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残った三人でどうするべきか迷った。
俺は楽屋に戻ろうかと考えていたら、リュウジさんがこちらをまじまじと見て言った。
「蓮くんって、何者?」
「えっ?」
「本当、蓮くんどんな魔法つかったの?」
京さんも、真剣な面持ちで聞いてきた。
「えっと、何の話……ですか?」
「蓮くんが、すげぇって話」
全く意味が分からない。首をかしげると、二人は前のめりになって話しだした。
「秋人があんなに誰かに甘えてるの、初めて見たんだよ」
「ていうか、秋人のパーソナルスペースってめっちゃ広いんだけど、蓮くんにだけ発動してないっぽい」
パーソナルスペースって他人が入ってくると不快に感じる距離のことだよな、と不思議に思って首をかしげた。
「秋さん、初めからあんな感じでしたけど……。パーソナルスペースほぼゼロでしたよ?」
それを聞いた二人は、口を開けて愕然としたように「マジでか……」とつぶやいた。
「いや、でもうん……。蓮くんに向ける表情からして、もういつもの秋人じゃないもんな」
「そう……なんですか?」
「ああ、全然違う。すごく気をゆるめたような、柔らかい表情だった。これが本当の秋人なんだってことを、今日初めて知ったよ」
リュウジさんの言葉に、京さんも深くうなずいた。
「あんなに他人に甘えてゆるみきった秋人、他のメンバーに話しても絶対に誰も信じないと思うわ」
「ここに来てさ、蓮くんにもたれかかってる秋人を見たとき、自分の目を疑ったよ」
二人が本当に驚いていることはすごく伝わってきた。でも秋さんの距離感は初めからああだったし、表情も初めから特に変化はない。
二人の言うことが本当なら、あの柔らかい表情の秋さんは俺にだけ見せる顔、ということらしい。
「秋人、ずっと気ぃ張りつめてたんだなぁ……」
「だなぁ。あのゆるっゆるの秋人、他のやつらにも見せたかったなぁ」
「あっ、写真撮っておけば良かったー!」
京さんが頭を抱えて声を上げて、リュウジさんは「それな」と苦笑した。
リュウジさんが、とても優しい瞳を俺に向けて言った。
「蓮くん、ありがとね」
「……え?」
「あいつさ。昔からでき過ぎなくらい良い子っていうか、機嫌の波もないし、ずっと安定してるやつだなぁとは思ってたんだけど。表も裏も同じ過ぎて不自然ではあったんだよね」
リュウジさんの言う秋さんを想像してみた。表も裏も同じって、それが昔からずっと一緒のメンバーの言葉なんだから相当だ。
「俺らには気を許してくれてないのかなって、もしかしてってうすうすは感じてたけど。今日それがはっきり分かっちゃった」
京さんが、寂しそうにシュンとなる。
「そう落ち込むな京。秋人のやつ、俺だけはしっかりしてなきゃ、みたいな気持ちがずっとあったんだと思うよ。人気が不安定な時期も長かったし」
「責任感強いからなぁ秋人」
「でも蓮くんのそばだと、あいつ自然体になれるみたいだから良かった。あいつが安心して素をだせる場所ができて。だからありがとう」
「いえそんな……。俺、特別なにかしてるわけじゃないし……。秋さん、役に引っ張られてるだけじゃないですかね」
「引っ張られる?」
「はい。このドラマでは俺たちずっとベッタリで、距離感ゼロだから。その延長なだけかも……」
「うん、そうだとしても間違いなく秋人は蓮くんに気を許してるし、それに」
それ、と俺の手にある缶コーヒーを指さした。
「蓮くんの口つけた缶コーヒーを飲んだのもびっくりした。その辺、潔癖なくらい嫌がるやつだから」
「本当に、蓮くんは何者なの?」
「きっとなにかあるんだろうな、蓮くんには」
「な、何もないですよ、そんな」
秋さんは本当に俺に……俺だけに気を許してくれているのかな。長い付き合いのメンバーがそう言っているんだから、そうなんだろう。
俺の中では今の秋さんが普通だけれど、違ったらしい。
俺だけに見せてくれている姿だと思うと、なんだか信じられない気持ちで嬉しくて胸がこそばゆくなる。
今までは、すごく人懐っこい人となんだと思っていたのに、本当は違ったんだ。俺にだけだったんだ。
心臓がトクンと鳴った。
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