02

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「……想像以上に、広い」  夜になるのを待ち、黒猫姿で夜陰に紛れて侵入したところまでは良かった。侵入はインキュバスの大得意中の得意。しかし肝心の王さまがいる場所が見つけられない。  主が出してきた、王さまの私物から気配を辿って呪いを念じた時のことを思い出し、ぬん、と意識を巡らす。  そもそも。  呪うとは、何なのだろうか。悲しいことにインキュバスとしてまともに獲物を襲えるようになる前に人間に捕まってしまい、ひもじい時は黒猫の姿で猫用のごはんを食べてしのいできた。もはや、猫として生きた方が幸せなのかもしれない。ひたすら寝るという猫としての能力は高いのに、「お前は契約してマギステルスとなった。人を呪え、家を根絶やしにしろ」と言われても、具体的な手法が分からない。呪うように命令された時は、主から呪う相手の私物を渡されたので、お腹が空いたなあ、楽しいことないかなあと考え事をしながら「呪われろ~」と口で唱えてみたりはした。 「うん? こっちっぽい」  ふいに、張り巡らせた糸に王さまの私物から感じた気配と同じものが引っかかった。とりあえず精気でも奪ってみればいいのかな。軽い調子でその気配へと向かい、部屋の中に人影があるのを窓から確認する。俺は、猫の手でそっと窓を開き、部屋の中へと潜り込んだ。……鍵がかかっていないぞ、不用心だなあ。 (よし、いるいる)  ふりふりと長い尻尾が揺れる。とりあえず、後は王さまが寝るのを待って襲いかかるだけだ。王さまはご高齢だと聞いたので、寝るのが早いはず。やがて寝台が軋む音がして、部屋は静まり返った――。 「ふはははは!」  よし、呪うぞ。とりあえず、インキュバスっぽくおじいちゃんの王さまに乗っかってから考えよう、と黒猫から人に似た――違いと言えば、背に小さな黒翼があるくらい――姿で寝ている王さまに襲い掛かったところで、俺に悲劇が訪れた。  俺が剥がすよりも先に上掛けが勢いよく放られて寝台の中へと、俺の身体が引きずり込まれる。 「ぬああ?! ああああ」  パニックに陥った俺の前で、闇夜に光る冷たい眼がこちらを見ていた――もしや、王さまはご同業でいらしたのか。 「お前。数日前、訳の分からない力を送り込んできたな?」 「……わけの分からない……」  両腕を頭上でまとめられてしまい、俺よりも体躯の良い男に体全体を使って押さえつけられる。挙句、なけなしの矜持を傷つける一言に、俺は半分以上泣きかけていた。王がどうのって言っているってことは、この男は王さまじゃないらしい。君は誰なんだ。 「――お前、まさかインキュバスか? 随分みすぼらしいが」 「はあ……。主が呪えというのですが、まったく効果が出ないので直接来てみたのです。もはや、ここまで……むねん」  そもそも、主が王さまの私物だとか言っていたのがこの男のものだったのかも。ああ、火炙りか何かになるのかな。もっと美味しいものを食べたいインキュバス生であった。  不意に男からの圧が緩くなった。俺を拘束していない片方の手がさっと動き、部屋の中に明かりが灯る。なにこれ、すごい。魔法みたい。 「もしかして、あなたも俺のご同業……です?」  王さま専属の? と尋ねると、相手は凄みのある笑みを返してきた。  顔。男は、精悍な……という表現がぴったりの、整っているけど粗削りと言うか、怖い感じの顔をしている。闇でも光って見える眼差しは人間のものじゃない。それはさすがに、俺にも分かる。 「淫魔ごときと同列にされるのは癪だが――随分飢えていそうだな。知っているか、インキュバスを消滅させる方法を」 「ふえ?」  それは初聞きだ。俺がぱちぱちと目を瞬かせていると、再び相手がのしりと体重をかけてくる。そうして、いきなり首元に強く吸いつかれて俺は逃げ出そうとしたけれど、相手の身体はびくともしなかった。 「喰らってみるか、俺を。お前たちは相手の性など関係ないのだろう?」 「か、関係はないけど……消滅って、どうなっちゃうの?」  ふっと相手が笑んだ。それから、「絶頂を迎えたら――その身体が、滅びる」と続けてくる。ええ、絶頂? でも、相手が絶頂迎えるところまでが俺たちの仕事であって、俺たちが絶頂を迎えるってことはないはずで。ただ、相手が触れてくるところがいちいち反応してしまい、少しずつ本職淫魔として身体が疼き出す。舌を絡められる感触は慣れていなくて身を震わせると、男は嘲笑った。 「……下手だな。本当にインキュバスなのか?」 「………分からなくなってきました。もしかしたら、俺は本当は猫なのかもしれない」  黒猫生活の方が長いのだもの。さらっと下手と言われてまた傷ついたけれど、男の与えてくるものが気持ち良くてもっと、と急かしてしまう。「なるほど」とここに来て男がおかしそうに笑った。あれ。何だろう、俺の俺が反応した。反応してしまったものを、すかさず大きな手のひらで触れられて大いに慌ててしまう。「それなら理解できる」と男は呟きながら、素っ裸な俺の、まっ平な胸元に触れてきた。
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