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でも、かわいそう。いくら料理が得意とはいえ、受験生なのに。
四つ上の姉は佐奈とちがって色白で目鼻立ちがハッキリしている。さらさらの黒髪を長い指でかき上げながら笑ったりすると、口角の上がった口元なんかがみずみずしい。
たぶん綾姉は男子から一目おかれる女子なんだろうな。佐奈はうらやましさ半分、妙に納得してしまう。
親には内緒だけれど、綾姉は背高な男の人とつきあっている。相手は小学校にいたころは運動会の応援団長をしていた有名人で、今はテニス部の主将だ。
(男の人を好きになるって、どんな感じかなぁ)
佐奈のクラスの男子は、妖怪や必殺技がどうのと騒ぐ、周より背丈が大きいだけのヒヨコだけれど。
(……そうだ、それより早くあのことを相談しなきゃ)
口を開きかけてぎょっとした。
まな板の上には鶏のもも肉が乗っていた。たぶん今夜は周の大好物な唐揚げを作るのだ。けれど姉が茫洋と見つめているのは肉ではなく、冷たく光る三徳包丁。
まるでそこだけ時の流れから切り離されたように、動かない手元。心ここにあらずといった様子なのに、姉の血走った目は包丁のぎらぎらした刃先と、その先にあるなにかを捕えて放す気配がない。
(綾姉……?!)
急に、背筋に冷水を浴びせられた気がした。
佐奈は音を立てないように後じさり、その場を後にした。
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