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柊の家から歩いて10分ほどで、花火がよく見える河川敷へと到着することができる。
昔ならあっという間にたどり着いていたこんな距離でさえも、ここ最近は上手く足が動かなくて、5分過ぎた頃には下駄を前に出すので精一杯になっていた。
足を引きずるように歩く夜道には、からん、ころんと、乾いた下駄音だけが虚しく響く。
身体が上手くコントロールできない恐怖に冷や汗が額から一筋、零れる。
柊の手を握りしめたはずの感覚が鈍い。
ああ、やだな。
目の前を歩く柊の背中は大きくて、どんなことにも動じなくて。私の病気を知ったときも、顔色ひとつ変えずに「ずっとそばにいるからな」って笑ってくれたのに。
私は何も返すことが出来ないまま、この夏を終えてしまうのだろうか。
「椿、休もうか?」
手を引いてくれていた柊が、私の変化に気付いて立ち止まる。
「いい、花火に間に合わなくなっちゃう」
「大丈夫、あと10分くらいなら休んでも十分間に合うから」
同じ場所を目指して、他の恋人たちは私たちをあっという間に追い越していく。
当たり前に手を取り合って。当たり前に好きな場所へと駆けていく。
その光景が、こんなにも辛いだなんて。
「ごめん……やっぱり、」
柊の手の中から、逃げるように引き抜いた私の手は、今ではペットボトルの蓋すらも開けられなくなっていた。
「やっぱり行かない、とか言うなよ?」
俯く私の顔を覗き込みながら、柊が慈しむように優しい笑みを浮かべた。
自分で選んだ道なのに。
椿の花が散る時と同じように、潔く最期を迎えるのだと決めたくせに。逃れることなんて出来ないのだから、機械に繋がれて生きながらえるだけの道は絶対に選びたくない。
そう、決めたのに。
「思い出、沢山作ろうって約束したろ?」
差し出された手を、意気地なしの私は結局握ってしまう。
「うん……」
柊を縛り付けてしまうと分かっているのに、苦しめてしまうと分かっているのに。
幸せな思い出が増えるたびに、いつも夢を見てしまうのだ。
もっと一緒にいたい。
ずっとこのまま二人で笑っていたい。
数年後の未来のことを語り合って、沢山約束を交わしたい。
そんな叶うことの無い、愚かな夢を。
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