放課後(郷力輝)

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放課後(郷力輝)

 放課後。部長、郷力輝の日課は相撲道場に通うことである。  相撲好きだが、相撲部がない高校に進学し、幼いころから通っている道場に今も行っている。 「倉井、久しぶりだな!」  一通り基本の稽古をした郷は、すみにいる女子に休憩がてら声をかけた。  別にナンパではない。ただの後輩を気にかける先輩としての行為だ。 「受験生ですから」  相変わらずのむすっとした顔で応えるのは、中学三年生の倉井乃花(くらいのか)。郷もいた中学に通っている。  男臭い道場で静かに咲く花。切れ長で美しい黒目を持つ彼女だが、笑うことはほとんどない。  唯一笑うのは土俵の上で勝ったとき。 「そっか。高校は楽しいぞ。今日は武将に会いに城まで行ってきたぞ」 「この辺りで武将がいる城ということは、あのエレベーターつきの鉄筋コンクリート城ですか」  倉井がため息をついて顔を曇らせ、後輩を和ませようとしていた郷は焦った。 「きょ、今日はやらなかったけど、武将と相撲をすることもあるぞ」 「え、武将と相撲? おもしろそう」  倉井の目が輝き、郷は先輩として嬉しくなる。 「かつて城主が強い武士を集めるために相撲をさせていてな。それの歴史を伝えるために、武将との相撲大会がときどき開かれるんだ」 「へぇ。郷先輩は勝てたんですか?」 「それができなかった。だから、こうして今日も鍛えに来たんだ。今度こそ武将に勝つために!」  郷は気合いを入れるように、自分の顔をパンパン叩いた。 「武将って言っても、ただのコスプレですよね? そんな人に負けるって、郷先輩はやっぱり弱いですね」 「そんなことないぞ! 倉井が来てない間に俺は強くなったんだ。あの武将はそれ以上に強かったんだ」 「じゃ、久しぶりに一番やりましょう」  倉井が土俵へと向かい、郷もあとに続く。  土俵の白線に互いに手をつくと、馴染みの息はすぐに合い、次の瞬間には二人は飛び出し――倉井の体に土がついた。 「わ、私が郷先輩に負けるなんて……。  ということは、武将はもっと強いと? 私も……武将とやってみたい!」 「おう。高校受かったら、一緒に戦いに行こうぜっ」 「はい! まずは高校受験頑張ります! そして、郷先輩を倒して、武将を倒しにいきます!」  みなぎる闘志を燃やす後輩を見て、先輩郷は嬉しそうにうなづく。  ただ、このとき倉井が考えていたことには、気づいていなかった。郷先輩と同じ高校に入って相撲を取ると……。
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