第5章 帰国・雅哉の留守番とその後

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第5章 帰国・雅哉の留守番とその後

 ―――それからもう数日、研究所にいたが、両性に関しての事以外には問題がないとわかったので日本に帰国する事になった。  霞真の年齢の事や海外に行く事を考え、雅哉と霞真は協会へも登録をし、保護対象となった。もちろん途中、村岡先生や早瀬にも相談をした。早瀬の場合は静かに暮らしたいを理由に、最低限の関りしか持たないと考えているようで、協会に登録もしていなければ研究所ともあまり交流を持たないとしているようだった。雅哉たちは仕事でどうしても世界中を(特に研究所、協会のあるイギリス)行き来するのと、霞真の突然の両性体を考え、保護対象にしてもらった。清華と泉水に関しても家族扱いで、色んな面で便宜をはかる事ができるようにしてもらった。  「デイヴィットさん、色々ありがとうございました。何から何までお世話になってしまって」  「いえ。こちらこそ、度々美味しいものを作っていただきまして。豚汁、職員にも好評で広間でも出す事にしたようです」  「そうなんですね。喜んでもらえて良かったです」  「霞真くん、お疲れさまでした。色んな検査、イヤだったでしょ?なのに文句も言わずにありがとうございました。お身体、大切にして下さい。わからない事、不安な事があったらいつでも連絡をして下さい。すぐに対応をしますから」  「ありがとうございますなの。僕、女の子の身体がよくわからないから。でも多分、大丈夫なの。雅哉が知ってると思うのね。村岡先生も一ノ瀬先生もいるし。でも、みんな男の人だから…。その時はよろしくお願いしますなの」  『雅哉が知ってると――』のところで、霞真はチラッと雅哉を見た。霞真に見られた雅哉は「えっ?」という顔をし、それを見ていた清華と泉水、デイヴィットはクスッと笑っていた。  「清華さん、泉水さん。こちらにいらした時は是非、顔をお見せ下さい」  「はい。社長と霞真くん同様に特別対応をして下さってありがとうございました。またお世話になると思いますが、その時はよろしくお願いします」  「デイヴィットさん。俺にまでありがとうございました」  「泉水さん。貴方は大切な兄だと霞真くんが言っていました。貴方がいなければ生きていなかったと。これからも霞真くんの力になってあげて下さい。――清華さん、何かあったら連絡をお願いします。霞真くんをよろしくお願いします」  「「はい」」  デイヴィットや他の職員たちと別れの挨拶をして、研究所を後にした。  空港に着き、荷物検査をして飛行機に乗った。行き同様、離着陸で霞真の猫部分の毛が逆立ち、耳が変と言っていたが、無事に日本へ戻って来た。空港から政府の車を支度すると申し出てくれたが、帰りに食事を済ませたりもしたかったので今回は断る事にし、日を改めて報告日を設けてもらう事にした。  途中、食事をして泉さんを送り、3人は雅哉のマンションに戻った。  「はぁ~、長かったなあ。さすがに10日以上となるとくたびれるなあ。清華も申し訳なかった。君にもプライベートがあったろうに」  「ないですよ?私は会社と社長の事で毎日が終わっていくので。別にお付き合いしている方もいませんし、元々、家族とも付き合いはないですし。唯一の友人の泉水さんも一緒でしたし。くたびれましたけど楽しかったです。エミリー夫妻にも会えて。仕事ではなく旅行って感じで楽しかったです」  「それならいいが。君も少しはプライベートを作ったらどうだ?」  「はい。そうですね。社長を見ているとそう思います。でも、今のところは泉水さんと友人として楽しくお付き合いしていますし、霞真くんもいますしね。今までが今までだけに、急に何人もは追い付かないので。あっ、でも最近は多田さんともお話しをするんです。霞真くんのおかげで友人が増えているんですよ」  清華は嬉しそうに雅哉に報告するように言った。  「それならいいが。――そうだ。清華は今日はどうするんだ?ここに泊まっていくか?それとも自宅に帰るか?」  「そうですねえ。今夜は帰ります。部屋の空気も入れ替えたいですし。それと、もう数日お休みを頂いてもいいですか?お休みと言っても会社の方なんですけど。その代わり、こちらには来ますので」  「ここも無理しなくていいんだぞ。家でゆっくり休んでくれ」  「いえ、そうではないんです。霞真くんとちょっとお約束がありまして」  「霞真と約束?」  「はい」  自分の知らない間に、そんな何かの約束をしていたのかと雅哉は2人を見た。  「あのね、清華さんと優くんとお出掛けするの。3人でね、行く所があるのね」  霞真が嬉しそうに言う。霞真が嬉しそうなのは雅哉にも喜ばしい事だが、自分が一緒ではないと思うと少し嫉妬心が出る。  「そ、そうか。まあ、疲れているんだから無理するなよ…。そうかあ。2人は出掛けるのか…」  「雅哉?」  雅哉の言葉に霞真が不思議そうな顔をした。  「ん?」  「雅哉、疲れちゃった?もう寝る?」  「いや、まだ寝ないなあ」  それを見て、清華がクスッと笑った。  「笑うな」  「すみません(笑)。でも、急で申し訳ありませんが、今回は」  「まあ、この休暇が終われば、また仕事に追われるからな。気にせず霞真と出掛けてくれ」  「はい。では、霞真くん。明後日来ますね。そうですねえ、10時頃お迎えに来ます。そのあと、優くんをお迎えに行きましょうか」  「はいなの。明日、優くんに連絡するのね」  「お願いします。じゃあ、今日は帰ります。何かあれば連絡を下さい。社長も霞真くんも、今日はゆっくり休んで下さい」  「ああ。清華もゆっくり休んでくれ。車を置いてタクシーで帰るといい。明後日もタクシーで来ればいいぞ」  「はい。ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」  「ああ」  荷物を持ち、清華が玄関まで行くと、霞真も一緒に靴を履き始めた。  「霞真くん?」  「一緒に下まで行くの。タクシー来るまで一緒にいましょうなの」  「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ?霞真くんは特に疲れているのですから。ここでいいですよ」  一緒に行くと言う霞真にストップを掛けるが、それでも一緒に行くと言う。  「1人で待っているのは寂しいのね。清華さん、帰っても1人なの。ここのマンションに住んだらいいのに。雅哉、ここのマンションに住めるとこない?」  「そうだなあ。空きはあるだろうが、ここのマンションに住んだら清華の休まる時がないだろ?」  「そうかあ」  「霞真くんは優しいですね。さあ、私は行きますね」  霞真にもう一度ストップを掛け、清華だけ部屋を出ようとしたが、霞真も一緒に出た。仕方がないので雅哉も一緒に出る。  エレベーターで下に降り、コンセルジュにタクシーを1台お願いした。雅哉はついでにパンや果物、ハム、チーズなどを買い、清華にも渡した。  「荷物が増えるが、これを持ってってくれ。明日の朝、食べるといい」  「いえ、こんなに」  「いいから。何日も留守にしていたんだ。帰っても何もないだろ?途中でコンビニ寄るのも面倒だろうし」  「清華さん、雅哉の言う通りなの。持ってってなの」  霞真も雅哉と一緒に言う。  「そうですか。では頂きます。ありがとうございます」  そんな事をしている間にタクシーが来た。タクシーまで送って行く。  「清華さん、色々ありがとうなの。明後日、楽しみにしてるの~」  「はい。私も楽しい日々をありがとうございました。明後日も楽しみにしています。社長、ありがとうございました」  「いや、こちらこそ申し訳なかった。色んな事に巻き込んで」  「巻き込むなんて。いつもと違う日常で楽しかったです。では帰ります。おやすみなさいませ」  「おやすみ。ゆっくり休めよ」  「はい。――行って下さい」  清華を乗せたタクシーが走り始める。雅哉と霞真はタクシーが見えなくなるまで見送っていた。  「さて、部屋へ戻るか」  「うん」  清華を見送り、部屋へ戻る。雅哉は下で買ったものをしまい、ソファーに座る。霞真は出掛けていた時の荷物を開け始めた。  「霞真、疲れているんだから明日でいいぞ。今日はもうゆっくりしよう」  「でも、お洗濯物は出しておかないとダメなのね。それに、お土産もちゃんとしないと潰れちゃうの」  今までは知らなかった事が多かったせいか、どうするのかわからなかっただけなのだろう。イギリスにいる10日と、その前の雅哉の留守の間の合わせて半月くらいで覚えたらしく、料理以外の家事を熟せるようになっていた。しかも清華に教わったためか、何となくテキパキしている気がする。研究所にいる時は気づかなかったが、自分が留守をしている間の知らぬ間に成長をしている事に、さっきの話もあって清華に嫉妬をしていた。雅哉は片付けをしている霞真の後ろから抱き締めた。  「雅哉?」  「俺のいない間に成長して困るな。俺の奥さんは…」  霞真を抱き締め、首元に顔を埋めた。  「へへへ。ごめんなさいなの。でも、少しは雅哉のお手伝いになるのね」  「まあ、そうなんだが。あとな、明後日、俺は一緒に行けないのか?」  「ごめんなさいなの。雅哉はお留守番してて下さいなの。優くんと清華さんとお約束してるの。3人でって」  「そうかあ。俺は行けないのかあ」  「雅哉はお仕事でも忙しかったのだから、ゆっくりしててなの。お家のベッドで身体を休めてなの」  霞真は、後ろから抱き締めてきた雅哉の手の上に自分の手を置いた。  「霞真は優しいな。じゃあ、今回はそうさせてもらおうか」  本当は、運転手としてでも付いて行こうかと思った。しかし、霞真がそこまで言い、一緒に行く優も早瀬を連れて行かないとなると、自分だけ付いて行くのは霞真が出掛けづらくなってしまう事になると思い、我慢する事にした。  「その代わり、今夜は俺に付き合って欲しい」  「はいなの」  あまり深く考えずにいる霞真は、お茶でも飲みながらゆっくりするのだろうと思い、軽く返事をしていた。  ―――霞真の片付けの頃合いを見ながら、雅哉は風呂の支度をしていた。湯が溜まるまで、清華と泉水に今回のお礼のメールをした。  泉水からは返事があったが、珍しく清華からはなかった。ずっと霞真の面倒を見ていたり、研究所に行っても仕事をしたり、最後には会社のトラブルもあったので、かなり疲れていたと思われる。きっと家に戻ってすぐに寝たのだろうと思った。  「霞真、風呂ができたぞ。入ろうか」  「は~い。今、お着替え出すね~」  雅哉から声が掛けられ、霞真は寝室のクローゼットから着替えを出しに行った。  「着替えは別に要らないと思うが…」  雅哉は少し意味深気にボソリと言葉を返したが、霞真の耳には届いていなかったようで、  「雅哉、ごめんなさいなの~。何て言ったの?」  と寝室から霞真が大きめな声で答えていた。                 ★  ―――霞真が清華と優と出掛ける朝。  「霞真、やっぱり俺が運転するけど…」  どうしても一緒にいたい雅哉は、最後に運転手を買って出てみた。  「ごめんなさいなの。今日はね、どうしても3人で行きたいのね…」  雅哉の気持ちがわかっている霞真は、何度も一緒に行く事を言ってくる雅哉に、断る毎に申し訳ない気持ちになる。雅哉はそんな霞真を見て、これ以上わがままを言えば、霞真が『行かない』と言い出してしまうと思い、それ以上は言わない事にした。  「わかった。今日は霞真の言う通りに留守番してる」  「本当にごめんなさいなの。折角のお出掛けだから、雅哉が欲しいものも買ってきますなの。何か欲しいものある?」  霞真は、味噌汁をすすりながら聞いた。  「そうだなあ。霞真が見て、これって思ったものがいいな。食べものでも、物でも何でもいい。霞真が俺を考えながら選んでくれたものがいいな」  「わかりましたなの。何か素敵なものがあるといいのね~」  ほとんど外の世界を知らない霞真。イギリスでは何回か街中の店を見て回ったが日本ではない。どんなものがあるのか。それを考えただけでも楽しいのに、雅哉を考えて決めると思うとワクワクが止まらなかった。  「楽しみにしてるな」  「はいなの」  ――食事を終え、片付けをしていると清華が来た。  「おはようございます。霞真くん、支度はできていますか?」  「すぐに行けるの」  清華が来て、霞真と話しているのを傍で雅哉が見ている。雅哉は、自分抜きでの初めての霞真の行動に穏やかではない。それを見ていた清華が声を掛ける。  「社長、大丈夫ですか?」  「何がだ」  「いえ…」  清華は数言話して、何となくいつもの様な言葉の返しは、今の雅哉には通じないと感じた。  そんな2人の出す雰囲気の中、寝室の方から自分のバッグを持って来た霞真が来る。  「清華さん、さあ行きましょうなの。――雅哉、行ってきますなの。お留守番、よろしくお願いします」  霞真はニコニコしながら雅哉に出掛けの挨拶をし、早くも靴を履いていた。霞真の行動も言葉も普通の事なのに、雅哉はどうしてもそれを消化できない。それでも精一杯の返事をする。  「霞真、気を付けてな。何かあればすぐに連絡しろよ」  「はいなの。あっ、そうだ。お夕飯も、お外で食べて来ますなの」  「何っ?」  『夕飯も食べてくる』の霞真からの言葉に、雅哉は思わず霞真ではなく清華の顔をムスッとしながら見た。  「社長、そんな顔をされても…」  とっさに清華はそう答えた。  確かにそうだ。清華からすれば、そう答えるしかない。  「悪い。そういうつもりではなかったんだが」  雅哉は、清華に謝る。  今までにはない雅哉のこの状況に、清華も少し戸惑った。  「はい。お気持ちはわかりますが、今日一日、霞真くんとお出掛けしてきます。何かあればすぐに連絡して下さい」  どう答えようかと清華は考えたが、敢えて普段通りにスッと答えを返した。  「ああ。霞真の事、頼むな」  「かしこまりました」  「霞真も気をつけてな。清華から離れるなよ」  「はいなの。ずっと僕のために雅哉も研究所にいてくれたのね。きっと疲れてるの。ゆっくりお休みしててね。――雅哉、ん~」  霞真は雅哉の身体を気遣いつつも、背伸びをして雅哉の首に手を回し、キスを強請った。もちろん、雅哉もそれに応える。  「楽しい一日を…」  霞真と雅哉の2人の儀式みたいなものを確認してから清華が言葉を掛けた。  「では、行きましょうか。優くんも待っていますから」  「はいなの。雅哉、行ってきま~す」  清華の言葉を聞いてから2人は離れ、そして霞真と清華は出掛けた。  霞真と清華が出たあとの玄関のドアを雅哉は見ている。カギを閉め、リビングのドアを開けると、誰もいないのが目に入る。  霞真が来る前は当たり前だった風景。――今は違う。毎日、霞真の声が聞こえる。しかし今は、霞真の声も気配もない。いつの間にか、霞真がいなければ居心地の悪い空間になっていたのかと感じる。  霞真がやりかけていた少しの家事を終え、ソファーに座る。霞真にゆっくりしてと言われたように、そうしてみるが落ち着かない。着替えてから会社に行く事にした。  昨夜、霞真が会社用にと分けていたイギリス土産を、それぞれの課に届ける。最後に自分のいる社長室前の秘書課へ行き、課全体へのものと霞真が研究所にいる時に電話で話した清華の部下の天上(てんじょう)に霞真からの土産を渡した。  「この間は申し訳ない。これは妻から君にだ。色々ありがとうと言っていたよ。あと、これは俺からだ。あんな早朝に夫夫間の揉め事に付き合わせて申し訳なかった」  雅哉もまた、霞真のように天井に支度をしていた。霞真に『これ、お電話の人になの』と言われた時は霞真の成長を嬉しく思った。  「そ、そんな…。こんな事はいけません。それに私は社長にあのような失礼な物言いを。申し訳ありませんでした」  天井は、雅哉からのものを一度は返したが、再度自分の方へ渡された時は、何度も断ると反って失礼だと思い、受け取った。まさか、会社のトップが一社員の自分に、夫夫揃ってお詫びの言葉と土産を渡してくるとは思わなかった。  「実はな。君のおかげで妻と共に生きて行こうと改めて決心をしたんだ。協会と政府からの許可ももらったので正式に結婚をする。後にまた報告をするが、そういう事だから。君のおかげだ」  「そんな、私なんて。――おめでとうございます。私は奥さまがここに来た時に少ししか姿を見ておりませんが、一生懸命で社長の事が大好きと全身で言われておいでなのがわかりました」  雅哉が出張の時、清華と会社に来たと言う。その時の霞真の姿を天上は見ていたのだ。そして、霞真が研究所から電話を寄越し、事の詳細を教えて欲しいと言ってきた時の事を思い出す。  「まあ、あの子はいつでも一生懸命だな。しかし、そんな妻は今日は清華とお出掛けだ。俺は留守番だそうだ」  雅哉は、1人置いて行かれている気持ちを天上にぶつけた。雅哉の話を聞いた天井はクスクスと笑う。  「それで社長はこちらに来られたわけですね(笑)」  「笑うな。――しかし、まあ、君の言っている通りだ。家にいても1人だと落ち着かなくてな」  「そうですか。ではお仕事を?」  「そうだなあ。かと言って、そこまで仕事もなあ。とりあえずは例の件、詳しく話を聞こうか」  「かしこまりました。営業の担当もお呼びします」  「ああ、そうしてくれ。そして君は今日は俺に付いてくれ」  「かしこまりました」  天井はすぐに営業に連絡をし、雅哉への説明のために資料を支度した。                 ★ =【side 霞真】=  「優くん、清華さん、見て下さいなの。可愛い~」  3人で雑貨屋に寄っている。霞真がぬいぐるみを持っていた。  「本当だね。可愛い。うちはね、最初にクマさんを子供の代わりにしてたから、大きなクマさんのぬいぐるみがあるの。その他にも色々あるよ。有李斗は可愛いもの嫌がるかなって思ったんだけど、いいよって。僕が好きなものを飾っていいよって言ってくれたからベッドの頭の所の棚とかに飾ってるの」  「そうかあ。僕は何が好きなんだろう。清華さん、雅哉はどんなものが好きなの?」  「そうですねえ。今までは特にそういう場面もありませんでしたから、私もわからないんです。すみません。でも、早瀬さんと同じで、霞真くんが好きなものなら喜んで飾っていいと言うと思いますよ?」  「そうかなあ。じゃあ、これ買って行こうかな。ウサギさん可愛いの。僕はこの尻尾が可愛いなあって思うのね。僕のは長いからあんまり可愛くないの…」  霞真は、ウサギの丸くてモコモコしたのが可愛いと思っているようだった。自分の尻尾は長くてモコモコしていないから可愛くないと言う。  「そんな事ないですよ?社長曰く、霞真くんのユラユラした時の尻尾は可愛くて仕方ないそうです。他の人はわかりませんが、社長は可愛いと仰っていますから」  「僕もね、自分の羽はずっと嫌いで要らないって思ってたんだあ。でも有李斗はいつも僕の羽を綺麗だって、そう言ってくれたの。それに今は有李斗にも子供たちにも僕と同じ羽があるから好き」  「そうかあ。じゃあ、僕も好きになれるかな」  「うん。なれるよ、きっと」  優の経験話を聞いた霞真は〈そうだといいなあ〉と思いながらウサギのぬいぐるみを見た。  「で、霞真くん。こちらは買って行かれますか?」  「うん。買いますなの。――あと、これ」  霞真はもう1つ何かを手にしていた。  「これは?」  清華が聞く。  「ベビーシューズなの。赤ちゃんが初めて履く靴ってインターネットで書いてあったの。だから欲しいの」  「そうでしたか。可愛いですね。いつ、2人の赤ちゃんが来ても良いように、準備をしましょうね」  「はいなの」  今回の3人での買い物にはいくつかの理由があったが、霞真の中での大きな理由は、このベビーシューズだったのかと清華は思った。    霞真がベビーシューズを買っていると、優は子供たちの服を買っていた。清華はこう見えて可愛いものが好きなようで、動物型ではないが、可愛い色使いの小物を置く感じの皿を買っていた。  しばらく、この雑貨屋をみていたが昼になったので食事に行く事にした。清華と優は朝の時間や量の関係で空腹。霞真は少し遅い朝で、内容も和食だったので2人程はお腹が空いていなかった。軽食もあるファミレスに行く事にした。  「ここがファミレス…?たくさん人がいるのね。僕がいてもおかしくない?」  霞真は雅哉に会ってからも外での食事は泉水の店。イギリスでは個室のある店を雅哉が選んでくれていたので、ファミレスのような所に入るのには勇気がいった。  「大丈夫。おかしくないよ。ここは、どんな人でも入れるお店だから大丈夫」  「はい。子供でも大人でも誰でも気軽に入れるお店ですから心配いりませんよ。さあ、入りましょう」  清華と優からの話に安心した霞真は、2人の後ろから付いて行くように店内へと入った。  席を案内され、メニューを見る。  「凄いの~。色んなものがあるのね。どれにしていいか迷うの~」  「僕も毎回迷うよ(笑)。でも僕はあまり量が食べられないから、有李斗と半分こが多いの。月ちゃんと李ちゃんの方が食べるんだよ(笑)」  「そうかあ。優くんはあまり食べられないのね。僕は結構食べちゃうの。同じように育ったのに何で違うんだろう…」  「多分それは、身体の造りが違うからだと思いますよ。霞真くんの場合、両性ですから、たくさん、と言っても私たちと同じくらいの量ですが、そのくらい食べないと女性としての機能が保たれないんだと思います。おそらく、こちらの研究所にいた時は、優くんと同じようなものしか摂取していなかったので男性の機能しか表に出ていなかったのだと思います。社長と一緒にいるようになってバランスの良い食事と愛情が与えられたから女性の機能も動き出したんだと思います」  「う~ん、何か難しいの」  「そうですね。今度ゆっくり説明します。まずは何を頼むか決めましょうか」  ―――このような感じで霞真、清華、優の3人は過ごしていた。                ★ =【side 雅哉】=  「―――そうか。わかった。まあ、しかし、あちらもよくここまで調べたもんだ。俺たちがイギリスの研究所に行っていた事まで知っているとは。俺は会社の人間にも清華以外には話していなかったんだがな。政府の誰かがオフレコでのつもりで話したのかもしれんな。天上、申し訳なかった。俺の軽はずみな行動で迷惑を掛けてしまった。君も折角、契約まで持っていってくれたというのに。申し訳なかった」  イギリスにいる間に、霞真との仲を原因として契約破棄をしてきた会社についての話を雅哉は聞いていた。  「いえ。このような会社はどんな事でも理由にするでしょう。しかし、どうしてこの会社は、こんな急に業績が下がったのでしょう。目に見えての何かもなさそうですが」  「俺たちの耳に届いていないだけで何かあったのは確かだろう。気にはなるが、俺たちの事を調べ尽くしているからな。黙って動かず、このまま下がった方がいいな。変な事に巻き込まれるのも困る」  「かしこまりました。では、この会社に至っては返す言葉もないまま契約破棄でよろしいですね?」  「ああ、そうしてくれ」  「はい。――それで社長は、このあとは如何なさいますか?」  「そうだなあ」  雅哉が仕事を進めるには清華がいないとできない。毎日の仕事の取っ掛かりを出すのが清華だからだ。(そうしないと雅哉が1人で全てを背負ってしまうので、この仕事の仕方にしてある)今は、その清華がいない。普段行けない社にを回る事にした。  「天上、たまには社内を見て回る」  「はい。では最初に、この者の営業に行かれますか?」  「そうだな」  今の話し合いで一緒にいた者の営業課を最初に行く事にした。急に自分が会社内を回ると迷惑かとも思ったが、意外にもそうではなかった。課で決めかねていたり、どう進めるか悩んだりしている事があったようで、行く先々で雅哉の答えを求められた。そして、霞真との事にお祝いの言葉をもらった。何だかんだとしているうちに退社時間となっていた。  「天上、今日一日悪かったな。君の仕事もあったろうに付き合わせた」  「そんな事、言わないで下さい。私にとっては最高の日でした。社長付きの一日なんて、普通なら私はまだ無理な事なのに。とても良い日でした。ありがとうございました」  「それならいいが。――今日は疲れたろう。いつもと違う仕事だったからな。早く帰って休め」  「はい。では事務処理だけ済ませて帰ります」  「ああ。ご苦労だった」  天井は、事務処理を終えたあと退社した。  雅哉はしばらく社長室にいたが、家へ帰っても霞真がいないので泉水の店へ行く事にした。  ―――「いらっしゃいませ。空いてる席へどうぞって、叶城さん。どうしたんですか?霞真と清華さんは?」  泉水はドアベルの音を聞いて、客を迎える言葉を発しながらそちらを見ると、そこには雅哉がいた。雅哉の周りを見ても、霞真も清華もいない。不思議そうな顔をしていた。  「泉水さん。今回は色々すみませんでした。お店の方は大丈夫でしたか?」  「はい。店の方は問題ありません。こちらこそ、色々面倒を見てもらっちゃって。反ってすみませんでした」  「いえいえ。途中からスケジュールも変わって、帰国も延びてしまって…」  「まあ、そうですけど俺は楽しかったですから。色んなもの見れたし勉強になったし。気にしないで下さい。――で、今日は叶城さん1人?」  「そうなんですよ。霞真は清華と、研究所で一緒だった優くんと出掛けています。一緒に行くと言ったんですけど今回はどうしても3人で行くと言うので俺は留守番です」  雅哉は同じ回答でも、会社の人間に話すのと泉水とでは気持ちが違っていた。  「留守番なのにスーツで来たんですか?」  「いや、家にいても落ち着かないから会社にいました。それで」  「あ~、そういう事(笑)。で、ここで待ち合わせ?」  「それが、夕飯も3人で食べてくると。今夜は一人飯なんで泉水さんにお願いしようかと来ました」  「アハハハ。わかりました。お世話しましょう。まずは何します?」  「お任せします」  「はい。じゃあ、少し待ってて下さいね」  泉水は厨房へ戻り、雅哉の食事の支度を始めた。  〈ここに来て正解だな。泉さんなら俺たちの事をわかってるし、何より俺が食いそうなものも知っててくれる。今日くらいまでは店を休んでいるかとも思っていたが開いてて良かった〉  雅哉はそう思いながら、先に出されたサラダとワインを口にしていた。  他の客の料理の合間に泉水は雅哉の食事も支度をする。いつもとは違い、少量を何種類も出してくれた。  「泉水さん、ありがとう。色んなものを食べられて美味しかったです」  「今日はいつもと違う出し方をしてみました。普通のお客と叶城さんは違うから。大皿ものよりもいいでしょ?う~ん、家族用って感じ?」  内容の説明をしながら泉水はニコニコしていた。  「家族用なんて嬉しいですね」  「だって、あんな何日も一緒にいたら似たようなもんでしょ?」  「俺もそうだけど、霞真と清華が聞いたら喜びます」  「そう?それなら俺も嬉しいなあ」  泉水の接客の合間に話をし、今日のような時、店が開いていなくても声を掛けてくれて構わないと言葉をもらった。酒も入り、程よくいい気分になったところで帰る事にした。  「泉水さん、ごちそうさまでした。美味しかったです」  「いいえ。でも叶城さん大丈夫?タクシー呼びましょうか?」  「いや、歩いて帰りますから。そんな遠くないですし」  「本当に?何か心配だなあ。清華さんに連絡して、来るまで2階で待っててもいいですよ?」  そんなに酔ってはいない雅哉だったが、霞真も清華もいないだけで泉水の目には心許ないように見えた。  「大丈夫ですって。俺だって1人で帰れますよ?(笑)もし無理そうならタクシーに乗りますから。じゃあ、帰ります。ごちそうさまでした」  「そうですか。途中、何かあったら連絡下さいね」  「わかりました。ごちそうさま~」  店を出た雅哉は手を振りながらマンションの方へと歩いて行った。泉水は心配で雅哉の姿が見えなくなるまで見送っていた。店に入ってから清華に、雅哉の状況をメールした。  ―――泉水の店を出た雅哉は、いつもよりもゆっくり歩いていた。  〈俺は周りから1人じゃ家にも帰れないと思われているんだろうか〉  さっきの泉水の心配そうな態度を見て、自分に問いていた。  そんな事をしながらマンションへ着く。エントランスのイスに座り、泉水に無事マンションに着いた事をメールした。ホッとしたらしく、そのような感じの文面が送られて来た。  明日の朝のものを買って来なかったと思い出し、コンセルジュから購入する。いつものように和食の材料を選ぶ。今日は良い鮭があると言われたので、それを購入。その他にいくつかの食材を買って部屋へ上がった。  玄関を入ると暗い。霞真と一緒に帰ってきた時の暗さとは違う。何となく入りたくない感じだが、そうはいかないので明かりをつけて入る。  まずは下で買ってきたものをしまい、風呂の支度を始める。服を脱ぎ、部屋着に着替えてからスマホを見た。気づかなかったが、霞真から数枚の写真が送られていた。昼はファミレスに行き、初めてドリンクバーというものを体験したと書いてあった。他には、清華と優と3人で食べているところの写真があった。この写真には驚いた。これが素の清華なのだろう。いつも雅哉に見せる顔ではなく、心から楽しんでリラックスしているものであった。  〈これは良い写真だ。清華のこんな表情は始めて見たな〉  そう思いながら、送られてから随分と時間が経っている霞真からのメールに急いで返信をした。3人が楽しそうなので良かった事と、ドリンクバーで飲み過ぎていないかの確認と、自分の夕飯は泉水の所で済ませてきた事をメールにした。ずっと雅哉からの返信を待っていたのか、すぐに霞真からメールが来た。今は優の家にいて、お茶とスイーツをごちそうになっていて、もう少しで帰ると書いてあった。  あちらに行けば優の他に、優のクローンである子供たちや翔もいるので気持ち的に安心するのかもしれないと雅哉は思っていた。もしかしたら優の家は霞真にとって親戚の家のようなものかもしれないと思った。気を付けて帰るようにと返信をしてから風呂に入る。最近は霞真もいるので長湯だったが1人では長湯をする意味はない。シャワーだけで済ませた。  風呂から上がり、静かな部屋に耐えかねてテレビをつける。ニュース番組を流しながら酒の支度をする。泉水の所でワインを飲んだので、今度はイギリスから買ってきたビールを開けた。部屋を少し暗くして、それを飲みながらテレビを見ていた。出張から研究所生活もあり、まだ疲れていたのか、お酒の力もあって、そのままウトウトと眠ってしまった。  ―――「雅哉、風邪ひいちゃうの。ちゃんとベッドに行きましょうなの」  霞真の声がする。目を開けると霞真がいた。  「ん?… …霞真~」  雅哉は、霞真の名を呼びながら自分の上に霞真を引き寄せた。  「雅哉、ただいまなの」  「おかえり。… …」  霞真の頭の後ろに手を当てて、雅哉はキスをする。  「ん~。ダメなの~。清華さんが見てるの~」  寝惚けている雅哉に霞真は言い、雅哉の腕から抜き出た。  「社長、遅くなりました。大丈夫ですか?先程、泉水さんから連絡がありまして、社長が歩いて帰ったと。お酒も入っているから少し心配だと…」  「そうか(笑)。確かに心配していた。が、俺だって歩いて帰る事くらいできるぞ。こうやってちゃんとここにいるだろう?」  「まあ、そうなんですけど。それに会社へも行って仕事をしていたそうですが。天上から連絡が来ました」  清華がそこまで言うと、雅哉は体を起こし、残っていたビールを一口飲んでから言った。  「みんな、何で俺の行動をお前に連絡するんだ?」  「普段、一緒に行動しているからだと――」  「そうだろうが、俺だって1人で行動くらい… …何か、もういい。話すのが面倒だ。まあ、それで2人は楽しかったんだろ?」  寝起きだからか、雅哉は清華に事の説明をするのが面倒になった。自分の事よりも、霞真と清華の楽しかった話を聞きたいと思った。霞真と清華を自分の前に座らせ、1日の出来事を話させた。前半は買い物をして来たと言う。  「雅哉、これ、置いていい?ベッドの頭の所に置いてもいい?」  霞真は、可愛いウサギのぬいぐるみ3つを雅哉に見せた。  「ウサギのぬいぐるみかあ。霞真は好きなのか?」  「うん。ウサギさんの尻尾好きなの。丸くてチョンって付いてて、小さくフリフリするの可愛いの」  「そっか。そう言えば、霞真の好みとか聞いた事がなかったな。ごめんな。いいよ置いて。他にも置きたい所に置けばいいし、もっと欲しければ買えばいい。――そっか、良かったな、霞真」  霞真の買ってきたぬいぐるみを撫でたあと、雅哉は霞真の頭も撫でた。  「俺は、霞真の尻尾の方が可愛いけどな」  霞真を撫でながらそう言った。  「そうかなあ」  霞真が首を傾げて言うと、清華が霞真に笑顔を向けながら言う。  「ね。社長はそう言うと言ったでしょ?社長にとって霞真くんが絶対なんですよ」  〈???〉  霞真と清華が何の話をしているのか雅哉にはわからない。2人を見ている雅哉の頭に?が並んだ。  「いったい何の話をしているんだ?」  「霞真くん、実は自分の尻尾は可愛くないってずっとそう思っていたみたいなんです。だから、社長も他の尻尾が好きなんじゃないかと思っていたみたいで。でも私は、社長はどんな動物のものよりも霞真くんのものが一番好きだと思うとお話ししたんです。仮令、霞真くんと同じ種類の猫の尻尾でも、霞真くんのではないと意味がないと。そうお話ししたんです」  昼間、ぬいぐるみを選んでいる時の話を清華はした。  「だって…」  「ああ、そうだな。霞真のもの以外には感情は出ないな。霞真だからいいんだ。俺のもの…だ」  少し前から出している霞真の尻尾。雅哉の話を聞きながらユラユラ揺らしていた。  「ありがとうなの。雅哉、清華さん」  雅哉の話し方と清華の話で霞真は嬉しかった。  「これは俺のだからな(笑)」  雅哉は嬉しそうな霞真の顔を見て、揶揄うように霞真の尻尾を優しく握った。  「ウニャ!」  「アハハハ」  「社長、ダメですよ。尻尾はデリケートなんですから」  「わかっているさ。俺だからやったんだ。な、霞真」  「ん~。雅哉、意地悪なの~」  清華に注意され、霞真が涙目で見てきたが、雅哉は笑っていた。  そのあとも霞真が買ったものを雅哉に見せ、話の流れで清華が買ったものも見た。  霞真と清華が帰って来たのが遅かったのに合わせ、雅哉を起こし、買ってきたものを見ていたので、かなり遅い時間になっていた。  「清華、明日は何か予定があるのか?」  「いえ、とくには」  「じゃあ、泊まって行くといい。朝も俺たちには気にせず自分のペースで過ごしてくれて構わないから」  「でも…」  「お前がイヤじゃなければ遠慮するな」  「そうなの。清華さん、泊まってってなの」  雅哉のあとに霞真も清華に泊まって行くよう言った。  「そうですかあ?では、お言葉に甘えて泊まらせて頂きます」  「やった~。今日も3人で一緒なの~」  清華が泊まる事になると、霞真は嬉しそうにはしゃぎ出した。  今夜は清華が一緒にいるとわかり、霞真は自分が買っていたものを何処に置けば素敵に見えるかを相談しながら飾って行った。雅哉は2人の後ろを付いて見ていた。  〈何だか3人家族みたいだな〉  「社長、何か面白い事でもありましたか?」  雅哉が心内で思いつつ、小さく笑っていたので清華が不思議そうにして聞いた。  「いや。傍から見たら家族に見えるだろうなと思ってな」  「そうですか?」  「ああ」  「まあ、それもいいのではないですか?その時は私は何でしょうか」  「お前は母親で、俺と霞真は年の離れた兄弟?(笑)」  「それは酷くないですか?」  「まあ、そう言うなって」  清華が珍しい表情を(拗ねた)したので、話を聞いていた霞真が清華の顔を覗き込んだ。  「清華さん?雅哉に意地悪言われたの?」  「ええ、そうなんです。私が母親で、霞真くんと社長が歳の離れた兄弟って言われたんですよ~」  「そっかあ。う~ん、でも~。清華さんはお母さんみたいっていうのはわかるのね。優くんがね、清華さんは優くんにとっての多田さんみたいって。有李斗さんが多田さんは口うるさい母親みたいってよく言ってるって言ってたの。だから雅哉が言ってるのもわかるのね。清華さんはイヤ?」  霞真の中では、清華は雅哉と同じ感覚だった。しかし、清華にとってそれはイヤなものだったのかと、自分はそう思ってはいけなかったのかと思った。  「そうですねえ。霞真くんになら思って頂いてもイヤではありません。寧ろ嬉しいです。しかし社長はちょっと。自分の事はきちんとなさって下さい」  この清華が少しニヤニヤとしながら雅哉を見た。  「はい、はい。すみませんねえ。霞真ならいいけど俺はダメなんですね~」  いつもと違う話し方の雅哉と清華。霞真はケラケラと笑った。  「面白いの~。雅哉も清華さんも面白いの~。楽しいのね。3人で、ううん。本当ならお兄ちゃんもで4人なら楽しいのね。僕にも優くんたちみたいな家族ができたの~。――嬉しいねえ~。僕、嬉しいのね~」  最初は笑いながら話していた霞真だったが、途中から声のトーンが変わり、最後には目に涙を浮かべながら話していた。  「どうした、霞真」  雅哉はすぐに自分の胸に顔を押し付けさせながら、頭や背中を擦って霞真を落ち着かせていた。  「ごめんなさいなの。これはね、嬉しくて泣いてるのよ?嬉しいの。この間まで毎日公園で1人。時々、お巡りさんとか怖い人が来て、隠れたりしてたのに今は違うの。毎日、雅哉や清華さんと一緒で、雅哉の奥さんって言われて、こうやってちゃんとしたお家にいるの。優くんたちとも仲良くお話しできて、それでね、それでね。――雅哉、清華さん、ありがとうなの~」  言葉の最後は『わあぁ~』と泣き出した。  雅哉は霞真が来てからずっと考えていた。3年、いや、研究所で育てられた時からの事を霞真は自分からはあまり話さなかった。生活の違い、食の違い。研究所の事、公園での事。ありとあらゆるものが今とは全く違っていたはず。普通ならばイヤだったり怖かったりした事を理解して欲しくて話してくるはずなのに、霞真はこちら側から聞かなければ話してこない。物心ついた時にはいたのだから、研究所暮らしもそんなには苦痛ではなかったのかとも考えたりもした。しかし、話の節々を考えるとそうでもないような気もしていた。なのに自分からは何も言わない。ずっと気になっていたのだ。今こうやって泣いている霞真を目にして、ようやく霞真の呪縛のようなものが溶けた気がした。  「霞真~。いいぞ、もっと泣け。泣いて、今までのイヤだった事を全部出してしまえ。俺が全部聞いてやる」  飾り物を置くためにいた玄関先で話していたので、雅哉は霞真をヒョイッと抱き上げ、リビングのソファーまで連れて行った。そのまま自分の足の上に座らせ話を聞き始める。  清華は温かいハーブティーを入れていた。カモミールミルク。ミルクにカモミールを入れ、温める。最後に砂糖を入れ甘くした。少し冷ましてから霞真に持って来た。  「霞真くん、どうぞ。社長にはこちらを」  雅哉にはカモミールティーを出した。清華も自分にも入れ、雅哉と霞真の斜め前くらいのカーペットの上に座った。  「――そっか。そんな事をずっとされていたんだな。痛かったなあ。毎日のように血を採られるなんてなあ。やってる職員も自分のを毎日してからやれよ」  雅哉は霞真の話を聞くたびに不機嫌になっていく。  「社長。社長がそんなになっては霞真くんが話しづらくなってしまいますよ。その感情を表に出すのは、お1人の時にして下さい」  清華に注意をされ、〈確かに〉と雅哉は思い、霞真の話を聞く姿勢に持って行った。  ―――「そうかあ。そんな感じだったんだなあ。でも、もう大丈夫だ。毎日こうしたちゃんとした暮らしになれるからな。それに自分の話したい事は、その都度話せ。ここに溜め込まなくていい。良い事もイヤな事も全部話せ。いいな?俺が霞真の全てを聞くから。だから隠さず話すんだ。わかったな?」  「はいなの。雅哉、清華さん、ありがとうなの」  「いいえ。私たちももっとこちらから聞いてあげれば良かったんですよね。すみません。これからは私たちも聞きますから。霞真くんも自分の気持ちを話して下さいね」  「はいなの。お話しします…なの」  霞真の話を聞いてから時計を見ると、夜中の1時を過ぎていた。遅い時間まで起きていたので空腹になってしまい、このまま寝ても眠れなそうなので軽くパンを一切れずつ食べてから寝る事にした。  食べ終わって30分くらいしてから寝る事にした。清華はゲストルームで(清華しか泊まる事もないので、清華の部屋のようになってきている)、雅哉と霞真は自分たちの寝室へ行く。  「雅哉~、お話したくさん聞いてくれてありがとうなの」  「うん。たくさんはなしてくれてありがとうな。今日はもう遅いし、このまま寝ような」  「でも…。少しだけ、少しだけ雅哉とこうしたいの」  霞真は雅哉の上に少し乗り、上からキスをした。  「雅哉~、ずっと一緒ね?」  「ああ、ずっと一緒だ。ずっと一緒にいような」  「へへへ」  雅哉からの言葉をもらった霞真は安心したのか、雅哉から降りて腕にギュッとしがみ付くようにして目を閉じた。すぐにスース―と寝息が聞こえ、雅哉も眠りについた。              ★ ★ ★  ―――それから1ヶ月程経ち、色々な手続きも終え、雅哉と霞真の籍が一緒になる事ができた。  「これで霞真は俺だけのものだな」  「はいなの。これからもよろしくお願いしますなの」  「俺こそ、よろしく頼むな。奥さん」  「へへへ。僕、雅哉の奥さんなの~」  霞真の笑顔が輝いている。そんな霞真を雅哉もまた笑顔で見ていた。  「さて、会社に行くか」  「はいなの。今日は僕、清華さんと工場に行くのね。ちゃんと見て来ますなの」  「頼むな。俺は農家さんたちへ連絡して状況を確認する」  「はい」  「よし、じゃあ出発な」  「はいなの~」  役所に必要な届けを出し、会社へ向かう。  これからもっと賑やかな暮らしになる事は2人はまだ知らない。2人の新しい人生。この先の話はまた今度…。    
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