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毎日毎日、暑い日が続く夏のある日。
この日は朝から、俺は浮きだっていた。
彼女と一緒に外回りの仕事で組むことになり、朝からずっと取引先に行けるからだ。
彼女と今まで何度か組んだことはあったけれど、外回りの仕事では初めてで、会社の外に出て彼女と一緒に居られるなんてと、ワクワクしていた。
外回りの時はいつも組んでいた社員の木村君が数日前から体調を崩して休んでいるのは心配だったけれど、彼女と今よりも近付ける機会だと、これ幸いにと思っている自分がいることも否定出来なかった。
会社の近くのいつも降りる駅で降りると、少し歩いた先で白髪の腰が曲がった女性が屈んで、道に散らばった小銭を一生懸命拾っていた。
オフィス街でちょうど通勤ラッシュの時間で、皆急ぎ足で会社に向かい、女性のことは見て見ぬ振りをした。
俺は左手首をかえして時間を確認する。
……まだ大丈夫だな。
そうして女性に近づき、一緒に屈むと『手伝いますよ』と言って結構大量に散らばった小銭を拾った。
女性と汗だくで拾い終えて、『ありがとうございます』と何度も頭を下げる女性と別れて、小走りで会社に向かった。
……少し遅くなったけれど、まだ間に合うだろう。
朝から明る過ぎる太陽に眩しさを覚えながら、会社まで歩いていると見知った人の後ろ姿を見つけた。
ずっと見てきて、見間違うはずがない。
あの後ろ姿は、桃ちゃんだ。
「桃ちゃん!桃ちゃん!……桃、ちゃん!」
俺は、反射的に名前を呼んだ。
公衆の場だということも気にせずに、彼女の名を呼ぶけれど、彼女は気付いていないのか歩き続ける。
「っ、桃ちゃん、桃ちゃん!」
全速力で駆けてより近くにいって、彼女めがけてもう一度叫ぶと、彼女はようやく自分が呼ばれていると気付いたのか立ち止まって、ゆっくり振り向いた。
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