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「じゃあ、行ってきます」
軽くお辞儀をすると、パッと明るい太陽のような笑顔でおばさんが笑う。
「柊が変なことしたら殴っていいからね」
笑い方は、まさに親子そのもの。柊も顔をくしゃりと崩して、太陽みたいに笑ってくれる人。
彼の笑顔があれば、なんだって頑張れる気がした。
玄関の引き戸を開けると、一足先に着付けを終えて庭先で待っていた柊が振り向く。
「うーわ、めっちゃ可愛くてヤバい」
開口一番、恥ずかしげもなく褒めてくるのはいつものこと。幼馴染みで、まして二年も付き合ってるというのに、未だに熱い眼差しで歯の浮くようなセリフを言ってのける柊に、ようやく慣れてきたのはつい最近だ。
「馬子にも衣装ってね」
「こう言う時は素直に喜びなさい。さぁ、俺のお姫様、お手をどうぞ」
「ほんっとキザなんだから!」
くすりと微笑む柊の眼差しは、付き合い始めた頃と少しも変わらない。いや、この瞳は付き合うもっと前からだったかも。
恥ずかしさで熱くなった手を、差し出された柊の手のひらの上にそっと預ける。
口調が軽いせいで、よく周りから誤解されがちだけれど、瞳の奥も握られた手も。いつも真剣で優しくて。本気で私を大切にしてくれているのだと分かる。
だから私は、戸惑う。
この手を握ったままで、本当にいいのだろうかと。
「花火大会、今年で終わっちゃうとか寂しいよなぁ」
「だね〜。私たちが小さい頃からずっと当たり前に見てきたのにね」
「まぁ、無くなっちゃうのは寂しいけど、俺は椿と一緒に沢山見れたからいいや」
「私も、柊といっぱい見れたから幸せだな」
ぎゅっと握りしめた手は、いつも暖かくて、夏の陽光をたっぷり吸い込んだ樹の幹のように安心できる。
「夏は暑くて嫌じゃない?」って、気にしてくれる気遣いなんて必要無いくらい。
「柊って浴衣と下駄、似合うね」
「昭和の映画スターっぽい顔だから?」
「そうそう。言葉も行動もやたらキザで嘘くさいしね」
「それ、褒めてる?」
「ふふ……馬鹿にしてる」
「てんめぇ、襲うぞ」
「きゃー」
走りだした夜道の脇には、お祭りの提灯がポツポツと柔らかな明かりを灯していた。
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