あと5分、待って

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あと5分、待って

「あと5分、待って」 「5分?」 「あと、5分だけ一緒にいて…」 5分は300秒。そう思うと長く感じられる。短くて、長い5分の間に彼の瞳をじっと見つめて、わたしの瞳と交差させる。  手を伸ばせば、彼の頬に触れることもできるだろう。弾力があって、すこし日に焼けた健康そうな頬に…。  一度触れたら、もう戻れない。きっと離したくなくなる。 (ずっと、そばにいて) 言いたくても、言ってはいけない。わたしは、心にブレーキをかけた。 「さあ、もう帰るよ」 「わかった」 「じゃあ、またね」 「うん…」 またねって、希望的で絶望的。次が保証されていないあいまいで、適当な言葉だと。  引き延ばした5分間は確信的。その5分間は深くて甘い恋人どうしのようだった。彼は何も聞かず、沈黙の5分に付き合ってくれた。瞳と瞳が一体になったその瞬間、至福にあふれて涙がこぼれ落ちそうだった。  5分程度の過去ってどんなものだろう。たいていは、記憶から漏れ落ち、通りすがりの出来事に過ぎない。だけど、彼との「あと5分」はかけがえのない記憶の灯となっていた。  遠くて、懐かしい。消えることのない心の灯。毎年、お盆のころに、鮮明になる。 あと5分、待って…。
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