2人が本棚に入れています
本棚に追加
放課後(郷力輝)
放課後。部長、郷力輝の日課は相撲道場に通うことである。
相撲好きだが、相撲部がない高校に進学し、幼いころから通っている道場に今も行っている。
「倉井、久しぶりだな!」
一通り基本の稽古をした郷は、すみにいる女子に休憩がてら声をかけた。
別にナンパではない。ただの後輩を気にかける先輩としての行為だ。
「受験生ですから」
相変わらずのむすっとした顔で応えるのは、中学三年生の倉井乃花。郷もいた中学に通っている。
男臭い道場で静かに咲く花。切れ長で美しい黒目を持つ彼女だが、笑うことはほとんどない。
唯一笑うのは土俵の上で勝ったとき。
「そっか。高校は楽しいぞ。今日は武将に会いに城まで行ってきたぞ」
「この辺りで武将がいる城ということは、あのエレベーターつきの鉄筋コンクリート城ですか」
倉井がため息をついて顔を曇らせ、後輩を和ませようとしていた郷は焦った。
「きょ、今日はやらなかったけど、武将と相撲をすることもあるぞ」
「え、武将と相撲? おもしろそう」
倉井の目が輝き、郷は先輩として嬉しくなる。
「かつて城主が強い武士を集めるために相撲をさせていてな。それの歴史を伝えるために、武将との相撲大会がときどき開かれるんだ」
「へぇ。郷先輩は勝てたんですか?」
「それができなかった。だから、こうして今日も鍛えに来たんだ。今度こそ武将に勝つために!」
郷は気合いを入れるように、自分の顔をパンパン叩いた。
「武将って言っても、ただのコスプレですよね? そんな人に負けるって、郷先輩はやっぱり弱いですね」
「そんなことないぞ! 倉井が来てない間に俺は強くなったんだ。あの武将はそれ以上に強かったんだ」
「じゃ、久しぶりに一番やりましょう」
倉井が土俵へと向かい、郷もあとに続く。
土俵の白線に互いに手をつくと、馴染みの息はすぐに合い、次の瞬間には二人は飛び出し――倉井の体に土がついた。
「わ、私が郷先輩に負けるなんて……。
ということは、武将はもっと強いと? 私も……武将とやってみたい!」
「おう。高校受かったら、一緒に戦いに行こうぜっ」
「はい! まずは高校受験頑張ります! そして、郷先輩を倒して、武将を倒しにいきます!」
みなぎる闘志を燃やす後輩を見て、先輩郷は嬉しそうにうなづく。
ただ、このとき倉井が考えていたことには、気づいていなかった。郷先輩と同じ高校に入って相撲を取ると……。
最初のコメントを投稿しよう!