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俺の頭を数回撫でたあと、下ろした手を膝の上でギュッと握りしめたのが、視界の端に見えた。
「秋さん、俺……」
さらに強く握りしめる手が言いづらいことだと物語っていて、聞くのが怖くなった。
さっきの話をするつもりだろうか。だとしたら聞きたくない。もうわかったからそれ以上言うな。
「あの、俺…………」
「…………うん、なに?」
「あの……。今から話すこと聞いても、俺のこときらいにならないで……ほしくて。今までと同じように、やっていきたくて。だから……お願いします」
言ってることが色々おかしくて、わけがわからなかった。
きらってるのはお前の方だろう、と。つらいからきらいになりたいんだよ、と。今までと同じようになんて無理だろう、と。全部吐き出したい。
「…………わかった」
「ありがとう、秋さん」
微笑む蓮の顔を見ると、何もかもがこらえきれなくなりそうで、視界から排除するように顔をうつ向けた。
シンと静まり返った部屋に、息を深く吸い込む音が聞こえる。しばらくして、蓮が静かに話しだした。
「秋さん、俺。秋さんの前だと、どうしても……演技ができなくなるときがあるんだ……」
「………………なんで?」
「その……すごく近い距離で、見つめ合うってシーンになると……どうしても役が抜けてしまって……」
先程の話を二度聞かされるようだ。本気でつらい。
血が通わなくなったかのように、手が冷たくなってくる。
今まで味わったこともないつらさ。
ニコイチになりたいと思うほど好きな相手にきらわれると、こんなにつらくて苦しいのか……。
目頭が熱くて鼻の奥がツンとする。絶対に泣いてはダメだ。蓮の前では。
「それで……克服するために、全部秋さんに話してこいってマネージャーに言われて……」
ちょっと待ってほしい。なぜ俺に話せと言うのか、全く理解ができない。
「俺、確かにそうだって思って。全部話して開き直れれば……。これ以上迷惑かけずに済むかもって。だから聞いてほしいんだ。…………秋さん、俺…………」
そこで蓮は、はぁ、と一度息をついた。
開き直るって……なんだよ。胸がズキズキと痛い。
もういやだ……聞きたくない……。
「秋さん、俺…………」
「……うん」
「あの、俺……秋さんが…………い……ぎて……」
「……なに、聞こえない」
「あ…………秋さんが……綺麗すぎてっ! 俺……ドキドキしちゃうんだっ!」
「………………は?」
綺麗、と聞こえた。
聞き間違いかと思い顔を上げると、蓮が顔を真っ赤にしていた。
目が合うとハッとしたようにうろたえて、両手で顔を隠す。
聞き間違いじゃない?
「俺…………秋さんが綺麗……すぎて、ドキドキしちゃうっていうか、平静でいられなくなるっていうか。……こんなこと思ってるって知られたら引かれちゃうよなって思うと怖くなって…………」
「………………っ」
「……俺……秋さんに……きらわれたくなくて。だから……接近するシーンになるとどうしても、知られないようにしなきゃって思いながら演技しちゃって……だから役が抜けちゃうんだ……」
蓮の話は、予想の斜め上すぎた。
接近するシーンでお前の心臓がヤバい事は、とっくに知ってるんだけど?
なんなら出会った日に俺に見とれてたのも、知ってるからな?
何を今さらな事を言い出すのかと、呆れた。でも。
蓮は俺を、きらいじゃないらしい。
その事実にホッとして、体が震えるほど喜びがこみ上げる。
冷えていた心臓が、一気に熱くなった。
「あ……その……変な意味じゃなくて。その……今までこんなに誰かを綺麗だとか思ったことなくて。そんな人と、あんな近くで見つめ合うとか初めてで。だから、そういうことに慣れてないからだと思うんだ。本当に、その……変な意味じゃないんだ……。こんな事思ってて、本当にごめんなさい」
なんで謝るのと言いたいのに、喉がつまって言葉が出ない。
顔が見たい。今すぐ見たい。確かめたい。そう思ったときにはもう、蓮の腕をつかんで顔から手を引きはがしていた。
眉をハの字にして真っ赤な顔で、目をギュッと閉ざしている。
聞き間違いじゃない。幻聴でもない。
俺は蓮に、きらわれていない。
蓮の真っ赤な顔が、そう教えてくれていた。
本当に嬉しかった。
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