悪意の背中

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 ***  ひっそりと静まり帰った建物。  私は帽子の下から、霧に包まれてお化け屋敷のようになった孤児院を見――ほくそ笑んだ。  この場所に、私がミサンガを持ち込んでからひと月。少し時間はかかったが、やはり望み通りの結果が得られることになったらしい。  孤児院の隣の墓地には、明らかに十字架の数が増えている。墓石に水をかけて一生懸命手入れしているマクベス先生の姿は、ひと月前よりもずっと痩せてやつれたように見えた。きっと私が訪れたことにも気づいていないのだろう。 「おい」  不意に、門の内側から声がかかった。おや、と私が目を見開いて見れば――門の後ろから、三人の少年が姿を見せる。  驚いた。まさか、三人も生き残っている子供がいようとは。 「お前、やりやがったな」 「はい?」 「とぼけんな。僕はもう全部わかってるんだ。お前は魔法使いは魔法使いでも、悪い魔法使いだってことが!」  三人のリーダー役らしき少年。確か資料によれば、名前はケティであったか。ならばその後ろにいるのは、彼と仲良しのカーネスとライアン、だろう。 「お前が渡したミサンガは本物だった。みんな、それをつけて眠ったら、楽しい夏の思い出の夢を見るようになった。そんで、どんどんその“楽しい思い出”の中毒になっていったんだ。現実でごはんを食べることも遊ぶことも忘れて、殆どミサンガつけて寝てばっかり!」  それが狙いだったんだろう、とぎろりとこちらを睨むケティ。 「ある奴らは衰弱して死に、ある奴らは……現実に戻るたびその思い出が“自分の本当の家族じゃない、赤の他人の記憶”であることを思い知って絶望して、自ら命を絶った!お前、最初からこうなることがわかってて、僕達にミサンガを……素敵な夏の思い出とやらを押し付けやがったんだろ!この悪魔!」  こんなもの!と少年は自らの腕からミサンガを外し、地面に叩きつけた。僅かにはねたそれは、不自然な結び目がある。どうやら、何かの事故か、あるいは意図的にか――ミサンガを切ってしまったせいで効果が失われていたらしい。他の二人も同じなのだろう。なるほど、だから彼らは無事だったというわけか、と納得する私である。 「失礼なことを仰る。私が直接、子供達を殺したわけではないでしょう?そして嘘も言っていない。ただ、素敵な思い出を見られる道具を、無償で皆さんに提供しただけですのに」  自分は本物の魔法使いだ。正確には、魔法の道具を作ることにだけ秀でた特別な人間に過ぎない。  それをどう扱うかは、全てその人間次第だ。  ただその人間が過ぎた力に溺れたり、想像もしなかった破滅をする様を眺めることが、ちょっとばかり楽しいというだけで。 「……帽子で目元隠してても、バレてんぞ。笑ってんだろ」  たくさんの子供達がバタバタと死んでいく中、少年は何を思っていたのか。  その宝石のような青い眼に宿るのは、明らかな憎悪だ。 「法律じゃ、お前の犯罪を立証できないかもしれない。だから決めた。……大人になったら僕が必ずお前を殺してやる。お前のような人の心を弄ぶクソ魔法使いを」 「おやおや、それは楽しみですねえ」  これだからやめられないのだ――“魔法使い”のお遊びは。  新しく産まれた楽しみを目の前に、私はきゅうう、と唇の端を持ち上げたのだった。
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