[四]

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 冗談めかして放たれた予想外の言葉に、自分の表情が崩れるのを感じた。宗像さんは、そんなわたしの戸惑いを満足気に眺めると、話を続けた。 「おや、これはセーフかな。それじゃあ続行させてもらおう。  僕は犯人が一目でわかる。  詳しい原理は僕自身わかっていないが、一種の超能力だと思ってもらえれば、それほど間違いじゃあない。相手と目を合わせれば、それだけで判別できる。  だけど解決の舞台において、『お前が犯人だ!』とただ指差したところで、『その通りだ!』とアッサリ認めてくれる犯人はまあいない。まして『超能力で犯人がわかった!』何て大声で言おうものなら、病院に放り込まれるのが関の山だろう。  僕の〈力〉が本物だと、知っている人間は少ない。というより、信じてくれている人間は少ない、と言った方が適切かな。  だから現場においては、犯人を名指しするだけじゃ駄目なんだ。  そこでは必ず論理的説明が求められる。  トリックを暴き、証拠を見つけ、解説を加える。この作業を欠くことはできないんだ。  しかし悲しいことに、僕には論証するという能力が致命的に欠けている。  事件で使われたトリックや犯行の動機を想像することはできる。想像自体は苦手じゃない。だけど、僕の想像は尽くが外れてしまうんだ。それはそれは面白いくらいにね。  話が少しばかり脇道に逸れるけれど、真名君は探偵小説は読むかい? いや、今は探偵小説なんて言い方はしないのだね。現代風に言うとミステリーかな。  ……ふむ、読まないことはない、か。  ちなみに最近の女子高生はどんな作家を読むんだい?  クイーンにクリスティ……えっ? バークリイ?  何だ、読まないことはないなんて、韜晦にもほどがあるじゃないか。今のご時世、アントニイ・バークリイを嗜む女子高生がいるとはビックリだ。  チェスタインやカーはどうだい? 乱歩は守備範囲外かな?  ……そんなことはない、か。いやはや結構だね。  ぜひこのまま探偵小説談義に花を咲かせたいところだが、あまり学校帰りの少女を拘束するのはよろしくない。本道に戻るとしよう。  さて、真名君はそうした作品に何を求めるかな?  高度な謎解きかい? 自分の推理がぴたりとはまった時の愉悦かい?  僕はね、自分の考えが、須らく完膚なきまでに否定されることを無上の喜びとする、ちょっと変わった読者なんだ。脳が事件の真相よりも、否定される快楽を求めていると言っていいかもしれない。  この思考方針が探偵小説だけではなく、現実の事件にも適用されてしまってね。  事件において、僕の推理は、決して当たらない。  逆に言うと、僕の推理がすべて否定された後、残った可能性が真実だ。  先ほど、話し相手を求めていると言ったね。募集しているのは、会話を通じて僕の推理を軒並み叩き潰し、真相に到達してくれる人間さ。  勢い余って『自分は名探偵だ』などと恥ずかしいことを口走ってしまったが、僕の存在はホームズというよりもワトソンに近い。解決篇に入る前に、ホームズから犯人を教えられている、という点は異なるがね」  ホームズとワトソンの混淆。というよりも、混沌だろうか。どちらでもあって、どちらでもない。境界線の上を、曖昧に往復する存在。だとすると……。 「……なるほど。取り消し線が引かれていたのは、そういうことですか」 「おや、もうあの張り紙の意図がわかったのかい? 随分と頭の回転が早い。  そう、犯人を言い当てるのが探偵の仕事と言えば僕は探偵だが、しかし論証の伴わない探偵術などありえない。  様々な推理をするものの、『お前は馬鹿なのか』と一蹴される、世の探偵小説の語り部たちの立ち回り。僕の役割は助手のそれに近しいと言える。先ほども言ったが、僕はホームズではなく、ワトソン寄りの人間なのさ。  それでも、ただの助手がピンポイントで犯人を言い当てることはできないし、形式上、僕は探偵を名乗らざるを得ない。  では、そんな僕を否定してくれる人間の役割は?   それは探偵でも探偵助手でも、あまり正確なカテゴリじゃない。望むのは探偵助手でありながら、その役割を超える人材。だから、ああした記載にしたというわけさ。  まあ、自己満足な遊び感覚に近いけどね。自分で作っておいて何だが、少しばかり奇を衒い過ぎた感は否めない。  わかりやすくまとめると、一人『黒後家蜘蛛の会』、ヘンリー募集中って感じだね」  ……その例えがわかりやすいかはさておき。  宗像さんが出したヘンリーという名前は、張り紙のもう一つの疑問をわたしに想起させた。 「取り消し線については理解しました。……それでは、手書きの『可愛い女子高生希望』にはどのような意味があるんですか?」  アイザック・アシモフ筆による連作短編集『黒後家蜘蛛の会』。  サロン「黒後家蜘蛛の会」に招かれたゲストが持ってくる謎を、サロンのメンバーがあれこれ推理するが、どれも的外れ。結局、会話を聞いていた給仕のヘンリーがすべてを解決する……のだが、作中内の「黒後家蜘蛛の会」は、女性立ち入り禁止の紳士倶楽部である。女子高生など論外だ。 「あれは僕の純粋な好み……ちょっと待ってくれ理由はある。スリーアウトと言いながら携帯電話を取り出すのは不穏当だ。話し合おうじゃないか。  冷静に考えてみよう。  真名君が異性が好きな人だと仮定して、どうせ二人で語らい合うなら、カッコイイお兄さんなり渋いオジサンなり麗しい美少年なりがいいだろう? それと同じ理屈だよ。  君のような女の子にジト目で見られながら『間違っています、馬鹿なんですか』と言われるのと、脂ぎったおじさんにニヤニヤ笑われながら『間違ってるよ、馬鹿だねえ君は』と言われるのでは天地の差だ。どう考えても前者の方が心地いいし話が弾む。話が弾めば解決も早い。  あの部分だけ手書きにしたのは、万一あの張り紙を国家権力に見つかった時に『いやあひどいイタズラですね。考えられません。僕は犯人を絶対に許しませんよ』と言うためさ。  どうだい? 素晴らしく論理的な理由説明だ」 「堂々と言っていますが、犯罪者ギリギリです」 「人よりも欲望に正直なだけだよ」  人よりも欲望に正直な人間が、犯罪者なのだと思いますが……とは言わなかった。自分に危害が及ばないならば、人の性癖にケチをつける気はない。  そんなことよりも。  犯人が一目でわかる、か。  在りし日に思いを馳せる。……そんな人がいれば、わたしは救われていたのかもしれない。  いや、そんな想像はやはり、詮無いことか。 「ちなみに、張り紙に書いた通り、お給料や出勤日に関しては応相談。  というか僕もあまり深く考えていなくてね。そこらのアルバイトよりは多く出すつもりでいるが、そもそも、高校生の時給の相場もまだ調べてないというお粗末ぶりなんだ。  真名君ができるだけ早く、真面目にアルバイト先を見つけたいというのなら、他を当たった方がいいかもしれない。聞いてもらった通り、あまりまともな勤め先ではないし、真名君のジト目がいかに可愛いといっても、あるいは探偵小説愛好の同士といっても、仕事の都合、即決採用はできないからね。ちょっとした採用試験を受けてもらうことになる。  さあ、どうする?」
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