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忘れてしまった約束
ちょうど近くを通りかかった警備員が駆けつけてくれ、ひとまず大事に至らなかったことに安堵の息を漏らす。これで。と、思った次の瞬間、足が思うように動かず、上手く立てないことに気がつく。
ふと、見てみると完全に捻挫をしたようだ。まぁ幸いなことに、運動部でもないし、誰かとどこかに行く予定もない。自転車だから登校に支障はなく、体育は今学期最後の授業を終わらせている。
そして、さほど痛まないのも不幸中の幸いだ。もしかしたら、心の痛みの方が強いだけかもしれないが。
「な、何一人で勝手に助けて、一人で怪我してんの? ばっかじゃない」
絞り出されたその声とその表情を見ると、一瞬で彼女の気持ちを察してしまった。
「そんなこと言われたって……ていうか、怪我してません。では」
「無理よ。ろくに立ち上がれない状態でどうするの?」
「なら逆にどうするんです? 何か出来るんですか?」
少し振り払うように言葉で切りつける。が、彼女も今度は折れないらしい。
「私が自転車漕いで、あんたが後ろに乗れば良いじゃん」
「警察に見られたらどうすんです? 補導もされたくないですし」
「なら、私が自転車を押すから乗ってて」
「非効率的です」
「だったら……」
それでも、僕は切りつける。相手の気持ちをすくわないように。二次元の世界ならいい感じに進むのだが、現実は一切甘くない事くらい解っている。
「別になんとかできますし、自転車を漕ぐことぐらいは出来ますんで。ていうか、そちらこそ怪我はないんですか?」
そんなことを捨てるように言った瞬間、彼女は少し俯く。すると、肩がプルプル震えていることに気がついた。
「何、笑ってるんです?」
「だって、おんなじ学年の同じクラスの女子に敬語とか……」
「チッ……では」
言いたいことくらい分かる。気怠さのまま、さっと痛みに耐え、無理やり立ち上がり、歩く。
「意地張りすぎじゃない? ちょっとは甘えたら?」
「女子に甘えるくらいなら、自力でなんとかしますね」
足を引きずりながらも自転車のところへたどり着き、何とか自転車を出して帰る。
一つため息をこぼすと、モヤモヤした感情を振りほどき、疾走系音楽を頭で響かせながら愛すべき家へとダッシュしていく。楽園がそこにあると考えれば、何となくだが力が出る気がした。
「にしても、今日は大変だね」
「あぁ、全くだよ。クラスの中心核の女子を助けちゃうし」
そこまでいったところでデジャヴを感じ、パッと声の主を見る。すると、案の定篠崎だった。
「な、な、なんでこんなとこにいるんです? て、てか、家逆方面ですよね?」
「まだ3時前なのに怪我人が帰るのを手助けする以外のことはないでしょ?」
もし本当にそうならさっき渡した野口英世はどうなるのか、なんていらない心配をしてしまう。
「あの、付いて来ないで下さい……」
「てか、その前に敬語やめてくれる? 話しずらい」
「はぁ……」
正直、自分でも敬語は使いたくはないのだが、自然と緊張してしまう。だから、直し用はない。かといって、それを言って信じてもらえるかどうか。
「ま、どうせ、すぐ治せるようなものでもなさそうよねぇ。しばらくは許してあげる」
何故かだんだん彼女が上から目線になっている気がしてきた。
クラス内カースト最下位の僕と上位の篠崎が一緒にいるとなると、パシられているように見えるから出来れば回避したい。
別に格段女子が苦手なだけではないのだけど。
「別に許してもらわなくて結構です。では」
再び激痛に耐え、ギアを上げながらもペダルを漕ぐ速さを上げていく。ゆっくり走る車以上の速度を出すことに成功し、振り切っていった。
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