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あの頃は他人を思いやる余裕なんかなかった。自分を支えるのに精一杯で、早く大きくなりたいと前ばかり見ていた。
(今は……優しくなりたい)
母が植えかえたのか、四季咲きの白バラの前には紫の葉ボタン、その横でガーデンシクラメンが赤くなってうつむいている。
庭は止まることのない季節を循環している。波間に漂う舟のように。
そして私たち家族は、その同じ舟に乗る旅人なのだ。この先もずっと。
佐奈は微笑んだ。
どこかほっとする湿気った土の匂い。透き通った秋風が身に染みる。蒼天に鳶が一羽、黒い点となって横切っていった。
了
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