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「大丈夫? 息を切らしてるけど」
「大丈夫だ。あの女は追って……」
そのデジャブを感じると、後輪のブレーキをかけながら、ハンドルを急に切る。そして、痛めている足でも構わず地面につけ、アスファルトを削るようなカーブで九十度方向を変え、近道を通り始めた。
今度こそ後ろからついて来ていないことを確認すると、切らした息を整えるように一定のリズムで漕ぎ始める。
「ったく、なんだったんだよ」
「ほんと、そうよね〜」
「あぁ、全く……」
「あんたの態度、もうちょい他人のこと考えたら?」
そこまで話は聞けたが、驚いたのもあり、うっかり転けてしまう。
ガシャーンという破壊音が聞こえる時にはなんとか飛び離れることはできたが、痛めている足を庇ってしまったこともあり、逆足を怪我してしまった。
「あーあ、何してんの? ドジね」
その言葉を聞かぬふりして、倒れた自転車を起き上がらせる。
そして、乗ろうとハンドルを押さえた瞬間、ハンドルが変な向きを向いていることに気が付いた。
「自転車も壊しちゃって。ほんと、何してんのか」
「う、うぅ……」
「う?」
「うるせぇ、別に良いだろ? つか、何でそうやってついて来る? 篠崎とは無縁だろ? さっきの恩を思うならほっとけ」
そこまで言うと、なんだか罪悪感というか、言いすぎた感が残ってしまった。流石の篠崎も少し俯く。
気まずくなってしまったこの場で出来ることは立ち去るということだけだ。無理にでもハンドルを戻し、不安定なまま跨る。
「じゃあな」
せっかくの気晴らしに外に出たのに、こんな空気は持って帰りたくない、その一心で小さな声で言葉を残し、その場から立ち去った。
だが、両足を痛めてしまったせいか、若干バランスも取れず、スピードも出ない。
「ここからまだ二十分もあんのによぉ……。動いてくれっての」
奥歯を噛み締めて、必死に漕いで行くが、この先には急な坂道が一つある。それも割と距離のある道。
ゆっくり漕ぐのもままならない状況だが、そこを通らない限り、ここからの帰り道はない。
そんなことを考えていると、もう坂前までついてしまった。
「クッソ……」
まだ軽傷の左足を地面につけられてはいるが、このままでは上がれない。
「やっぱり一人じゃ無理じゃん」
そう言って背後から声をかけられる。
「何ですか? まだ何か」
「ある。その変な意地を捨てて欲しい。こっちだって『助けてもらったから』っていうよりは押し付けがましい善意で来たの。素直に『手伝って欲しい』って言ってくれれば、手伝うよ」
その時、うっかりとブレーキをかけていたはずの自転車はバランスを崩し、また大きく傾く。
だが、もう飛び降りるだけの力も着地するだけの足もない。
なによりも、もう間に合わない。
「危ない!」
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