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二股
僕を抱き込むのもあきらめた楠木先生は、しゅんとして独りでなにか作るのを始めた。
教師のくせに、やっきになって意地を通そうとしたのが悪いのだけど、ことの発端は僕にあると思う。
僕がはっきりとどちらにつくか言わなかったから、僕の取り合いに……。
けど、両方やってはいけないのだろうか。片方に決めないといけないのだろうか。
「おっし! 俺が甲冑つくろうとしてる武将を教えてやるぜ」
物悲しそうな楠木先生を眺めていたら、部長が作りかけの甲冑の前に僕を立たせた。
甲冑の胴である部分に大きな円が描かれている。
(えっと、この家紋はたしか……)
「この武将もここの出身でな、虎をも倒す強い武士なんだぜ」
「ああ、あの武将か。七本槍の一人の」
「そうだ」
武将がその武将の本を僕に渡してきた。家紋でこの武将を導きだせなかったのが少し悔しい。
「この紋は蛇の目紋といって、神聖な生き物である蛇が邪気を払うというお守りとしての役目があったんだ」
本に載っている鎧兜を部長は忠実に作ろうとしているようだ。
目の前にある鎧と同じものが本の見開きに載っている。その鎧には、長細い烏帽子のような兜が一緒にある。
部長の作品にはまだ兜はないみたいだから、これから作るのだろう。
「そんじゃ、墨田はこの兜を作ってくれ」
「え、僕が兜を? て、説明は終わりですか」
もっと部長がこの武将のうんちくを語り、部長がこの兜を作ると僕は思っていた。が、違ったようで、僕の心の準備が追いつかない。
「墨田はこの武将のこと知ってるんだろ」
「ええ、まぁそうですけど……。あの、この兜作る前に、楠木先生の様子も見てきていいですか」
突然の兜作りという迫る現実から目をそらすように、僕の目が楠木先生をとらえる。
「浮気するのか? 墨田のラブはそんなものなのか」
「ぶ、武将は好きですけど、両方やってみたいなぁって……」
ぬっと詰め寄る巨人部長が怖くて、僕は武将が好きと思わずウソをついた。
「じゃぁ、もういい!」
ウソをついた効果もなく、本を持ったまま僕は床に押し倒された。
久野は……、先生も、自分の世界に没頭しているのか、僕が巨人にやられる非常事態なのに反応がない。
(怖い……)
転ばされ、上から見下され嘲笑される……嫌な記憶が走る。
(結局部長も……あれ?)
部長はとっくに僕に背を向けて黙々と甲冑作りに取りかかっていた。その背中は少し寂しげだ。
好きと簡単に言ってしまったウソが重く感じ、手にある本も重く感じてくる。
(この本どうしよう。返そうか。それとも……本当に好きになるように読んでみようか)
「せ、先生。僕も埴輪作りやってみてもいいですか」
「え、本当に? ありがとう」
本を抱きしめて、僕は楠木先生に声をかけてみたのだった。
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