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03 *
「ひぇ」
「もっと、それらしい声を出してほしいものだな」
呆れながら男がまた口づけてくる。また舌が俺の口腔に入り込んできたのを必死に応えているうちに、胸元にぞくりとした感触を覚えて身体を捩らせる。男はまた小さく笑って俺を押さえ付けながら、顔を俺の胸元へと近づけた。
「……っ?」
ぬめるものに乳首を扱かれて驚いたのは数瞬のうちだった。濡れた音を立てながら丁寧に舐られて、まともに目を開いていることができなくなる。舌と、指と――自分が弄られることになんて慣れていない。なんとか仕返ししたいのに、与えられる快楽が強くなっていくうちに、抗うことすらできなくなっていった。
「や、……あっ」
あれ、これは一体、何なのだろう――気持ちがいい。男はきっちりと着込んでいた服の襟元を緩めながら、俺の下肢へと手を伸ばしてくる。
「固くなっている」
唐突に恥ずかしくなって身をかたくしていると、後孔に男の指が触れてくるのが分かって目を丸くした。
「……便利だな。すぐに交われる仕様か」
「そりゃ、インキュバスですから……って、本当に?」
まさか、自分と交わるつもりなのだろうか。しかも、こちらが……突っ込まれる側なの? 緩く俺のものを男の手が扱いてきて、気持ち良い――良いけれど、仰向けのまま両膝を掴まれてしまう。濡れたそこに、男の熱くかたいものが押し当てられて、俺は逃げるよりも期待で自分の唇を濡らしていた。
「ふ、う……んーーーー!!」
奥までずぶりと男のものが挿れられて、高い声を出してしまった。けれど、男がそれをうるさいと怒りだすことはなかった。少し、時間をおいてから抽挿が始まる。
「あっ……っぁ! っぁあっ」
おかしい。痛みがくることに怯えていたのに、男の身体に必死に縋りついている自分がいる。荒々しくなっていく動きに翻弄されながら、なるほど、これは確かに消滅しちゃうかも、と考えたりした。
「考え事か?」
男の、笑う声。でも、口を開くと喘ぐ声しか出てこない。笑いながら口づけられて必死に返すとますます笑われた。
「……きもち、いい」
追い上げるわけではなく、ただ俺の中をかき混ぜる動きに、あったようななかったような理性が蕩けていく。何の役にも立てないのなら、このまま気持ち良く消えていくのも、いいかもしれない。
「お前の名は?」
「……っ、んー……と、マギ、ステルス……? あぁっ」
それは違うだろう、と男が少し呆れた風に返してくる。お仕置きとばかりに深く突き入れられて俺はまた声を漏らした。いつまで、これは続くのだろうか。意識が、なくなるまでなのか?
「ええっと……なんだろう……? ……ん、っ……あ、ああっ、すご……」
男が俺の眦に口づけてきて、自分が泣いていることを知った。
そうか、俺には名前もなかったのか。それも、知らなった。
「――っ」
ぐ、と俺の中で更に男のものが太る。俺も男の性だから分かる――達する、その瞬間が。男の精が最奥に注ぎ込まれる感触に、身体が悦ぶ。俺はずっと、腹が減っていたのだ。「おいしい」とうっかり呟いたら、男が口づけてきた。
「横取りは、基本しない主義なのだがな。消滅寸前まで追いやられたインキュバス、もらい受けても良いだろう」
お腹が満たされて眠くなる。もしや、これが絶頂ということなのだろうか。男がぼやくのを聞きながら、俺は目をとじた。
***
「あれ、消滅したはずでは」
心地よい寝台の上で目を覚ました俺は、慌てて身体を起こした。誰かが身体を拭いてくれたのかさっぱりとしていて、腹が満たされている。あまりにも深く眠っていたので、自分のインキュバス生は終わったとばかり思っていた。そして、部屋に良い匂いが近づいてくるのを感じて、身体がそわそわとなる。
「……あれれ、しかも腕輪が……」
「あの小汚い腕輪なら捨てたぞ。あんな子どもが作ったような呪具で囚われていたなんて、余程腹を空かせていたのだな。相手は元々、お前に何の見返りも与えていなかった――契約は不成立だ」
良い匂いの正体――男は寝台に近づくと、ばさばさと俺の頭に服を落としてきた。それから俺にはご縁がなかったような、こざっぱりとした服をぐいぐいと着せてくる。男の長い指が器用に動いて、俺のぼさっと伸ばしていた髪を丁寧に梳られてから、結われた。
「黒髪はめずらしいが、インキュバスらしい見た目になったな。それから、名前がないと不便だ。リィズ、と名乗ると良い」
「……リィズ?」
ひかり、という意味だ。と男が返してきた。今までに感じたことがないくらいの、喜びの感情が溢れてきて俺はどうしようもなくニコニコとしてしまった。嬉しい。何故か、とても嬉しい気持ちだ。
「あなたは? ……名前を、教えてもらえますか?」
「俺は、ラルヴァと人から呼ばれている」
ラルヴァ、と口の中で繰り返す。意味は分からないけれど、名前と名前で呼ぶことが、できる。
「人と同じ食事は摂れるのか? お前に持って行けと、厨房の人間たちにせっつかれているのだが」
「あ、え? 俺、人間と同じ食事ってはじめてです。いっつも、猫用のごはんだったから。主のところに行ってからは、ずっと魚の骨だったし……あ、さすがに魚の骨をバリバリとはね、食べないですからね! 魚の骨を見て、魚を食べている気持ちになるのです」
えへへ、と俺が笑いかけると、男――ラルヴァの顔は驚いた、と言わんばかりのものになってから、眉根を寄せてしまった。それから嘆息すると、俺の頭に手のひらを置いてくる。
「随分と痩せ細っているのは、そういう経緯だったのか。その主とやら、非道な行いを続けて、よく今まで人の姿を保っていられたな。しかし、他を呪おうとしていたのなら、恐らく近いうちに身を滅ぼすだろう」
「……あの、呪っていたのは俺、なのです。どれもすべて、上手くいかなかったけれど」
忌々し気なラルヴァの口調に、ようやく俺は自分の行いに思い至った。主は命令しただけで、実行したのは俺なのだ。しかし、返ってきたのはラルヴァが笑い零す声だった。
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