覚えているのは寒さだけ

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 そのまま大型ショッピングセンターの中心部である食料品売り場へ行き、安価な缶のドクターペッパーを買うと、自転車置き場まで行く。  乾く喉を一気に潤し、ひとしきり飲み終えて、近くの自販機の側にあるゴミ箱に捨てると、自転車置き場に見覚えのある影が見えた。  そして、その側には怪しげな人影もある。  なにやらお取り込み中のようだ。全く、こっちからすれば自転車を出すのに邪魔なだけなのに。 「はぁ……」  今日だけでため息を何回ついて、何度幸運を逃しているのか。もはや数え切れないレベルになっている。  これじゃあ気晴らしもへったくれもない。  そのまま歩いていくと、徐々にその二つの影の会話が聞こえてくる。 「………もう、諦めて下さい!」 「嬢ちゃんこそ、諦めなよ。力勝負で勝てんのか?」 「だったら、警察に連絡しますよ」 「やれるもんならやってみろ」 「えっ……やっ、離して!」 「早く来い。お前から言い出したことだろうがよ」  そんな明らかに絡まれている以外捉えようのない会話を聞いてしまった。そして、その絡まれている人物が篠崎だという事実も知ってしまったのだ。 「あー、ったく……。ここはひとつ動くしかない、か」  一人呟くと少し腕まくりをする。そして、もう一つの影と目線を合わせた。ハッと驚いた表情を見せ、口に手を当て、大声で叫び始める。 「誰か、助けてください!女の子が襲われています! 警備員さん! 近くにいないんですか!」  すると、舌打ちをすると彼女の手を握り、逃げ出し始めた。 「痛い!」  思わず彼女の口から出た言葉とその表情を見た瞬間、何かに駆られて、体は動き出す。  運動神経も下の下で体力も力もないことなど百も承知。その上でに突進し始める。  向こうは彼女の抵抗のせいか、僕の足でもゆうに追いつけた。 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」  全身に力を込め、右肩を前に出し、タックルの姿勢をとる。だが、この速度と体格差で跳ね返されてしまうかもしれない。  なら、と視線を背中から足下へと移す。  大きく転んでしまうかのように飛び込み、宙に舞った体はその影の足へとぶつかると、男もろとも大きく地面に転がった。
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