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靴を履き終えた秋さんが、こちらに背中を向けたまま言った。
「…………ごめんな、蓮」
「…………っ、え?」
どうして秋さんが謝るの……?
「……俺……ちゃんと頭冷やしてくるから。……お前にきらわれないように……うぜぇって思われないように…………ちゃんと頭冷やすから」
「……え?」
「…………お前が……好きすぎてごめんな」
出ていこうとドアに手をかけた秋さんの腕を、俺はガシッと掴んだ。
「なに……っ、離せよ……っ」
「秋さん、今のどういうこと?」
「は……? どういうって……なに……」
そうだった。秋さんはこういう人だった。
さっき秋さんがつぶやいた「マジうぜぇ」は、自分自身のことを言っていたんだ。
秋さんはまた、何を一人で考えて悩んでいるんだろう。
あとでまた好き好き攻撃しなきゃ。
きらわれてなくてホッとして、想像よりもずっとずっと愛されてると分かって胸が熱くなった。
「秋さん戻るよ。靴脱いで」
「は? だから今日は家帰るって……」
「秋さんの家は、ここでしょ?」
「は?」
「ここが、俺と秋さんの家でしょ?」
「…………っ」
「脱がないなら、お姫様抱っこかコアラ抱きか――――」
「わ、分かったよ、脱ぐよっ」
しぶしぶというように靴を脱いだ秋さんを、俺は抱き上げてお姫様だっこをした。
「お、お前……っ、脱がないならって言っただろっ」
「脱いだら抱っこしない、なんて俺言ってないよ」
「は、はぁっ?」
「俺が秋さんを大好きだから、抱っこしたいの」
「な……なに恥ずいこと言ってんだよ……っ」
頬を少し赤らめる秋さんを見て、仮面がはがれた、と安堵した。
文句を言いながらもしっかり首に腕をまわし、顔を隠すように抱きつく秋さんが、悶絶したくなるほど可愛い。
そのままリビングまで戻り、秋さんをソファに座らせる。俺は隣に腰を下ろした。
「それで。さっきのはどういうこと?」
「どういうって……だから……頭冷やしてくるって言ったんだよ……」
秋さんは顔をそらし、こちらを見ようとしない。
「うざいと思われないようにって、どういうこと?」
「だからっ。嫉妬するとかうざいだろ……っ」
「……嫉妬? え……誰に?」
「はっ? お前、聞いてたんじゃねぇの……っ?」
バッと振り向いた秋さんが、目を見開いて声を上げた。
「マジうぜぇ、しか聞いてない」
「……っ、な、んだよ……」
秋さんはクッションを抱え、そこに顔をうずめてつぶやく。
「……聞かれてなかったんじゃん」
小さなつぶやきがクッションに吸い込まれていった。
「秋さん……嫉妬って、誰に?」
俺のまわりに、嫉妬するような人なんているわけがない。心当たりがなさすぎて困惑した。
「…………分かんねぇなら……絶対言わねぇ……」
「でも、だってそんな人誰もいないよ?」
「…………お前は絶対分かんねぇよ。だから忘れろよもう……聞かなかったことにして頼むから」
「…………美月さん……じゃないよね?」
「なわけあるか……バカ」
秋さんは今朝まで普通だった。今日のロケ先に秋さんがいたはずもないから、俺の何かを見たわけでもない。
俺が帰ってくるまでに何があった? 何を見て嫉妬なんてしたんだろう?
「……なぁ……マジで俺、頭冷してぇからあっち帰る……」
「だめっ。絶対にだめ!」
「……もう俺……今日はお前の顔見れねぇんだって……」
ぎゅうっとクッションに抱きつく秋さんが可愛くて、もうどうしたらいいだろう。
いったい誰に嫉妬しているのかさっぱり見当もつかない。でも初めて嫉妬されて嬉しくて、俺は今舞い上がっていた。
「秋さん」
「……なに」
「嫉妬って全然うざくないよ。すごい嬉しい」
「…………誰に嫉妬してるかも知らねぇのによく言えんな……そんなこと」
「誰かは全然分かんないけど、秋さんが言いたくないならもういいや」
秋さんをクッションごとぎゅっと抱きしめた。
「秋さん、大好き。ずっとずっと秋さんだけ愛してる」
「…………俺……も……」
ボソッとささやくように返ってきたその言葉が、死ぬほど嬉しくて胸がぎゅっとなった。
「秋さん、キスしたいな。今日まだキスしてないよ」
「…………朝しただろ……長ぇの」
「…………だめ?」
「…………だめ」
「秋さんは……キスしたくない?」
「…………」
したくないという返事は返ってこない。もうそれだけで嬉しくて顔がゆるむ。
可愛い秋さんの頭にそっとキスをして、今日はこれで我慢しようと思った。
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