二人の出会い・秋人編✦side秋人

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 無事にクランクインしたあと「蓮くんって呼ぶの、やめてほしいです」と蓮が言った。  だから俺も「敬語はやめてほしいな」と返した。   「……が、んばります」 「それ敬語な」 「が、頑張る」 「ははっ」  一生懸命にタメ口で話そうとする蓮が可愛いすぎた。  ところが蓮は、数日たってもなかなか敬語が抜けず苦労していた。  もう根っから真面目なんだろう。年上じゃなくても常に敬語が標準装備らしい。  スタッフの名前は全員覚えているし、機嫌の波が全く無い。完璧紳士で本当に格好良い。  裏の顔は無いのかとひそかに観察しているが、今の所何も出てこない。  出てこないどころか、良い所ばかり見えてくるから逆に面白くない。もうちょい人間らしいとこがあってもいいんじゃねぇの? と思ってしまう。  撮影時間に合わせて楽屋からスタジオに向かっていると、廊下の先に蓮がいた。  床の隅の方をじっと見ている。そこにいったい何があるのか、蓮はしばらくそうしていたが何もせずに歩き出した。  でも数歩行った所で(きびす)を返し、また同じ所をじっと見る。  蓮は何をしてるんだ? と俺は首をかしげた。    距離が近づくと落ちている物が見えてきた。鈍く光っているそれは、どうやら硬貨のようだ。色から察するに、百円? 五百円? 五十円か?  蓮がそれをどうするのか、俺はちょっとワクワクした。見つからないように角を曲がった先で顔だけ出してそっと見守る。  すると、蓮はその硬貨を拾ってポケットにしまい、そのまま行ってしまった。 「マジか……」  驚いて言葉をこぼした。まさかあの蓮が……。  きっと見られたくなかったはずだ。見てしまった感が半端ない。  でも、そんな蓮もたまにはいい。俺はなぜだかものすごく感動してしまった。  なんだ、蓮も人間らしいとこあんじゃん。  あれくらいは可愛いもんだ、と一人うなずきながら、俺もスタジオに向かって歩き出した。  廊下の途中で、蓮がスタッフと話をしていた。  スタッフは首をかしげ、蓮は頭を下げる。  スタジオに向かって歩き出した蓮を、俺は呼び止めてかけ寄った。 「蓮っ」 「あ。秋さん」 「何かあったのか?」 「秋さん、お金落とさなかった?」 「え?」 「五百円」    蓮は、握った手を開いて見せてきた。さっき拾った硬貨は五百円玉だったのか。 「うーん、どうしよう。すれ違う人に聞いてもダメか。あそこで落としたってことは、向こうから来る人じゃないもんな……」  心底困った顔をする蓮を見て、やっぱりこういうやつだよな、と俺はまた感動して胸がじんわりあたたかくなった。 「あのままだと誰かに取られちゃうかな、と思って拾ったんだけど」 「もらっちゃえば?」 「え? それはダメだよ」 「五百円くらいラッキーと思ってさ」 「それはダメでしょ?」  子供に怒るみたいな顔で俺を見る。どんな家で育てられたらこんな真っすぐに育つんだろう。   「だよな、だめだよな」  見上げる位置にある蓮の頭をグリグリと撫で回す。「ちょっ、もうっ、髪が崩れるっ」と怒る蓮に、俺はもっと撫でてやった。 「あとで受付にでも届ければいいんじゃねぇ?」 「あ、そっか。なるほど」 「蓮、髪ボサボサ」 「もう。誰のせい?」 「ははっ」  俺がまた頭を撫でようとして、蓮が怒る。  そんな風に二人でじゃれ合いながら、一緒にスタジオまで歩いて行った。  
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