カラン、コロン。

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生温い夜風に乗って、土手の芝から立ち昇る青っぽい匂いが鼻先を掠める。続けて屋台の方から焼きそばや唐揚げの匂いが漂ってきた。 「はぁ、美味しそうな匂い」 確か、五感のうち一番記憶に残りやすいのが、臭覚だと何かの本に書いてあった。 だとしたら、この屋台の匂いや、花火の火薬の匂いも、沢山一緒に過ごしてきた柊との思い出の一部として私の頭に記憶されるのだろうか。 柊の記憶にも、一緒に過ごしたこの夏の日が、特別なものとしてずっと残り続けてくれるだろうか。 いや、きっと。 いつの日か、私よりも大切な人が出来れば、忘れてしまうのだろうな。 大切な写真がやがて色褪せて、ボロボロになってしまうのと同じように。どれだけ記憶に刻んだつもりでも、少しずつ虫が食べて、穴があいて、薄れていってしまうのだ。 その方が、柊のことを思えば……いいのかもしれないけれど。 墨色の空を見つめていると、打ち上げのカウントダウンを開始するアナウンスが、対岸から響いた。 割れんばかりの拍手。スマホを取り出し構える観衆。いろめきだつ空気の中に、柊はまだ帰ってこない。 「10、9、8」 マイクを伝って、司会の女性のカウントダウンが開始される。 合わせるように周囲の観客が声を張り上げ、鼓膜がじんじんと震える。 「柊……まだかな……」 心細さに辺りを見回す。暗がりのせいで柊がいるのかどうかすら分からない。 「7、6、5」 夏が……終わってしまう。 もう二度と来ないかもしれない、柊と最後に見られる花火だったかもしれないのに…… 「4、3──」 カラン、コロン。 不意に、頭上で小さな音が鳴り響いた。 音の方に顔を上げると、 「お待たせ! 間に合っただろ?」 ラムネの瓶を両手に、柊が太陽のように笑った。
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