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撮影本番。
夕日の差し込む教室の片すみ。
思わず抱きしめてしまった親友に想いを打ち明ける、蓮のセリフから始まるシーン。
蓮に、抱きしめられた状態でスタンバイ。
心臓が早鐘を打っている。お願いだから、静まってほしい。蓮の演技の邪魔をしたくない。
監督のスタートの声が響いた。
「…………ごめん。俺、お前が好きなんだ……」
耳元に、まるで絞り出すように苦しそうな親友の…………。蓮の……声。
それを聞いただけで、胸がぎゅっと痛くなって泣きそうになった。俺の……秋人としての胸が……。
監督のスタートの声が聞こえても、全く役になりきれず今ここに立っている。
ゆっくりと俺の体を離し、両肩を握る蓮の手が震えていた。
「…………ごめん、忘れてくれ。好きになって……本当にごめんな……」
肩から力なく離れていくその手を、思わずにぎりしめた。
離れたくない……。
離したくない……。
ずっと……こうしていたい。蓮と……。
何か分からない感情があふれて、俺の手も震えていた。
「俺も……お前が…………好きだ」
喉の奥が焼けるように熱くて、つぶれるような声になった。
…………ああ、そうか。そうなんだ……。
セリフを口にしてみて、分かった。
好きだよ……蓮。お前が……。
「好き……なんだ……」
震える声で必死に告げると、引き寄せられて閉じ込めるようにぎゅっと抱きしめられる。
身体中が歓喜に震えて、燃えるように熱くなった。
にぎったままの手は、どちらからともなく指をからめ合った。
指先から、好きの気持ちが伝わってくる。
抱きしめていた腕がゆるみ、俺たちは見つめ合った。
瞳がうったえてくる。痛いくらい好きだと。
蓮の気持ちじゃないと分かっていても、勘違いしてしまいそうになる……。
「……好き…………」
喉の奥から絞り出すように伝えた、その唇が震えた。
「俺のほうが……大好きだ……」
射るような熱い眼差し。
ゆっくりと顔が近づいて、唇が重なった。
ふれるだけの、優しいキス。
唇から電流が流れるように、身体中がしびれた。
今、蓮と……キスしてる……。
嬉しくて、でも胸が痛くて泣きたくなった。
唇がゆっくり離れていく。
いやだ、離れたくない。もっとこうしていたい。
まだ、このまま……。撮影中なら……まだ、キスしていられる……。
蓮の首に腕をまわして引き寄せ、自分からもう一度唇を重ねた。
嬉しくて幸せで、愛しい感情があふれ出る。
でも胸が苦しい。これはきっと、叶うはずがないという悲しみと罪悪感。
ごめん、蓮……好きになって……。
ごめんな……。撮影を利用してまで……キスなんかして……。
蓮とキスができた嬉しい気持ちと罪悪感で、まぶたの奥が熱くなった。
カットの声がかかっても、いつものように頭が切り替わらない。切り替わるはずがない。
だって俺は今、演技をしていなかったから。
ずっと俺のままだったから。
セリフも感情もなにもかも全部、俺自身だったから……。
監督が側にやってきて、抱きつくような勢いで肩をつかまれた。
「二人ともすごく良かったよ! つないだ手を見てるだけで二人の気持ちが伝わってきて、ものすごく良かった。秋人くんのアドリブのキスも驚いたけど最高だったよ!」
監督は目の前にいるのに、その言葉はどこか遠くで聞こえる。
ずっとつないでいる蓮の手を、ぎゅっとにぎり直した。まだこの手を離したくなかった。
「秋……さん……?」
蓮の戸惑うような声に答えられない。
撮影中に、急に自分の気持に気付かされて、整理しきれない感情でいっぱいだった。
「秋さん、もしかして役が抜けてない?」
心配そうに瞳をゆらす蓮を見る。
ぶわっと気持ちがあふれて止まらなくなった。
同時に、もう熱のこもっていない蓮の瞳に胸がズキッと痛む。
指先から伝わってきた好きの気持ちも、今は感じない。
当たり前だ。蓮のあれは演技だったんだから。
蓮は演技をしていて、俺だけがしていなかった。
もうこのまま、手を離したくないと思っているのも。
またさっきのように、抱きしめてほしいと思っているのも。
もう一度キスがしたいと思っているのも。
全部、俺だけ。
俺だけが、蓮を、好きなんだ――――。
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