第4章 会社問題

1/1
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

第4章 会社問題

 ―――部屋へ戻り、風呂の用意をしていると清華が来た。  「社長、すみません」  「どうした?」  「急で申し訳ないのですが、明日の夜の便で戻ります。何ですか会社で何かあったようで」  部屋に戻ったところに部下から会社で問題発生の連絡があったと言う。  どういうわけか、ここに来てから次々と事が変化している。霞真の事が落ち着いてきたのに、遠く離れた日本で何が起きたのかと軽い溜め息を吐いてしまった。  「何かって何だ?」  「私にも把握できなかったんです。言っている意味がよくわからなくて」  「今何時だ。向こうだと早朝だぞ。何でそんな時間に」  雅哉は自分のスマホに表示されている時間を見てから、清華の部下に連絡をする。  「――で、結局のところ契約を破棄したいという事なんだな。わかった。相手に理解がないのなら仕方ないだろう。君たちには申し訳ないが、この件でそうなるのなら仕方ないとしか俺は言えないからな。俺の――ちょっと待て、場所変えるから。――清華、ここにいてくれ。外で話す」  「はい」  雅哉は、霞真を清華に頼み、部屋の外へ出た。  「清華さん…。雅哉のお仕事、1個ダメになっちゃったの?」  「残念ですがそうみたいですね」  「もしかして、僕のせい?」  霞真は時々鋭い。話の節々の言葉や表情だけでわかってしまうのか、勘なのか、そんなところがあった。  さっきは霞真がいたのでわからないと雅哉に言っていたが、契約破棄の理由は霞真の噂を聞いたとかで内密に調べていたらしい。そして、霞真が研究所育ちで、しかも同性である事がわかったので契約をやめたいとの話だった。清華は霞真に気づかれないように答えた。  「いえ、違います。仕事ではたまにこういう事もあります。何がきっかけでそうなるのかわかりませんが、根拠のない噂だったり、対応した社員の行動や言動で不愉快にさせてしまったり、中にはこちら側の会社の人間の顔が生理的に受け付けないなどと、仕事に関係ない理由で契約がなくなったりします。ですから霞真くんが気にする事はありません。仕事とはそういうものですから」  「そうなのかあ。何か寂しいの。折角、出会えたのにさよならなの。雅哉は優しいから大丈夫なのに。雅哉とお仕事したらいいのに…」  「そうですね。でも、また何かでお役に立てる時は、その時は一緒にお仕事をすればいいんです」  「はいなの」  清華から話を聞いた霞真だったが何か違う気がしていた。自分のせいで雅哉の仕事がダメになるのだけは耐えられなかった。  電話が終わった雅哉が戻って来た。  「まあ、仕方ないだろうな。あんな理由で何か言われてもなあ。俺の私生活と仕事を混合されても迷惑なだけだ。破棄で構わん」  「そうですか。わかりました」  「ああ」  「とりあえず私は明日の便で帰国します」  「悪いな」  「いえ」  話を終えると清華は部屋へ戻って行った。霞真は、もう少しゆっくりしてたいと言い、雅哉は先に風呂へ入った。その間に霞真は、雅哉のスマホの履歴とメモをした手帳を見た。こんな事をして雅哉には悪いと思いながらも、自分のせいではないかと、どうしても気になったのだ。そして、それを持って部屋から出た。園庭まで行き、雅哉が最後に話をしていた清華の部下へ電話をした。  「はい。社長、如何されましたか?」  雅哉のスマホなので、相手はそう電話を受けていた。  「あの…、すみません。僕、霞真です。う~んと、雅哉の…、えっと…」  「あ、はい。社長の奥さまですね?」  霞真は自分をどう名乗ったらいいのかわからなかった。電話の向こうから『奥さま』と言ってくれる。  「はいなの。ごめんなさいなの。教えて下さい。――雅哉の、ううん、社長の電話のお話し、僕のせいでお仕事なくなっちゃったのですか?」  霞真が言うと、清華の部下はすぐには答えずに間を置いてから答えた。  「違います。奥さまのせいではありませんよ。契約内容の食い違いです」  「本当…ですか?嘘はイヤなの。本当の事を教えてなの…」  「ですから、奥さまとは関係ありません。ご心配なさらないで下さい」  「でも…」  霞真と清華の部下で話をしていると、雅哉の声が聞こえた。  「霞真、何してる?」  「あっ、雅哉…」  雅哉の声がする方へ顔を向けると、いつもと違う表情をした雅哉が早足で霞真の方へ向かって来る姿が見えた。  「俺のスマホで誰と話してるんだ?」  「何でもないの。ごめんなさいなの。僕のスマホ、電池ないから雅哉の借りたの」  「違うだろ?貸して」  スマホを握り締める霞真に手を伸ばす。  「ダメなの。まだお電話中なの」  「じゃあ、こんな遅くに誰と話してるんだ?優くんか?でも日本はまだ朝の6時くらいだぞ。そんな時間に霞真は電話をしたのか?」  「ん~、でもダメなの。――もしもし、ごめんなさいなの。でも本当の事を教えて欲しいの。僕のせいでお仕事ダメになったんでしょ?ねえ、教えてなの。本当の事教えてなの~」  「言うな。これは企業秘密の案件だ。言うなよ。霞真貸して。霞真、返しなさい」  霞真の話す内容を聞きながら、雅哉は電話の向こうの人間に叫びながら霞真の元へ走り、スマホを奪おうとする。  「イヤ~。ダメだもん。みんな、本当の事言ってなの~。僕に嘘言わないでなの~」  雅哉と霞真でスマホを取り合っていると、スマホは2人の手を離れて地面へ落ちた。すかさず雅哉は走り、スマホを拾った。  「俺だ。申し訳ない。唯でさえゴタゴタしているところに妻が迷惑を掛けた。例の件、頼むな」  「はい。――あの~、社長?無礼を承知で申し上げます。奥さまに本当の事をお話しした方がいいですよ。聞けばショックを受けるでしょう。でも、そんな事も一緒に背負いたいんですよ、きっと。社長が背負う色んな事を、奥さまも一緒に背負いたいんだと思います。じゃなきゃ、こんな事しないと思います。お2人でちゃんと話し合って下さい。奥さまには、奥さまとは関係ないと言ってあります。本当の事を社長からお話ししてあげて下さい。奥さまなら大丈夫です。社長と一緒に乗り越えますよ。何かあれば私も力になりますから。では、電話を切ります。社長、頑張って下さい。では」  清華の部下は、そう言って電話を切った。  〈清華の部下であるな。こんな俺に頑張って下さい、か〉  そう思いながらスマホをポケットにしまい、雅哉は霞真を見る。雅哉が見ると、霞真は下を向いたまま言った。  「ごめんなさいなの。でも、本当の事が知りたかったの。僕のせいで雅哉のお仕事がダメになったら困るの。そうだったら… …」  悲しそうな顔をしながら話をする霞真の前まで雅哉が行く。霞真の頭を優しく撫でながら言った。  「そうだったら、また別の会社にアタックするだけだ」  そう話す雅哉を霞真は顔を上げて見た。  「ごめんなさいなの。僕、その会社さんに行ってお話ししたい。僕がいなければ雅哉とお仕事してくれますかって聞きたいの」  「そうかあ。霞真はそうして俺から離れようとするんだな?」  「ち、ちが――」  「そうかあ。じゃあ俺は会社を辞める。霞真が俺から離れてしまうなら会社を辞める。霞真が離れてしまう理由の会社なんか要らないからな」  雅哉は、真っ直ぐ霞真の目を見て言った。  「雅哉…」  「なあ、霞真。俺な、ずっと会社中心の生き方をしてきたんだ。でもな、霞真と出会って顔を上げて周りを見た時〈俺は何をしていたんだろう〉って思ったんだ。もちろん仕事は好きだし、自分がやればやった分だけ目に見えての成果が出る。でもな、霞真と一緒にいるようになってから、食べるものは美味いし、毎日笑ったり愛おしかったりして今までよりも色んな感情が出てきた。それって凄く大切なんだと思ったよ。――花や植物は生き物。愛おしく、大切だと思っていなければ育たない。この仕事をずっとしてきたのに霞真と一緒にいるようになってからなんだ理解したの。今までは口ではもっともらしい事を言っていたが、実際は表面上、参考資料上だけだったんだろうな。――それを教えてくれた霞真と、そんな霞真と俺の仲を理由に仕事の是非を問う相手は俺から願い下げだ。俺の大切な者を邪険に扱う者など、この仕事に必要ない。生き物全てを愛おしむ心を持たない相手とは仕事をする必要はない。だから、霞真が心を痛める必要はないし、ましてや俺から離れる事は許さない」  話している間も、霞真をジッと見据えたままでいた。  「ありがとうなの。でも悲しいの。折角その人と雅哉が出会えたのに、お仕事できないままさよならなの」  「霞真は優しいな。でも、今色々言っても伝わらないだろう。そうとしか感じてないだろうから。いつかきっと、何かでまた一緒に仕事ができたらいいと思うよ。その時は俺たちを受け入れてくれるようになっていて欲しいと思う。――イヤな思いをさせてごめん」  霞真に近づき、強く抱き締めた。  「ううん。僕こそ、ごめんなさいなの。僕のせいで…。僕のせいで…アァァ~、雅哉~、僕、僕も雅哉と同じが良かったの~。雅哉と同じ人間でいたかったの~。アァァァ~」  霞真は雅哉の懐で大きな声で泣いた。今まで生きてきた中での思いを全て吐き出すかのように泣いていた。雅哉は『そうだな。でも、この霞真だから俺と出会えたんだと思う』と背中を擦りながら言った。  どのくらい霞真は泣いていたのだろう。かなり長い時間泣いていた。泣き疲れた霞真は、雅哉の懐に入ったまま眠ってしまった。雅哉は霞真を抱き上げて部屋へ戻った。霞真の服を脱がせてから寝かせた。清華に、さっきまでの出来事を話し、今から寝る事を伝え、朝は10時頃になっても起きなかったら起こして欲しいと話をした。そして雅哉も服を脱ぎ、裸のまま霞真を抱き締めながら眠った。  ―――「社長」  清華の声で目が覚める。  「ん~、もうそんな時間か…」  「もう少し寝ててもいいのですが、社長が仰っていましたので一応、起こしに来たのですが…」  「いいんだ、ありがとう。昨日の事だけどな、あいつに任せる事にする。清華は心配だろうが、このまま一緒にここにいてくれないか?俺のためというよりも霞真のためにお願いしたい。あとで説明をするが、おそらく霞真も清華がいた方がいいと思うんだ」  きっと霞真は目を覚ましたあと、自分と気まずいと思うだろうと雅哉は思った。昨日の電話の感じであれば今回の事はあの者に任せてもいいと感じた。その代わり、清華には霞真のフォローをお願いしたかった。  「かしこまりました。今回の件は、あの者に任せる事にします。では、もう少しゆっくりして下さい。その間に私は、あの者と打ち合わせをしてきます」  「ああ。起きたら連絡する」  「はい」  清華は部屋を出て、自室へ戻った。雅哉はベッドへ戻り、霞真を抱えて再度眠りについた。                 ★  「雅哉…。ごめんなさいなの」  目を覚ました霞真が、後ろから抱きかかえている雅哉の方へ向きを変え、ギュッと背中に手を回しながら小声で言った。  「僕はどうしたらいいの?このまま一緒にいていいの?雅哉のお仕事の邪魔にならない?」  「――邪魔になんかならないよ。寧ろ、一緒にいてもらわないと仕事にならない」  霞真が手を回した感触で雅哉は目を覚ましていた。自分に抱きついている霞真を同じようにした。  「ほんとにいいの?僕がいていいの?」  「今の俺に霞真がいない状態で何かできると思うか?」  「うん…。ありがとうなの…。雅哉、大好き…」  「俺も霞真が大好きだ。愛してる。だから、もう少し眠って」  「はい」  雅哉は、昨夜の事を気にしている霞真をなだめるように、背中をさすりながら、もう少し眠るよう言った。  霞真が再度眠りについたのを確認してから、雅哉はベッドを降り、持っているノートパソコンを開いた。ここに来てから一度も開けていない。いない間の会社の業績などを見る。今のところ、特に問題はない。霞真との事は何処から漏れたのか雅哉は考えていた。   〈まあ、目に入らないだけで霞真をずっと見て調べていた奴くらいはいただろうしな。3年も1人で公園にいたんだ。何処かの記者なりがずっと追っていたんだろう〉  雅哉はそう思う事にした。  〈きっとこの先、自分たちにもっと近づいて来るかもしれない。それでも言いたい奴には言わせておけばいい〉  そして覚悟をした。  パソコンでメールを打つ。     『3年前のある事件を覚えているだろうか――――』  書き出しをこう書いた。その先は、その研究所で育った霞真と現在既に生活を共にしている事。霞真は同性である事。年齢は17~20歳であるが結婚を考えている事など、自分の気持ちを書いた。そして、このような状況を理由に1社から契約破棄された事を書いた。そのような上司である自分について行けない、会社を辞めたいと思うのなら自主退職を受け付けるとした。もちろん、それ相応の金額の退職金を支払う事を約束した。もしかしたらこの先、マスコミ騒ぎになるかもしれないという内容も書き加えた。それでも、この会社で仕事をしたいと思う者だけ残って欲しいと書いた。最後に、自分勝手を許して欲しいと謝罪をした。そして、向こうでは夜の9時近かったが、明日読んでもらえればいいかと、そのメールを清華にすらも確認しないまま送信をクリックした。これで数秒後には雅哉の会社の全社員に送信される。メール画面のまま目を閉じていた。  数分経った後、一斉にメールの返信が届く。向こうは夜なのにとも思ったが、今は会社用のスマホにアプリを入れ、PCと両方で見られる。だからかすぐに返信をしてくれたようだった。それを1通1通開けて読む。数人、マスコミに追い掛けられたりは怖いからと退職を希望する人がいたが、ほとんどは『仕事には関係ありません』や『社長、おめでとうございます。お幸せになって下さい』など、温かい一言を添えて返信をしてくれていた。最後の方に清華からの返信があった。  『社長、こういう事は相談して下さい。私はずっと社長の傍にいたのに声を掛けてくれないのは寂しすぎます。もっと頼って下さい。そして、おめでとうございます。どんな時も社長と霞真くんのお力になりたいと思います』  そう書いてあった。清華の事なので離れて行くとは思ってはいなかったが、改めて文字で、今まで同様、力を貸してくれると言われると雅哉は嬉しかった。霞真の事も、まるで親戚の子や歳の離れた弟のように見守っていてくれるのがわかる。そんな清華からのメールの返信は雅哉には大切に思えた。  社員たちへの返事を送り、清華には別に返事をした。  1つ大仕事を終え、一呼吸し、霞真と出会った日から今日までの事を思い出す。霞真と出会って2ヶ月経っているかどうか。こんなにも短い時間で一生を添い遂げようと思える相手が本当にいるとは思わなかった。これが合っているのか間違っているのかわからない。しかし、恋の病を発病する程、子供ではない。自分の年齢と経験を考えると、これが単なる恋の病ではない事くらいはわかる。霞真の年齢を考えると、自分がやっている事が間違っていないか誰かに答え合わせをしたくなる事もある。だが〈自信を持とう〉〈自分には霞真以外は考えられないのだから〉と思い直し、自分の信じる道を進む事に決めた。  ―――時計を見ると午後の3時少し前だった。気持ち良さそうに眠る霞真の傍まで行く。ゆっくりと腰を下ろし、霞真の頭を撫でながら起こした。  「おはよう、霞真。そろそろ起きようか」  「ん~。雅哉、おはようなの~」  「おはよう。起きれそうか?」  枕に顔を押し付け、ウニャウニャとしている霞真の顔を覗き込む。  「雅哉~」  霞真は、自分の顔の傍に雅哉の顔があるのがわかる。雅哉の名前を呼びながら雅哉の方を向き、両手を首に回した。  「ん?どれどれ、このまま起こしていいか?」  「うん」  雅哉は霞真の背中を支えながら起こした。そのまま自分の足の上に座らせ、抱き締めるようにした。  「昨日はごめんなさいなの。雅哉のお電話勝手に使ったり、会社の人にお電話したり…」  寝る前に起こった事を霞真は謝った。  「それは気にしなくていい。でも、霞真はこんな衝動的な事もするんだと驚いた(笑)」  「だって~」  「うん。色々心配してくれたんだよな。ありがとう」  「雅哉、怒らないの?」  「そうだなあ。怒る必要があるとすれば、あんな早い時間に電話したら、あの社員の寝る時間がなくなってしまうな。だから相手の事も考えてからにしないとダメだろ?それだけだ」  「はいなの。ごめんなさいなの…」  「うん。わかればいい。さて、霞真は顔を洗っておいで。そして着替えて食事に行こう」  霞真に部屋から出る支度をさせ、その間に雅哉は清華に連絡をした。広間で集まる事にした。  ―――「叶城さん、こっちこっち」  広間へ行くと、先に来ていた泉水が手を振りながら呼んだ。  「お待たせしました。清華は?」  「電話が入ったから場所を変えて話に行ってます」  「そうですか」  「会社、何かあったみたいですね。大丈夫ですか?」  「ええ、まあ。でも、よくある事なので」  泉水と雅哉が話をしている横で、いつもなら元気に何かを言ってくる霞真が何も言わないまま静かに座った。  「霞真、どうした?何かしょぼくれてんなあ」  「う~ん…」  「叶城さん、霞真どうしたんですか?」  泉水が霞真に聞いても、霞真は何も答えない。  「夕べ、ちょっとありましてね」  「聞いても?」  「もちろん。ただ、清華が来てから泉水さんだけじゃなくて霞真にもちゃんと聞いてもらおうと思います。――霞真、それでいいか?」  「うん」  まずは、昨夜の食事から何も口にしていない霞真にホットミルクを頼んだ。そこに少し砂糖を入れ、甘くしてから霞真に渡す。  「霞真、これを先に。温めにはお願いしたけど、気をつけてな」  「うん」  雅哉にミルクの入ったカップを渡され、言われた通りにフーフーして気をつけながら飲んだ。  「ふう~。甘くて美味しい~」  「そうか。良かった」  霞真のミルクを飲む姿を愛おしい目で見ている雅哉。その雅哉を見ている泉水。そんないつもと違う変わった空気の中に清華が戻って来た。  「みなさん、どうかしましたか?」  いつもと違う空気を感じ、清華が聞いた。    「いや、特には。泉水さん、清華、食事のあとに聞いて欲しい話があるんだ」  雅哉は昨夜の事、霞真とのこれからの事を改めて2人に話をしようと考えていた。  すると雅哉の一言を聞いて、霞真は持っていたカップを置いた。  「清華さん、昨日はごめんなさいなの。清華さんの部下という人に勝手にお電話したの。ごめんなさい。あと、僕のせいで、雅哉のお仕事の人、ダメになっちゃって…。僕のせい…」  霞真は清華に頭を下げながら涙を見せた。  「霞真くん?泣かないで下さい。その事はあとでお話ししましょう。昨日の食事から何も食べていないのですから、まずはご飯を食べましょうね。さあ、霞真くんは何がいいですか?社長も食べていないのでしょ?何しますか?」  清華は、霞真の頭を撫でながらメニューを見せていた。  「そうだな。俺はパイのスープでも頼むか。あとパンとサラダ。霞真は何するんだ?」  清華に合わせて、雅哉もメニューを見ながら霞真を落ち着かせた。  「泉水さんは何します?」  「そうですねえ。俺も叶城さんと同じ、パイのスープを頼もうかな」  「では、注文をしてきますね。霞真くん、一緒に行ってもらえますか?」  清華は霞真の手を引いて厨房の方に行った。  「泉水さん、すみません。あとできちんと話をしますので」  「いいんですよ。さっき霞真を見た時から変だなあとは思っていましたから。あいつ、何かしたんでしょ?」  「ええ、まあ。でも悪気はないんですよ。それに、その話を聞いたら泉水さんだって、霞真のやった事に納得します」  「そうなんですね」  「はい」  雅哉と泉水が話をしていると、注文をしてきた霞真と清華が戻って来た。  霞真はまだ元気がない。雅哉が自分の真横に霞真をずらし、そのまま肩を抱き寄せると、霞真は『やっぱり僕、お部屋に戻る』と言い出した。  「どうした。お腹、空いてるだろう?ちゃんと食べないとな」  「でも…」  霞真の様子を見て、泉水が言う。  「なあ、霞真。俺はわからないけど、お前が何かやった事は、お前が一生懸命になっての事だろ?それに、その事については叶城さんと話ができてるんだろうし。まずは食事をしてからだ。な?」  泉水の言葉に霞真は頷いた。しばらくして食事が来た。  「霞真は何を頼んだんだ?」  静かなままの霞真に雅哉が聞いた。  「最初の日に清華さんが食べてた、お魚のフライの頼んだの」  「そうか。食べたいものがあるのは良い事だ」  「うん。雅哉のそれな~に?」  「これか?これは、スープにパイで蓋がされているんだよ。この間も食べたろ?食べるか?」  「うん」  こんなところが霞真らしい。食べるものがあると意思表示をしてくる。そんな霞真の行動が雅哉には可愛くて仕方がない。  「ほら。熱いから冷まして食えよ」  「はいなの。いただきます」  雅哉に分けてもらったスープを食べる。  「美味しい。お野菜が凄く柔らかいの」  「良かった。たくさん食べろ」  「うん」  元気のなかった霞真が食事を始めたので、清華も泉水もホッとしていた。  食事を終え、厨房にコーヒーや紅茶などを雅哉の部屋へ持って来てくれるように頼んでから4人は広間を出た。  部屋へ戻り、少し経つと広間で注文してきたものが届いた。それをテーブルに置き、銘々に支度した。  みんなが飲みものを何口か口にしたのを確認してから雅哉が話を始めた。  「昨夜の話なんだが、改めて話をしたい。――話の内容は、うちと取引をしている、ある会社からの契約破棄の話が来た事。その理由が、俺が霞真と暮らしている事。その霞真は3年前に問題になった研究所で育ったという事。俺と霞真が同性である事など。俺と霞真の仲を知ったという理由での破棄だった」  「やっぱり…。やっぱり僕のせい…」  雅哉が話を一気に話すと、霞真が自分を責めた。それに、清華が答える。  「霞真くん。それは違います。今回のように個人的な内容での契約破棄を申し出てくる場合、あちらの不具合での事が大きいです。例えば、他の会社に弱みを握られて、そちらと取引をしなければならない場合。あとは、こちらの提示した条件をどうしても呑めない場合に、こちらの弱みを握ったかのように見せかけて、自分たちの言い値で契約をさせようとする。そういった事がほとんどです。ですから今回もその類だと思います。部下に調べさせたところ、あちらの会社の業績が突然落ちたようですから。それで誰かを使って社長の周りを調べたのでしょう。決して、霞真くんのせいではありません」  「でも…」  「霞真。お前の言いたい事もわかっているが、まずは話をさせてくれ。清華も」  「はい」  「はいなの」  雅哉は話を続ける。  「まあ、そんな事があって少しバタついた。霞真には黙っていたんだが、傍にいるから何となく不審に思ったんだろう。俺の目を盗んで、俺のスマホとメモを持って外で最後の履歴に残っていた部下に電話をして、本当の事を聞き出そうとしたんだ」  雅哉の話を聞きながら、霞真は下を向く。  「へえ。霞真も思い切った事をしたもんだ」  「そうなんですよ、泉水さん(笑)。俺も驚きました。霞真がこんな衝動的な行動をするのかと思って。ちゃんと成長していると感じました」  「えっ?」  泉水と雅哉の会話を聞いていた霞真は、2人は怒るどころか自分の成長を喜んでくれているような事を言ったので驚いた。  「なあ、霞真。叶城さんがお前を怒らない理由わかるか?」  驚いた霞真に泉水が説明を始めた。  「ううん。わかんない」  「叶城さんが怒らないのは、世間を知らない、他人と関わって来なかったお前が自分の意思で動き、どうにかしようとしたからだと俺は思うんだけど。――どうです?叶城さん」  泉水は、霞真に自分が感じた事をゆっくりと話す。泉水に問われた雅哉も答える。  「泉水さんには隠せないなあ(笑)。そうです。俺と出会って、清華と出会って、少しずつ表の世界を歩き始めた。まだ慣れなくて、何をするにもビクビクしている霞真が、初めてこんな大きな行動に出たんです。しかも俺を守ろうとして。もちろん、部下も驚いたでしょう。まさか俺のスマホから数回しか会った事がなく、正式に紹介されたわけでもない霞真が電話相手だったんですから。でもね、部下も丁寧に説明をしていたんですよ。まあ、本当の事は言えなかったようですが。そんな感じでした。そんなやり取りをやって見せてくれた霞真を俺は怒れないですよ。寧ろ、嬉しかった。自分の身よりも俺を守ってくれた事が。そんな事もできると見せてくれた事が…」  雅哉は話をしながら嬉しそうな表情を浮かべ、霞真の頭を撫でた。  「霞真、お前が気にするのもわかる。自分の事が話に出たんだからな。でもな、酷な事を言うようだけど、それは一生ついて回る」  泉水の言葉で、下を向いていた霞真は顔を上げ、目を大きく見開き、泉水を見た。  「そんな顔すんな(笑)。心配しなくていい。一生ついて回る事は仕方のない事だろ?だって事実なんだから。でもな、それをお前1人で乗り越えるわけじゃない。必ず、お前の横には叶城さんがいる。清華さんがいる。俺がいる。だから気にするな。今回のような謂れをされたとしても『だから何だ。そのくらいの事を気にして仕事もできないような奴なのか』と思ってやればいい。『そんな小さな事でガタガタ気にするような会社とは、僕の雅哉と仕事をする程にもない会社だ』と思ってやればいい。叶城さんは仕事のできる人だから、今回のような胆の小さい相手なんかとはつり合い取れないだろ?自分のせいでも、もっと胸を張れ。胸を張って叶城さんの横にいろ。わかったか?」  泉水が珍しく熱く話をした。いつもなら一歩引いた感じでいるのに今は違う。雅哉はそれに対しても嬉しかった。清華も泉水が話しているのをジッと見ながら聞いていた。  「はいなの。そうなのね。僕が研究所にいた事はどうにもできないの」  「そうだ。どうにもできない。だったら『だから何だ』と言ってやればいい」  「はいなの。――雅哉、清華さん。そう思っていい?」  泉水に返事をした霞真は、少し不安そうな顔をしながらも、雅哉と清華に答えを求めた。  「もちろんです。霞真くんの生い立ちは、霞真くんのせいではありません。それに、どんな生い立ちかなんて我が社には問題ではありません。我が社の仕事を愛してくれていればいいんです。霞真くんの場合は、それに社長が含まれますけど(笑)。社長と会社を愛してくれていればいいです」  「ありがとうなの。僕は、雅哉が好きです。ずっと傍にいたいの。雅哉のお仕事も好きです。お花さんたちを大切にしたいの。それでね――」  霞真が清華に答えていると、突然、雅哉が大きな声で霞真の話を制止した。  「わぁぁ、霞真ストップ、ストップ。あんまりその辺りを言わないでくれ」  急に大きな声を出した雅哉に3人が見る。  「叶城さん?」  「社長?」  「???」  「ごめん。でも霞真に先に言われたくないんだ。ごめんな、霞真。その先は俺からの話を先にさせてくれ」  霞真に伺いを立ててから話し始めた。  「泉水さんも清華も既に知っている事だけど、改めて話を聞いて下さい。――俺と霞真は出会って、まだ2ヶ月経ったかどうか。でも、出会った瞬間に離したくないと思った。理由はわからないけどそう思ったんだ。そのあとすぐに、ただの人間じゃないと知った。それでも、それを気持ち悪いとかイヤな感じは一切なかった。寧ろ、俺にしか見せないでくれと思ったんだ。そして、その時には霞真の年齢の事が頭に過った。早瀬さんの奥さんの優くんがまだ22とか23だったから霞真は未成年じゃないかって。でも、それなら霞真が成人するまでは大切な同居人のままでもいいかと思った。まあ、表向きだけど。そして、ここに来て両性であるとわかった。それに対してもマイナスには考えなかった。同性だけど俺と霞真の子が未来には存在するのかもと思った。嬉しかったよ。神様からの贈り物かと思ったくらいだ。――俺、神なんて行事の一環くらいにしか思ってなかったんだよ。初詣とか仕事の何かで、上手くいきますようにとかそのくらい。神頼みってやつですね。本当、そのくらい。でも、霞真と出会ってからは違うんです。霞真の笑顔が見られるのも、可愛い寝顔が見られるのも、全て神様からの贈り物に思える。だから霞真の何もかもが嬉しい。結局、何が言いたいのかと言うと、俺にとっての霞真はとても大切な存在なわけで、霞真のような者を守るための協会からも結婚に対しての許可が下りるので、先程、会社の全社員にメールを出しました。霞真という存在がいる事。俺と霞真の関係の事で取引が1つダメになった事。それでも俺は霞真と一緒になりたいという事。そして、こんな俺の下で働けないと思う者は自主退職をしていいと。それに見合った退職金は出すとメールをした。数名は、先程話した会社とのような事があって、もしマスコミに付きまとわれたら怖いから退職するという人がいましたが、ほとんどが仕事と関係ない事だから、このまま会社に残ると返事をくれました。それどころか、霞真との事を応援すると。――そういう事です。今現在までの出来事は。これが昨日から起こっている事と俺の気持ち全てです」  雅哉の話が終わると3人は一点を見つめていた。雅哉も何も言わずに3人の誰かの口が開くのをじっと待っていた。  最初に口を開いたのは清華だった。  「社長の気持ちはわかりました。私は貴方に付いて行くだけです。会社を去ってしまう者の事は寂しいですが仕方のない事です。社長が霞真くんを第一に考えるのと同じで、その者にも家族がいるでしょう。それを考えたら止める事はできません。社長が思っているように対応したいと思います。それと霞真くんとの事。私はいつまでも2人のお傍で仕えます。お子さんができたら、そのお子さんにも仕えさせて頂きます」  「ありがとう、清華。君がいてくれたら俺だけじゃなく、霞真も安心するからな」  「叶城さん、霞真。俺もずっと傍にいたいと思いますし、仕事面でも協力をしたいです。退職を希望している社員さんで次の働き口が見つかるまでのバイトとか探すなら、うちで良ければ働いてもらいたい。昼のランチの時間は手が足りないんですよ。一時でも働いてくれる人がいるのなら有難い。ですから、その辺りも協力させて下さい」  「泉水さんも清華もありがとう。――霞真。俺の気持ちはわかってくれたか?霞真、改めて言う。俺とずっと一緒にいて欲しい。俺と人生を共にして欲しい。この先、何があってもお前を守っていきたいし、霞真、俺を守ってくれ。俺と家族になってくれ」  清華と泉水の前での完全公開プロポーズになった。雅哉は真剣に話をしたが、清華と泉水はニヤニヤしながら、その様子を見ていた。  「あの…。雅哉?」  「ん?」  「僕でいいの?」  「霞真じゃなきゃダメなんだ」  「うん。でも…」  「でも?」  「僕、男の子だし、年齢よりも子供だし、お話しの仕方、変だし。――でもね、雅哉の事、好き。大好きなの。一緒にご飯食べたいし、一緒にお話しもしたい。一緒にお仕事もしてみたいし、一緒に清華さんに怒られたい。それに、それに雅哉の赤ちゃん欲しいの。雅哉と一緒に欲しいの。だから、だから、僕も家族になりたいです!」  霞真は、いつもの話し方と違う、しっかりとした言葉で自分の気持ちを言っていた。雅哉の目を真っすぐ見ながら大きな声で言った。  雅哉は霞真が話をしている間、息が止まっていたのだろう。霞真の答えを聞いて少し経ってから息を吐く声がした。  「はぁ…。ありがとう、霞真。そう答えてくれてありがとう」  そう言うと、霞真の前に立ち、抱き締めた。そして霞真の耳元で小声で言う。  「あ~、緊張した。断られたらどうしようかと思った。ありがとう」  雅哉の言葉を聞いて、霞真は雅哉の首に手を回し、同じように雅哉の耳元で小声で言った。  「雅哉、僕こそ、ありがとうなの。雅哉、大好き。愛しています。へへッ」  言葉の最後は照れてしまったのか、可愛く笑っていた。  2人の様子をしばらく見ていた清華と泉水。お互いに顔を見合わせ、この2人も良い雰囲気になっていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!