庭舟

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19503849-b15f-47ee-a444-3a01e768207aそれは満点確実と思った答案用紙が、赤点だった衝撃によく似ていた。 そう、あの夏の日――。 あの年、小学校に行き始めたとは言っても、弟の周はまだ幼稚園の子と大差なかった。家の庭に落とし穴かと思うほど深い穴を掘っては散水用ホースで水を注ぎ、髪の毛から爪、運動靴の中の靴下まで真っ茶色にして、母に悲鳴を上げられていたのを覚えている。 ドウダンツツジとあじさいに囲まれた花壇の隅。そこは向かいの家の影になって球根のチューリップですら小ぶりにしか花がつかないくせに、夏場は強い西日があたる、植物には過酷な場所だった。 そう、周がなにか掘り当てたと頬を上気させて拳を佐奈(さな)に突き出してみせたのは、たしかにそこだったのだ。 「姉ちゃん、見て、ほら」 弟が土臭い右手を開くまで、佐奈はうんざりしていた。パートに出始めたばかりの母は夜になるまで帰ってこない。周は五年生の佐奈や中学に通う姉の(あや)とはちがい、日の高いうちに授業が終わる。だから佐奈が家に帰るころには大抵、庭にいた。 佐奈の家は築三十年の中古だ。庭も四十坪ある。 この庭は先の住人が植えたツツジや伽羅、刈り込まれたツゲ、みっしり茂ったユキヤナギなんかが深緑を利かせる中に、母の趣味の銀葉ラミウムやラベンダー、ブルーデイジー、赤やピンクの花々が咲き乱れるという、和洋ごった煮の庭だった。 周はそこに飛んでくる虫やトカゲを捕まえたり、蟻地獄に蟻を落としては、逐一その一部始終を佐奈に報告した。 「見て! 綺麗なのが出てきた、いっぱい」
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