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用意されたパジャマに着替え、ベッドに二人で横になる。
手をつなぎ、足を絡め、胸に頭を乗せ、腕枕、頭にキスまで要求される。
連日のように求められる、この溺愛の距離感。
カメラマンの指示に内心はうろたえながらも、俺は余裕なふりをする。
どんなに平常をよそおっていても、緊張で手は冷たく、心臓は破裂しそうなほどバクバクしている。
身体中が心臓にでもなったのかと思うほど、己の心音が耳まで届く。
もうカメラマンを嫌いになりそうだ、と泣きそうになった。
「嘘です。仕事だって分かってます。素敵な写真をありがとうございます……」
かすかなささやきで謝罪をすると「何、突然どした?」と秋さんに笑われた。
男女の恋愛ドラマでもBLドラマでも、きっと秋さんはこんなの慣れっこなんだろう。
相手が俺みたいな男でも平然と余裕で溺愛の演技をする秋さんに、役者としてのプライドも刺激されて悔しくなる。
悔しくもあり、でもひそかに尊敬もしている。
俺は秋さんの優しい演技が大好きだ。
「蓮、耳赤いぞ」
「……うるさい」
「んー俺のことさ、彼女だと思ってやればいいんじゃねぇの?」
「彼女なんて、いないし」
「んーまあ、そう言うだろな。じゃあ今まで女にやったこと思い出してさ。想像してやってみ?」
「こんな事、やったことない」
「……ん?」
「やったことないから、想像できない」
「……は?」
嘘だろ? と言って半信半疑な顔の秋さんに俺は答えた。
「……うん、嘘だよ」
それを聞いた秋さんが「マジで嘘だよな?」と真剣に問うので、笑って誤魔化した。
根ほり葉ほり聞かれても面倒臭い。
学生時代は告白もされた。でも、好きでもない人とは付き合う気もなかったから彼女はできなかった。
この仕事を始めてからはスキャンダルはもちろんご法度で、そんなことよりも仕事が第一だし、だから彼女の一人もいた事はない。
この話をすると、彼女がいなくてもすることはできるだろう、とよく言われるが、そもそも好きでもない人としたいとは思わない。
別にばかにされようが笑われようが、自分の考えを曲げようと思ったこともなかった。
「じゃあ腕枕の状態で微笑み合おうか」
先程の謝罪を取り消したい。
恥ずかしすぎて瞳を合わせているのがもうつらい。
初めての主演で恋愛ドラマ、しかもBLで、女性にだってやったことのない事を求められる。
だからこんなに平静でいられないんだろう。
瞳をそらさずにいる、もうそれだけで限界で、表情を作るのすら難しいのは役者としても経験不足だからだろう。
今までの仕事はそこそこ評価されてきたし、最近やっと自信も付いてきていた。でも、全部思い上がりだったんだ。
本当に恥ずかしくて羞恥心でいっぱいになる。
うるさい心臓については既に諦め、無心になれと自分に言い聞かせた。
今回の撮影は、腕の中に秋さんを閉じ込めるように抱きしめて眠るショットで終了した。
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