくさん入れてくれるか」  「はいなの~。ん~、お魚のいい匂い~。美味しそうなの~」  カツオ節の入っている袋を開けて、霞真は匂いを嗅いだ。  「霞真、ほら口開けて。あ~ん」  「あ~ん」  霞真が持っているカツオ節を少し取り、雅哉は霞真の口の中に入れた。  「美味しいの~」  「これをな、炊き立てのご飯にのせて醤油を少しかけると美味いんだ。今日やってみるか」  「うん。食べてみた~い」  「よし。それ1品決まりな。で、このくらい入れて、この水を入れる。しばらくこのままでいいぞ。次、これの皮を剥いてくれるか?これは玉ねぎって言うんだ。茶色い皮がなくなるまで剥くんだぞ」  「はいなの~」  雅哉の横で霞真は玉ねぎの皮を剥く。その間に雅哉は人参、ジャガイモなどを切っていく。  「雅哉~」  自分を呼ぶ霞真の方を見ると、涙目になっていた。  「雅哉~、目が痛いの~」  玉ねぎの刺激で目が痛いらしい。それでも一生懸命皮を剥いていた。  「まずは手を洗ってから目を洗って。大丈夫か?」  「う~ん。でもシパシパするの~」  洗った目を見せるかのように、霞真は雅哉に目をパチパチとして見せた。  「玉ねぎは美味いけど目が痛くなるんだ。美味しいものを食べるには、時々こうやって我慢して作る事もあるんだよ。でも、それがあるから更に美味くなる」  「わかった~。我慢して続きやるの~」  霞真は再度目を洗い、痛みが少し和らいでから続きをした。  鍋に人参を入れ、水を少し入れて火にかける。次にジャガイモ、こんにゃくなどを入れた。根野菜に半分程、火が通ってから肉を入れる。肉も少し火が通ったら、別鍋で作っていたカツオ節から取った出汁を半分入れた。  先に出汁を取ってから、それで煮ていくのがいいのだろうが、雅哉はそれだと何となく出汁の風味が飛んでしまう気がして、このように作る。  鍋が沸騰したので一度火を止め蓋をする。余熱で野菜に火を通すのと、出汁の風味を逃さないようにする。そして、その間に他のものを作った。最後に出汁と野菜の入った鍋を火にかけ、残りの出汁と味噌を入れて豚汁を作った。  「魚ばかりじゃなくて肉もこれで食えるからな」  「はいなの~。ん~、みんな美味しそうないい匂い~」  食事の匂いに煽られているのか、霞真から猫の付属が出て、耳が嬉しそうにピクピクと動いていた。  台にのせて広間へ持って行く。  「お待たせしましたなの~」  広間で待っていた清華と泉水の前に食事を置いていく。  「美味そう~。豚汁ですか。いい匂いって、叶城さん、これって猫まんま?」  豚汁の横に、ご飯にカツオ節がかかっているものがある。泉水はそれを見て雅哉に聞いた。  「はい(笑)。霞真がカツオ節が美味しいって言うので、炊き立てのご飯にのせました」  「いいですねえ。たまにはこういうのも美味しいですよね。しかも叶城さんが選んだカツオ節だから絶対に美味しいでしょ」  「良かったです。今日は霞真に合わせての食事なので、お付き合い下さい」  雅哉は、笑いながら頭を下げた。  「社長、豚汁も具がたくさん入っていて美味しそうです。お浸しもいいですねえ。カツオ節のご飯もいい香りです」  自分たちの前に置かれたものを見て、清華も泉水も喜んだ。  「さて食おうか。玉ねぎは霞真が頑張って皮剥きしたんだよな」  「うん。目が痛くなるの。でも最後までちゃんとやったのね」  「そうですか。良かったですね。社長とお料理ができて」  「うん。これからは僕も作れるように頑張るのね」  そんな話をしながら食事をした。雅哉が思うような食材も手に入り、今や海外でも日本食の材料が手に入る。この国に来る事も多いので、こっちにも住む場所を作るかと雅哉は思っていた。  ―――食事を終え、残ったものは職員用の大型冷蔵庫に(業務用)入れた。こうしておくと、職員たちが食べるのだと言う。こうする事で施設以外の手作り料理も食べられるからだとデイヴィットが言っていた。  「僕たちのお料理、美味しく食べてくれるといいねえ」  「そうだな。日本に馴染みのある人もいるみたいだから、そんな人にはいいかもしれないな」  職員の中にも親や祖父母が日本人という人もいて、日本料理が好きな人もいる。普段はあまり食べられない日本食を作ると噂を聞いて、霞真と料理をしている時に覗きに来た人たちもいた。その人たちが食べられるように、雅哉は敢えて多めに作っていた。                
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