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「俺……ドラマデビューしたばっかの頃さ……。ドラマに嫉妬されて……。仕事に文句つけんなよって……無理って思って……別れたんだよ……」
初めて聞く過去の彼女の話だった。
「…………そっか。だから、怖くなっちゃった?」
「…………怖ぇよ……。ラブシーン見せられたわけでもねぇのに……胸ん中グチャグチャになって。俺……昔の女以下じゃん……」
胸に顔を押し付けるようにぎゅっと抱きついて、秋さんが言った。
「お前にきらわれたくねぇのに……嫉妬がとまんねぇんだよ……」
「とめなくていいよ。絶対にきらいにならないから。あ、違う。もっと好きになるから、とめないで」
「…………も……ほんとお前、反応が想像と違いすぎて……逆にビビる……」
大好きな人に嫉妬されたらこんなに嬉しいんだなって俺は今思ってるけど、昔の秋さんは違ったんだな。
でもそれって、もし自惚れじゃなかったら……。
「ねえ秋さん。ちょっと想像してみて」
「……想像?」
「その昔の彼女に嫉妬されたときのこと、ちょっと思い出してみて」
「……うん」
「それが、もし俺だったら……どう?」
「……お前だったら?」
秋さんはじっと動かず考えていた。
しばらくするとゆっくりと顔を上げて、驚いたように目をパチパチさせて俺を見る。
「……なんか……すげぇ可愛くて、すげぇ嬉しい……」
「やっぱり」
秋さんの反応が可愛くて笑ってしまった。
「大好きだと、嫉妬されたら嬉しいよね」
「……そっか。大好きなら、嬉しいのか……」
噛みしめるようにつぶやく秋さんに、昔の彼女には申し訳ないけど、なんだか優越感でいっぱいになってしまった。ごめんなさい、と俺は心の中で謝った。
「それで……どうして堤さんに嫉妬したの?」
あらためてそう問うと、秋さんはまた胸に顔をうずめた。
やっぱり言いたくないんだなと諦めたけど、やがてボソボソと話しだした。
「……お前の……瞳がさ……」
「瞳?」
「……俺を見るときと同じ瞳で……堤さんを見てんだもん……。なんかずっとじゃねぇんだけど……頭をさ……」
「まっ!! 待って!!」
びっくりしすぎて叫んでしまった。
秋さんも頭を上げて驚いた顔を向けてくる。
どうしよう……顔が熱い。恥ずかしくていたたまれない。俺は両手で顔をおおった。
「……それって、堤さんが俺の頭をグシャッてやるとき……?」
「……うん。よく分かったな。……お前なんで顔赤いんだよ?」
なんか不穏な空気になって慌てて手をふって弁解した。
「待って、違う、誤解しないで!」
秋さんが変な誤解をしかけてるのが分かって、恥ずかしいけど一気に暴露した。
「あ、あのシーンの時だけ俺……堤さんが秋さんだと思ってやってる……んだよね」
「…………は? ……え?」
秋さんがポカンとした顔で俺を見る。
堤さん演じる先輩刑事が、俺演じる新人刑事の頭をはたくようにグシャッとするシーンがある。
早くしろっ、何やってんだっ、バカかっ、ことあるごとにグシャッとする。その度に新人刑事は、気にかけてもらえて嬉しくなる、というシーン。
「俺、あのシーンで何度もNG出しちゃって。悪くはないけどなんか違うって言われて」
「……そうなんだ……?」
俺が知りたいのはそこじゃない、と言いたそうな、でもちゃんと聞かなきゃと思ってそうな秋さんの顔。
「堤さんに『優等生の笑顔だな』って言われて。『もっとワンコがしっぽふって懐いてくるみたいな顔してみろ』ってアドバイスされたんだ」
「……なるほど……?」
「それ聞いたとき、秋さんがよく俺をワンコみたいって言うなぁって思い出して。だから秋さんがいつもワシャワシャって撫でてくれてるのを想像してやってみたら、そのあとはもうずっと一発OKでさ……」
「……ふぅん……?」
「……あ、秋さん?」
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